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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「付喪神《つくもがみ》の章」
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〇五五 良 薬

「まあ威勢がいいのは結構だけど、牛鬼との戦いでだいぶ消耗してるんじゃない? 僕にとっては好都合だけどね」


 悔しいけど相手(ドゥーガル)の言うとおりだ。

 今の私だけじゃない。火車も御滝水虎(おんたきすいこ)も、鬼力を使い切って疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。

 なんとか妖具化ぐるかはできても、夜叉戦舞はおろか、斬術を一回撃つだけでも、相当時間を稼がないと駄目だろう。


 ましてや、今魔少年が()びだした虚兵は、そうさせないための布石だ。

 私が今まで戦ってきた(ウツロ)の総数よりも、明らかに数が多い。

 質より量で押し切ったあと、大型の虚兵を呼び出せばそれで事足りる。

 この可能性を考えてないわけじゃなかったけど……。


「どうするか、少しだけ待ってあげるよ。

 僕としては黙って牛鬼を差し出してくれてもいいし、精一杯抵抗してもらってもOKだから。

 どっちを選ぶか、楽しみだなーー」


 魔少年は嬉しそうに両手を広げている。完全に余裕そうだ。


「涼子さま、ご心配なく。

 こんなこともあろうかと、夜叉姫様が処方箋(レシピ)を用意してくれたお薬があります。

 現役ビオトープ管理士さんが書いたネット展開の食エッセイ、

 『きゃっち☆あんど☆いーと』

 にも載っている、朝鮮五味子(チョウセンゴミシ)もたっぷり入ってます。

 これを飲むだけで、体力や鬼力がスカッと一発回復します!」


 猫又がどこからか小さな壺を取り出した。紫色で謎生物のようなデザインに、一瞬引く。


「……あの、これ、ツボのデザインが禍々(まがまが)しいんだけど。

 そもそもなんに効くの?」


「身体にいいやつです!」


「……………………」


 そこまで断言されると返す言葉も無くなる。無言で壺を受け取って、鼻呼吸を止めて中身を一息に飲み干す。


 ――――うっぷ。戻しそうになったけど、なんとか飲み込んだ。


 ドクダミとかヨモギなんかを、可能な限り煮詰めたらこんな味になるのかな?

