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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「牛鬼《うしおに》の章」
53/70

〇五一 剛 妖

「どうした? もう終わりか!?」


「冗談でしょ、これからよ!」


 濡れ女の攻撃に、私たちは劣勢を強いられていた。

 向こうは海の妖魅、海水を自在に操る。濡れ女が手をかざすと。海水が手繰り寄せられるように一点だけ持ち上がり、直径1mほどの球状に固まる。

 それを砲弾のように打ち込んできた。瀑布刀で斬らずに刀の峰でいなしていくけど、いかんせん数が多すぎる。


 バシュッ  ビシッ!  ズシャン!


 向こうの砲撃の弾数は無尽蔵。対しての私は、岳臣君をかばいながらの戦闘だ。


「……ぐっ……!」


 全身に力を込めて、刻一刻と重くなっている濡れ赤子を抱えているけど、それもいつまでもつか。


「どうした? 早く助けんとお前の男、潰されるぞ!」


 言われなくてもそうするわよ(別に、私の男じゃないけど)!!


「はっ!!」


 濡れ女の水弾攻撃が一瞬緩んだその刹那、私はクイックターンの要領で濡れ女に背を向けた。一気に駆ける。


「なっ! なんのつもりだ!?」


「岳臣君! 目 つむってて!!」


 岳臣君が目を閉じると同時に瀑布刀を振りかぶり唐竹割りを見舞う。


 ――――ザンッ!


「…………! あ、あれ? 斬れてない」


「おのれ、よくも濡れ赤子の戒めを解いたな……!」


 青白い赤ん坊は何事もなかったように、堤防を這い這いしている。

 当たり前だけど、岳臣君も濡れ赤子も斬るつもりはない(少年院に入りたくないし)。

 濡れ赤子の特殊能力、重力場を発生させる粘液だけを切り裂いた。時間はかかったけど、岳臣君をなんとか開放できた。


「さ、仕切り直しね」


 歯噛(はが)みする濡れ女と改めて対峙する。


『涼子、奴とは妖具化(ぐるか)を使わず我自身が尋常に勝負を挑みたい』


 夜叉の浄眼を通じて、御滝水虎(おんたきすいこ)が私に話しかける。


「……わかったわ。でもくれぐれも無茶はしないでね」


 私は瀑布刀の妖具化(ぐるか)を解く。刀身が霧散して普通の太刀に戻った。

 代わりに蒼い宝珠から、虎の妖魅御滝水虎(おんたきすいこ)が顕現する。

 首筋に岩杭(いわぐい)を生やし、巨大で白地に蒼い縞が走ったその姿はいつにもまして力が(みなぎ)っている。

 私たちから離れるため石の多い浜に移った。濡れ女に対して低く唸る。


 グルルルルル……!


「正気か、新参者! その小娘の力を借りず己のみの力で戦うだと? 莫迦(ばか)も休み休み言え!」


「新参者、ではない。夜叉姫が随一の眷属、御滝水虎だ」


「それに、小娘じゃなく三滝涼子よ! いいわ御滝水虎、やってみて!」


(かたじけな)い。

 ではいくぞ濡れ女! 妖魅、流獣御滝水虎、推して参る!!」


 虎の妖魅は前傾姿勢を取った。


 ダッ!!   ガァァァァァァッ!!


 ()えながら大きく口を開け、濡れ女の足、長く太い大蛇部分にタックルを仕掛ける。

 が、太い尾の先が頭上から叩きつけられる。水虎は跳躍して(かわ)した。


「はっ!!」


 濡れ女が両手を水虎に向けた。着地点に海水を固めた水弾が、無数に降ってくる。


 ガガガガガガッ!!


