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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「牛鬼《うしおに》の章」
54/70

〇五二 嚆 矢

 私からみても巨大な御滝水虎(おんたきすいこ)ですら、海から上がってきた牛鬼と較べると、大人と赤ん坊くらいはっきりした差がある。


 ヴォォォォォォォォ………!


 牛鬼は私たちを見ると唸り声を上げた。私と目が合うと地の底から響いてくるような野太い声を出す。


「なんだ? その怪態(けたい)な妖気は。(いん)だけでなく(よう)の気までも練り上げているだと?

 ……そうか、貴様は夜叉姫か。

 前に遭ったのは……五百年ほど前だったか。代が替わっても生意気そうな眼に変わりはないな……。

 濡れ女の試練はなんとか突破できたようだが、このまま退()いても構わぬぞ?

 我に遭えただけでも僥倖(ぎょうこう)だと知るがいい。これより先はちっぽけな水妖一匹だけでは歯牙にもかけんぞ」


 ギリリリリリリ……


 御滝水虎が悔しそうに歯軋(はぎし)りする。無理もない、牛鬼の指摘が正しいからだ。

 妖魅の強さは、大地自然のエネルギーや本体の鬼力だけで成立していない。

 人間、それも一般の人に広く知られてこそ、その強さが十二分に発揮できる。

 私は、六花が氷獣(ひょうじゅう)雪野槌(ゆきのづち)を初めて見せた時のことを思い出していた。



 ***



「少年は妖怪だけでなく、クトゥルフ、暗黒神話とかは知ってる?」


「え? ああ、はい。妖怪ほどじゃなくても、ヒトじゃないモノっていう点では近いですから。でも一般に知られてるレベルですけど」


「うん、それでいいよ。で、暗黒神話とかTRPGを語る上でよく使われるミームって単語知ってる?」


「はい、ええと……確かリチャード・ドーキンスが提唱した、文化を進化させるための、狭義の生物学的な遺伝子以外の遺伝情報ですよね。技術とか習慣とか物語とか。

 日本語だと模倣子とか模伝子とか、意伝子とかそんな風に訳されますよね」


 岳臣君は、すらすらと(そら)んじるように説明した。


 六花は無言でうなずく。


「そう、で、私たちは観念子(ミーム)って呼んでる。

 正式には文化の遺伝子だけど、私たち夜叉姫や妖魅にとっては『心の遺伝子』、『文化、現象、恐怖心の経験値』とも言える大事なもの。

 今出した雪野槌もそうだし、涼子の御滝水虎もそうだけど、産まれたっていうか、創られて――――発生してからの認知度はほぼ0に近い妖魅だからね。

 並の妖魅とか虚神なら大体互角以上に戦えるけど、本腰入れてかからないといけない(あいて)はまだまだ増えてく。

 今日契約した鎌鼬みたいに知名度が高い妖魅を眷属、契約していかないとね。

 まああれだ、飲みながら話ししようか」



 ***



 妖魅達の遺伝子、集合的な経験値そのものとも言える観念子(ミーム)

 御滝水虎は妖具化(ぐるか)した時は虚神(ウツロガミ)に対して無類の強さを誇る。それは私との結びつきが一番強いからに他ならない。

 でも、民間伝承だけでなく絵姿、イラスト、それに大きな祭事の中心として大きく取り上げられている牛鬼。この巨大な妖魅はまさに剛妖そのものだ。

 生半(なまなか)な覚悟では、契約そのものすらできないだろう。

 だからこそ。逃げ帰るわけにはいかない!


