〇四七 譲 渡
那由多はそれを微笑みながら腕を組んで見ている。
ちくしょう、あくまで私が渡したっていう事実が欲しいのかよ。相変わらず厭な女だ。
拾ってから宝珠を眺める。亀姫の悔しさが直接伝わってくるようだ。
まさか、那由多に向かって放るわけにもいかない、腹立たしいのを抑えながら那由多に手渡す。
「ご苦労様。この宝珠に転じる宝珠化の能力は、私達虚神にはないからね。
私達が妖魅を眷属にした場合、その総合能力は元に較べてだいぶ劣る。ごめんなさいね、横槍を入れちゃって」
「別に構わない、そのうち奪還するさ、必ずな」
「ふふっ、相変わらず勇ましいのね、『姉さん』」
――――ピィィィィィン……!
反射的に雪蛇刀の切っ先を奴の首元に当てていた。が、やつは眉一つ動かさない。
嫣然……でもないか、不敵に笑みを浮かべたままだ。
「その呼び方をやめろ、前にもそう言ったはずだ」
「そう、親しみを込めて呼んだんだけど。まあいいわ。これで失礼するわ。
新しい夜叉姫にはドゥーガルが向かってるし。
それにもう一人『新しい子』が投入されるらしいわね。その子に対する準備もしておかないと。それにはヴェーレンが対応するし」
「新しい子、だと?」
尋ねながら、那由多の後ろの虚兵のステータスを読む。
【種族】中級虚兵、機動型。
【名称】ユンジュス・ウィービング。
【特徴】――――
もう一体は――――
【種族】中級虚兵、特殊型。
【名称】ベネヌゥム・カウダ。
【特徴】――――
今はだいたいの特徴が分かればいいか。それよりも……。
「今度はいつ会えるかしらね?」
「さあな、できれば二度と逢いたくないけど、亀姫を返してもらう時会わなきゃならなくなった。
なるべく早く奪還する、それまで預けとくよ、大事にとっとけ」
「あら、私には用事がないっていうの? まあいいわ、それじゃあ失礼します。
刑事さんたちもごきげんよう」
慇懃無礼に深くお辞儀して、那由多は虚兵二体と一緒に暗闇に掻き消えた。
「くそっ」思わず地面を蹴る。
わかってはいたことだった。虚神が妖魅と契約する時を狙ってやって来ることは。
でも、今回に限って言えば大した気配もなく接近を許してしまっている。
それに最後に言い残していたことも気になる。風のうわさには聞いてたけど、どういうことだ――――?
「……ごめんなさい、六花さん。あの虚神急に現れて。でもあの従えていたのはまだ見た事ない型だったけど」
恐らくは、那由多が快楽殺人者でも『素体』にして造った造魔だろう。まったくむなくそ悪くなる話だ。
「気にすんな、人の生命には替えられない」
「すまない六花、サポートするつもりが、足手まとぃ――
……ぐふ――――っ!?」
気がつくと、倉持の腹に雪蛇刀の柄の端、石突きが当たっていた。
「大丈夫か? 倉持刑事。大丈夫、傷は浅いぞ!」
「……お……おまえ……ぜったい、わざと……やった……だろ……」
ずずん
大仰に前のめりに倒れた。
すまん、倉持、そのとおりだ。
いやなにただの八つ当たりだ。こればっかりは清楽ちゃんに当たるわけにもいかんし。
黙って苦痛に耐えて、いたいけな女子を気遣う。これこそ漢の本懐だ。
心配するな、骨は拾ってやる。合掌。
「それはともかく、あの虚神が言っていたことって……」
清楽ちゃんのスマホが鳴る。
「はい、清楽――――はい、ええ、白聖さんならここに。六花さん、課長から」
清楽ちゃんの表情が硬いのは、今さっきの件があったからじゃないだろう。通話の相手はおそらく彼女の上司だ。渡されたスマホに出る。
「はい、白聖。ええ、そうです。刑部姫は契約出来ましたが、亀姫は……まあ、これも戦略の一部です。なんだったらこちらから出向いて奪還――――」
私は次の瞬間、耳を疑った。
【まず、その話はひとまず置いておこう。先日話していた、『三人目』。
まだ問題も多いが実戦投入することにした。
九州に、先日接触した三滝涼子、彼女がいるのだろう? そちらへ向かわせている。
もう間に合わんかもしれんが、君も九州へ向かってくれ。応援要請だ。よろしく頼む】
こちらの返事を待って通話が切れた。
おいおい、こっちは福島にいるってのに、これから九州に行け? どこのハリウッドスターだよ。まあなんとかするけどさ……。
私の隣には悔しそうに唇を噛んでいる刑部がいる。心配するな必ず妹は助ける。まずは私の妹を助けないとな。
「それじゃ、行くかーーーー。涼子のこともそうだけど、三人目って言うのが気になるし」
「行くって……ここからどうやってだ? ヘリでもチャーターする気か?」
なんとか復活した倉持が怪訝そうに尋ねる。ま、当然の疑問だよな。今はあんまし使いたくない方法だし。
「あーー、それでもいいかも。夜叉姫に不可能はない。……んだけど、けっこう鬼力使うからしんどいんだよなあ。
どっちゃかっていうと、オフのときツーリングで乗りたかったし」
ぶつぶつ言う私を刑部姫が所在なさげに見つめてくる。
「ああ、亀姫のことはちょっと後回しになりそうだ。でも必ず助ける。そのあとで姉妹ゲンカでも何でもしてくれ」
刑部姫に手をかざして浄眼に戻ってもらう。その上で――――夜叉の浄眼、異形の篭手をはめた左手をこきこきと鳴らす。
手をかざすと、地面に今から使うものを出した。
夜叉の浄眼は生き物は無理だけど、食べ物でも日用品でも自分で持ち上げられる物体は、なんでも好きな物を出し入れできる。
容量はだいたい貨物列車のコンテナ一台分。で、今出すのはこれ。
ザシッ
砂利を敷いた広場に出したのは――――
「これはオートバイか? しかもなんだこのふざけたカラーリングは」
「ふざけた言うな。私がオーダーメイドで造ってもらったやつだ」
まあ、倉持の評価も間違いではない。
某 はんぶんこ変身ヒーローの乗ってるバイク、それの見た目と性能そのままに改造してもらったやつだ。
カラーリングは前部分がライトグリーン、後ろ半分がマットなブラック。名前の由来のW型のアンテナもつけてある。
『うーん、興味深い上にハードボイルドだ。』
乗るなら、例えば『蜃気楼』顕現させて国道246号線とかを再現して思う存分乗り回したかったけど。
「ま、実用一番か」
一息ついて左手を上に掲げる。夜叉の浄眼、手の甲の宝珠が光った。