 そのうちのいくつかが頭や胴体に直撃する。


「ぐ……!」


 その衝撃は私にも伝わってきた。形のない鈍器で殴られたような痛みが走る。思わず後ずさった。


「涼子さん!」


「うん、大丈夫よ。御滝水虎も私も!」


 岳臣君に、辛いのを悟られたくないから虚勢を張ったけど、ほんとはけっこう痛い。普段なら泣きそうなくらいだ。

 濡れ女が妖力を練り込んで固めた海水は、砲弾に似てるけど不定形だけに固体よりも衝撃が強い。

 おまけに塩水だからか、御滝水虎の身体には()みるような痛さに感じられる。でも、苦痛に目を背けていられない。


「案ずるな、涼子。奴の尾の動きはともかく、(しお)の弾の撃ち方は解った。それの対応策もな。

 濡れ女、戦いはこれからだ!」


「………………………………!」


 ザァァァァァァァァ ザァァァァァァァァ ザァァァァァァァァ


 二体の妖魅はしばらく沈黙していた。一方の御滝水虎は、いつでも動けるように前傾姿勢を取りながら低く喉を鳴らして。

 もう一方の濡れ女は歯噛みしながら。


()れ言を、たかが数合の()()りで何が分かる!!」


 濡れ女は両手を海に向けてかざした。数十発の水弾が練り上げられる。両手を上に掲げると水弾は10mも高くに上がった。


「これを受けても同じことをほざけるか!!」


 叫びながら水弾が水虎めがけて撃ち出された。清澄な水を司る虎は、さっきまでとは打って変わって俊敏に水の塊を回避していく。


 バシャァッ!! ズシャン! ビシャァァッ!!


「――――! おのれ、なぜ(かわ)せる!? 海辺では淡水妖魅の貴様の動きは鈍るはずだ!!」


 御滝水虎は濡れ女の顔めがけて飛びかかった。下半身が大蛇の妖魅は上体を横にそらして躱す。


「くっ!」


 初めて濡れ女の声色に警戒の色が混じる。その一瞬の隙を逃さなかった。


「ウオオオオオオオッ!!!」


 全身を前にスピンさせ御滝水虎が高速で回転した。


 ドシッ!


 鈍い音が海岸に響く。人間でいえば太腿部分に、御滝水虎の首筋から生えている岩杭が袈裟斬りのように当たった。


 すたっ


 水虎は無事着地し濡れ女の身体はゆっくりと岩の一つに落ちた。


 ずさあっ


「勝負、あったな」


「……何故、だ? 何故我が『潮弾(うしおだま)』を躱せたのだ……」


「波、だ」


「……?」


「一見不規則に感じる貴様の水弾だが、法則があった。

 波が浜に寄せるその時、威力が大きく跳ね上がる。ならばその時に合わせて撃ち込んで来るのは必定(ひつじょう)

 波が寄せた瞬間にその場を離れればいい、それだけのことだ」


「……ふん、いいだろう。貴様らが望む妖魅は分かっている。この場に()び寄せてやろう!!」


 濡れ女はそう言うと蛇が鎌首を(もた)げるように上体を起こす。そして――――


 シャァァァァァァァァァァ――――――!


 上半身を左右にくねらせて濡れ女は堤防に上がってきた。その場に寝転んでいた濡れ赤子を抱き抱える。


「―――――――!!」


 つんざくような、声にならない悲鳴が夜の(とばり)をビリビリと震わせる。私も岳臣君も反射的に耳を押さえた。

 これまでの圧迫感とは比べものにならない、ねっとりと重い空気が辺りに立ち込めた。


「涼子さん」


 岳臣君は、今しがた濡れ赤子に潰されそうな時より脂汗をかいている。

 普段妖魅を感知する能力が低い彼でも、このプレッシャーを肌で感じているみたい。




  ――――ォォ…………



        ォォォォオオオオーーーーーー



                    ヴォオオオオーーーーーー!!!


 遠くの海面が不自然に盛り上がり、牛が吠えるような声がどこからか響く。厚く立ち込めた黒い雲まで震えているようだ。


 ――――バシャァァァァアアアアッッッ!!!


 水中で魚雷が爆発したように水柱が吹き上がった。そこから現れたのは――――


「あれが……本物の――――!!」


 辺りには水飛沫(みずしぶき)が降り注ぐ。


「ヴォォォォオオオオオオオーーーー!!!」


 (くら)い海よりまだなお深い漆黒の体躯。伝説の妖魅『牛鬼』は私がおもうより遥かに巨体だった。


「……でかい、なんて大きさだ……!」


 岳臣君が率直な感想を述べる。それに関しては私も同感だ。

 端的に表現すれば巨大な牛と、蜘蛛の要素を掛け合わせた妖魅、なんだろうけど――――


 頭は牛に酷似してるけど、目元や筋が寄った鼻、それに(めく)れあがって歯茎や牙が剥き出しなのは、明らかに肉食獣のそれ。

 胴体も雄牛のようだけど、足は肩からじゃなく、胴体の下、胸骨の辺りから、合計8本も太くて長いのが生えている。

 足先は平たい(ひづめ)じゃなくて、二本ずつ尖った杭のような爪が伸びていた。

 その威容が生物じゃないってはっきり解るのが、その下半身? だ。

 正面から見ると、ごつごつした小山に黒い毛が生えているようだった。上には渦巻きにも似た白い筋が幾条も走っている。



 ――――ごふぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!



 その巨大さは圧巻の一言だった。

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