「御滝水虎、妖具化(ぐるか)!!」


 水虎が蒼い宝珠に(こご)り、取り出した太刀に済んだ水が(まと)わりつく。

 ただの鋼の刀が彼岸の水を鍛え上げた刃、瀑布刀に姿を変える。

 正眼の構えを取った。


「妖魅を()り、その力を()べる戦姫(せんき)、夜叉姫か。その気概だけは買ってやる。

 だが、今帯びた刃では我に一太刀入れることも叶わぬぞ……」




「――――その通りニャ、涼子に御滝(おんたき)(はや)る気持ちは解るがここは私に任せるニャ」


 私が言い返すよりも先に、語尾に取って付けたような『ニャ』をつけて話す声がした。

 振り向くと、すらりとした細身に黒一色のノースリーブのワンピースを着た女性が腰に手を当てて立っていた。


「んん? 貴様は……火車か? 貴様ともあろう大妖が、なぜ小娘についている?」


「色々事情があるニャ。

 にゃあ、牛鬼。昔(ないがし)ろにされたのは解るんニャが、私に免じてここはおとなしく契約してくれんかニャ?」


   ――――ぶふぅぅぅーーーーっ


 火車の提案を聞いた牛鬼は鼻を鳴らす。その息はまるで真夏の(くさむら)、草いきれのように熱かった。


「その提案は飲めんな。仮に力を示さず、ただ契約しただけでは、我の力を御せずに我が力に潰されるだけだろう」


 その言葉に火車もふんと鼻を鳴らす。


「まあ、一理あるし想定内の返事だニャ。

 涼子、これから私を妖具化(ぐるか)して戦うニャ。この剛妖を止めるにはそれしかニャ――――」


 ――――はっ はっ はっ はっ はっ はっ……。


 ――――はあ はあ はあ はあ はあ はあ……。


 暗がりから荒い呼吸(いき)が聞こえてきた。


「……もう、火車様、なんでお一人で行っちゃうんですか?」


「……遅くなりました……。涼子さま……。火車様……連れてきました……」


 猫又と五徳猫が息を切らせてやって来た。二人ともはあはあ言っている。よっぽど遠い所から走って来たみたいね。


「自分は子猫の姿で抱っこされて来て、浜まで来たら急に自分だけ走って、なんでここぞっていう時だけ、主役みたいにかっこつけてるんですか!?」


(うるさ)いニャ! たまには私にもかっこつけさせろニャ!!」


「……………………」「……………………」




 三人のやり取りに、私だけじゃなく牛鬼も沈黙する。全くもう、緊張感無くすなあ……。



「火車、あなたを妖具化(ぐるか)しても大丈夫なのね!?」


「当然ニャ、伊達(だて)に普段あちこちほっつき歩いて、食っちゃ寝だけしとらんニャ」


 ――――自分が普段ほっつき歩いて、食っちゃ寝しかしてない自覚はあったんだ……。


「――――じゃあ、いくわよ。妖魅顕現、『火車』!!」


 私が改めて文言を唱えると、瀑布刀は飛沫(しぶき)になって掻き消えた。夜目にも蒼い宝珠が、浄眼珠に格納される。

 それと同時に火車の姿が人間女性から、一際大きな黒猫の姿になった。

 その背中の上には、前に顕現させる時に使ったものと同じ、木製で黒塗りの車輪が丸い背中の上に水平に浮いていた。

 火車が(のど)をごろごろと鳴らすと、車輪はゆっくりと回転する。私はさらに文言を唱えた。


「火車、妖具化(ぐるか)!!!」


 巨大な黒猫と背中の車輪が一点に集まって、濃い黒と深紅が混じり合った宝珠になった。

 こうしている間も、余裕の表れだろう。牛鬼は臨戦態勢を保ったまま成り行きを見ている。

 宝珠が浄眼に吸い込まれると同時に、手に持っていた太刀の刀身、鍔や柄ごと黒く染まった。

 持っている(つか)と、切っ先だった部分が太くなり上下に伸びていく。


 (ゆる)い弧を描いて、長さ七尺三寸、220cm程に伸びる。

 鍔に当たる所からは小さいけど、細い御簾(みす)と牛車の黒塗りの車輪、同じく牛を繋ぐ部分、(ながえ)(くびき)が顕れる。


 太刀に、妖魅火車を上乗せして妖具化ぐるかした新たな武器。

 それは全体が漆で塗られた、艶めく巨大な和弓(わきゅう)だった。


『遠からん者は音にも聞けい!!

 葬獣(そうじゅう)火車が、我が身を武器に転じる!!

 (おくりな)は無し! ()は『火葬弓(かそうきゅう)』!!!』


 火車の妖具化(ぐるか)が済むと、改めて牛鬼は大きく息を吸い込み、天を仰いで大きく()えた。



 ――――ヴォォォォオオオオオオオーーーー!!!




「よかろう、小娘! 火車の力を御して見事我に一太刀(ひとたち)浴びせて見せよ!!!」

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