〇五四 決 着
自分のことだけど、歯切れの悪い返事だと思う。火葬弓になってる火車も変な沈黙になった。
でも、それがほんとなんだからしょうがないじゃない。
「フンッ!!」
牛鬼は岳臣君を乗せたまま身体を揺さぶる。
荒ぶる妖魅の振動はこちらにも伝わって来た。足を踏ん張っていても立っているのがやっとだ。
岳臣君は、牛鬼の身体にしがみついて必死でこらえている。
が、あっけなく振り落とされて海に落ちた。
ぽちゃん
「岳臣さん!!」
「あーーもう、だから言わんこっちゃない」
岳臣君は……なんとか無事か。あとで助けよう。
牛鬼は、己を鼓舞するように八本の足を何度も踏み鳴らす。
ダァン! ダァン! ダァンダァン!!
「確かに、勇み足とはいえ、我に刃を向けてもおらん猫妖どもを、手に掛けようとしたのはこちらの落ち度。
……そうだな、これより一度のみ貴様の攻撃を躱さず受けてやる。凌ぎ切れれば我が、押し切れば貴様の勝ちにしてやろう。
無論貴様らが応じればの話だが、どうする!?」
「涼子さま、おやめください!」
「かわさなかった私たちが悪いんです。次はちゃんと避けますから」
『…………どうする涼子? 確かにこのまま、奴が鬼力が尽きるまで逃げ続ければ、勝機が見えてくるやもしれぬが……』
「そんなまだるっこしいことできないわ。
おそらく多分、海に身体を浸してる間、やつの鬼力とか耐久力が格段に増すはず。長期戦はこっちが不利になるだけよ。
向こうにも勝算はあるんだろうけど、こっちも攻撃チャンスができたわけだから一気に行きましょう!!」
『そう言うとは思っていた。だが、一発勝負だぞ。作戦は――――』
「――――わかった、そうする」
「頃合いは……いいな」
私は大きな岩の上に立ち、火葬弓の弦を掻き鳴らす。
夜の潮騒に、弦の音が鳴り響いた。
『妖魅顕現、鬼火! 古戦場火! 蓑火! 古籠火!」
火車の呼びかけに応じて、火の眷属の妖魅が四体顕現する。
「妖具化!!」
めらめらと燃えている妖魅たちが、細く絞られて全体が燃える矢と化した。矢を番えて弦を引き絞る。
改めて牛鬼と対峙していると、大地だけでなく海の律動を感じる。剛妖の呼び名は伊達じゃない。
でも、だからこそ契約できれば……!
限界まで引き絞った弓を解き放った。
ヒュン ヒキュン!
4本の妖魅の矢は甲高い音を立て、黒い身体めがけて飛ぶ。
「ふんっ!!」
牛鬼が気合いを込めると、矢は身体のごく手前で止まりギリギリと震える。
火妖の焔気と剛妖の鬼力がせめぎ合い、辺りに焔が溢れる。
矢の内の一本、鬼火の矢が牛鬼の背中に着弾すると一気に燃え上がった。
ゴウッ!!
だが、牛鬼は動じない。吸い切っていた息を一気に吐き出すように咆哮を上げた。
声が物質のように破壊力を伴って辺りに響き渡った。
私は耳を押さえて、咆哮がもたらす痺れに耐えていたが、身体がいうことを聞かない。膝から崩れ落ちてしまった。
牛鬼の身体からはあちこち煙が出ている。が、特にダメージを負った様子はない。
上体を上下に揺らして肩で息をしながら私に問いかける。
「……どうした? そこまでか!? だとしたらとんだ見込み違いだったな!!」
「もちろん、これで終わりじゃないわ。
――――妖魅顕現、『蛇帯』!!」
「……? 何の真似だ!?」
私の叫びに呼応して、右腕に装着されている篭手、夜叉の浄眼から和服の帯のような厚くて長い布が伸びた。
生きた蛇のようにうねる布は、あっという間に牛鬼の身体全体に絡みついて締め上げる。
「最後の悪あがきか!? こんなもので我が屈するとでも?」
もちろん、こんなものでダメージを与えられるなんて思っちゃいない。私も、こいつも!!