 それに、何だか松ヤニの匂いも混じってる。

 少しミントっぽい感じもするけど、とにかくどろっとしてる。

 聞くと後悔しそうだから、材料は聞かないようにしよう。

 さっきよりは身体が楽になったけど……味が味だからあんまり効いた気がしないなあ。


「涼子さま、あとこれを」


「涼子、さっき薬局(ドラッグストア)で買ってきたニャ。備えあれば患いなしだニャー」


 五徳猫は、金色の紙箱に入った栄養ドリンク(確か一番高いやつだ)。

 火車はスッポンドリンク。それに……赤マムシドリンクを差し出してきた。

 私は五徳猫から箱入りのドリンク剤だけを受け取って、一息に飲みほした。

 鼻に抜けるへんな匂いをなんとかこらえて、改めて空に浮いたままの魔少年、ディクスン・ドゥーガルを見た。

 小学二年生くらいの、黙っていれば愛らしいだろう顔が邪悪に歪む。喜悦満面といった感じだ。


「やっぱり僕らと闘う(やる)のかあ。うん、ベストの判断だよ。お互いにとってね。

 それじゃ、行こうか!!」


 ドゥーガルが両手を横に伸ばすと、それまで待機していた蟲たちが耳障りな羽音を立てて一斉に羽ばたきだした。

 私は夜叉の浄眼を横に突き出す。


「じゃあ行くわよ、火車!! 妖具化(ぐるか)!!」


「イヤニャ」


「へ?」


「大物ならともかく、あんニャ雑魚(ザコ)どもを、ちまちまちくちくやっつけるのは私の性に合わないし、めんどくさいニャ」


「そんなこと言ったって、御滝水虎だってもうへとへとなんだよ?」


 いつの間にか顕現体じゃなく、鬼力の消費を抑えるための、いわゆる省エネモードの みことみとらになってる。

 立ってるだけでも辛そうだけど、それでもしっかりドゥーガルを見据えている。

 火車はスッポンドリンクとマムシドリンクを、立て続けに小指を立てて飲んだ。


「んぐんぐ、ぷはぁーーーー、きっくううーーーー。涼子、御滝(おんたき)じゃニャくても、適任はいるニャ」


「誰のこと? 鎌鼬?」


「すぐここニャ。猫又(また)五徳猫(ごと)、露払いは任す。雑魚(ザコ)どもを片付けてやれ。

 涼子に、ごはんや家事だけニャなく、戦いでも役に立つことを見せつけるニャ」


「二人とも……戦えるの!?」


「ニャにを言ってる。こないだ、なんのために風呂に浸かって親睦を深めたのニャ? 二人いれば妖具化(ぐるか)できるニャ」


 ――――あーーそうか。

 思い出したくはないけど、あの阿鼻叫喚の地獄絵図のあと、二人が宝珠になって妖具化(ぐるか)できるようになったんだった。

 二人はすでに臨戦態勢になってる。


「ああーー、私はもう時間切れニャ」


 火車は、姿が縮んで子猫の姿になった。物陰に素早く隠れる。しばらく妖具化(ぐるか)はムリみたいね。


「それじゃあ、二人ともお願い!」


「「はい!」」


「妖魅顕現、妖具化(ぐるか)描妖珠(びょうようじゅ)!!」


 瞬時に二人が大きな猫に変化した。同時に、一つの宝珠になって夜叉の浄眼に吸い込まれた。

 両方の手のひらから光が放たれて――――


「…………これ、なんだよね……」


 両手には、もっふもふの大きくて長いしっぽ……にも見える鞭、それが二本出現した。

 右手のはキジトラ、左手のはサビ色で、鞭の先端部分は20cmくらい二股に分かれている。

 ちなみに、五徳猫のしっぽらしい左のは先がちょっと曲がっ(キンクし)ていた。

 名前は『双猫鞭(そうびょうべん)』。

 属性は、当たり前かもしれないけど無し。

 なんか、頼りない……。


『涼子さま、存分に振るって下さい!』


『私たち、頑張ります!!』


 しゃべれるのね(火車もそうだったけど)、まずはやってみるか。


 ギシャァァァァァァァァッ!!


 切り羽虚(キリバネウツロ)が大挙して、弾丸のように襲いかかってきた。

 野球のピッチングのように腕を振るうと、弧を描くような軌道で蟲型の(ウツロ)に当たった。


  ザシッ! ザシザシッ!!


 見た目に反して、一撃で数体、鉄錆のように虚が砕ける。

 拳を突き出すように撃ち込むと、鞭の先端も高速で前方に突き出されて、虚を貫くように撃破した。


 バシュッ!


 どうやら見た目以上に威力はあるみたい。鞭を使うのは初めてだけど、腕の振りに次第では打撃武器にもなる。


「涼子さん、海からも虚兵(ウツロへい)が来ます!!」


 岳臣君が、自力で海から上がって来た(そういえば忘れてた)。

 見ると、磯からわらわらと新手の(ウツロ)がやって来る。

 おそらく、夜叉姫が過去に戦ったことがあるみたい、視界に虚兵のデータが喚起される。


【種族】:下級虚兵

【名前】:舟蟲兵(フナムシへい)、リジーゾティカ

【特徴】:虚蟠兵(ヴァルゲアー)と同種の、節足生物を素体にした虚兵。

 攻撃力や装甲、守備力は低いが、その分機動力に長ける。集団戦を得意とするため、大挙して来た場合は注意が必要――――


 索敵データを読むよりも先に、舟蟲兵(リジーゾティカ)が襲いかかってきた。

 最初に諸手を上げてきたのを、左の鞭で打ち据える。

 二股になった鞭が、虚兵の首をつかんだ。右の鞭を横薙ぎして牽制してから、舟蟲(フナムシ)の虚兵達に上から叩きつけてやる。


「はあっ!!」


 一気に五体ほど吹き飛ばせた。二条の鞭で群体を蹴散らしていく。

 なるほど、ただの鞭じゃない。ある程度伸縮自在だし軌道も思いのままだ。

 普段以上に、虚の気配が全方位から感じられる。彼らの腕や肢の動きが一挙手一投足わかる。

 一対多数の戦いには、刀や薙刀(なぎなた)より向いてるのかも。

 二本の鞭を手足の延長のように振るって切り羽虚や舟蟲虚(リジーゾティカ)()ぎ倒していく。




         ――――んっ    ――――くふっ


「――――……え? なに?」


 ……は……ぁっ


        ん  ん……


                   ……や、ぁ…… ぁん……


「ちょっと、二人とも。

 戦ってる時、頭の中でヘンな声出さないで。頭の中に響いて集中できないから。

 ひょっとして痛いの?」


『い、いえ痛くはないんですけど……』


『普段の感覚で言うと……。

 おしりの……しっぽの付け根あたりが、ムズムズするっていうか。

 あ、でも痛くはないから大丈夫です。もうじき慣れるというか、ほんとに痛くはないんで。

 ただムズムズして、たまに……なんていうのか、ほわっとするっていうか』


「ダメじゃん!! そんなのなんか……とにかくなんとかしなさい!」


『は、はい! ええっと……はい、感覚遮断しました! これでだいじょうぶです!』


 まったくもう……。

 でもこれで闘いに専念できる。私は二本の鞭を生かし虚兵を次々と(ほふ)っていった。

 出現する光る珠、オーブを吸収すると心身ともに力が漲る。このまま持久戦に持ち込めば――――!


『涼子さま、さすがです!!』


『そのお耳も素敵です!!』




 ――――…………みみ?

 作中で猫又が会話の中で言っている

『きゃっち☆あんど☆いーと』ですがURLはこちらです(作者 はくたく さん了承済み)。

http://ncode.syosetu.com/n0546bu/

 だいぶ、というか日常あまり手に入らない食材を確保、調理しています。

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