「妖魅顕現、御滝水虎!!」
今再び、首筋から岩杭を生やした滝の顕現。瀑布を体現する水の妖魅を此岸に喚び出す。
水虎は牛鬼に狙いを定めて、体勢を低くした。
「妖魅弾『水』!!!」
かざした手と掛け声と共に水虎は吼え、牛鬼の首元に喰らいついた。
「――――グッ!? グオオオオオオーーーーッ!!!」
さしもの剛妖もたまらず叫び声を上げた。上体を振り回し水虎を払い落とそうとする。
対しての水虎は顎に渾身の力を込め、身体を捻りながら必死に喰らいついていた。
「ゴッ!! ゴォォォォォォォォオオオオオッ!!!」
時間にして30秒ほどだったか。私や猫又、五徳猫は固唾を飲んで見守っていた。
そしてその時は不意に訪れる。牛鬼の大きく開いた口からこれまで聞いたことがないような声が響いた。
御滝水虎が口を離すと、黒い山のような剛妖はその輪郭が不明瞭になった。
私は右手をかざし浄眼の光を照射する。いったん膨らんで弾けたかと思うと、瞬時に一つ所に収束する。
そこには、黒とセピア色が渦を巻いた宝珠が残された。
『……なるほど、貴様の、いやお前たちの力、味あわせてもらった。
ひとまずだが、我と我が力を託そう。
……濡れ女』
名前を呼ばれた下半身が蛇の水妖が、海から顕れた。下半身をくねらせて浜辺まで来ると私に対して傅く。
「ああ、牛鬼との戦い、見事だった。我も夜叉姫に力を貸し眷属になろう」
私はうなずいて、濡れ女に夜叉の浄眼の光を当てる。御滝水虎とはまた別の蒼い宝珠になった。
少しふらつきつつも私は二つの宝珠を手にする。そっと撫でると、牛鬼の宝珠は脈動しているように熱かった。
「はあ……今回は特に疲れたわ。みんな、大丈夫?」
「はい、涼子さま、火車様お疲れ様です。それに御滝水虎も」
「あの……岳臣さんは……?」
「もちろん忘れてないわよ、ほら」
私が指さす方向、海の上を岳臣君は歩いていた。
いや、厳密には少し違う。私が顕現した妖魅の上を歩いていた。
「……あれは……『細手長手』ですか?」
無言でうなずく。
半透明の青白い無数の手、それらが岳臣君の身体を海の上に持ち上げている。
足元が覚束ないのか、岳臣君は両手を水平に伸ばしておっかなびっくり歩いている。
「おお、
『……その者蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つべし……古き言い伝えは真であったか……』」
いつの間にか人間態に戻った火車が、しわがれた声をだしておいおい泣く真似をする。
それって有名なアニメ映画のシーンでしょ。それにどう考えても岳臣君は、ヒロインじゃないから。
「……なんであなたがそんなの知って――――」
ゴロゴロゴロゴロゴロ ビ シャーーーーン!!
不意に足元に雷が落ちた。弛緩していた空気が一気に緊張する。
空中に見覚えのある姿が浮いていた。
「やあこんばんは、牛鬼の契約お疲れ様。
さっそくだけど、その宝珠僕にくれない? 鵺に勝るとも劣らない牛鬼が手に入れば僕らの仕事はもっと楽になるからね」
「何を莫迦なことを!! 涼子さまがそんな提案飲むと思って!?」
「悪いことは言いません、鵼の宝珠を涼子さまに返して早々に立ち去りなさい!!」
「牛鬼だけではない、大妖、それも葬獣のこの私に弓引いてただで済むと思うニャ!!!」
なぜか、猫又と五徳猫、それに火車が私の前に出て啖呵を切る。
いや、いいんだけどね……。
「うん、僕もすんなりもらえるとは思っちゃいない。戦って獲った方が達成感あるしね」
ディクスン・ドゥーガルが両手を左右にかざすと、黒煙が吹き上がる。そこから虚兵が大挙して現れた。
ブ ンンンンンンンン!
夜空の中でもまだなお昏く、切り羽虚が蠢く墨汁のように見える。
一斉にこちらに飛んできた。
「う、うわあああああっ!!!」
それに驚いた岳臣君が細手から足を踏み外した。
ぽちゃん
また海に落ちた。……あーーもう。でも海の中の方がある意味安心か(後で助けよう)。




