〇四五 城 址
「ふぃーー、福島到着。長旅おつかれさまーー」
「……運転してたのは俺だが。お前はずっと菓子食って寝てただけだろう?」
「気にするな。それよりもここが目的地、猪苗代城か」
車を降りて、私は城址を見上げる。ぱっと見は石垣が点在する自然公園だけど、その歴史は古い。
幕末、戊辰戦争で焼き払われてその役割を終えたらしいけど、その城郭の保存状態は良好だ。
「お濠とか石垣なんかはきっちり残ってるんだねーー」
でも、夜叉の浄眼を持った私の視界にはだいぶ違って見える。
違う位相同士が重なって見える、と言えばわかりやすいだろうか。半透明の城がはっきり視える。
時間の流れによって失くなったものも、彼岸の一部なんだろう。今ここにあるように映って視える。この世ならざる妖魅と同じ此岸にはないモノたちだ。
晴れてはいるけど、心なしか湿度が高い。しかも目に見えて城の上に雲が集まってくるようだ。
私たち三人は、本丸があったところを目指して砂利道を進む。幸いに人通りは少ない。
「ふぅーー、全体に妖気を感じるねえ、やっぱりこれのせいか」
ポケットをまさぐって兜の一部、錣を取り出す。
それをきっかけにして、ではないだろうけど城址全体の雰囲気が明らかに変わった。
「清楽ちゃんも倉持安吾も気をつけて。目的達成の前に別の問題が出てきた」
「虚か?」
清楽刑事も倉持も辺りを警戒しだす。
「ああ、行く先々で出逢う羽目になる。変身ヒロインの宿命だね」
私の軽口を聞き流すわけでもないだろうけど、二人は返事代わりにそれぞれ臨戦態勢に入った。
私は左手を前に差し出すとコートの袖を内側から破くように黄土色の篭手が出現する。『夜叉の浄眼』だ。
その外見はエビみたいな甲殻類にも似てるけど、拳の部分から突起が二本丸く伸びている。遥か太古の昔に地球で繁栄した生物、アノマロカリスに酷似した姿だ。
夜叉の一族が、なぜ古代の生物アノマロカリスに似せたか? 彼らなりの遊び心かそれとも偶然か。なんにせよ人に近い心があるんじゃないか、そう思えてならない。
倉持がスマホをのぞき込む。
「虚孔を確認、六花、結界をたのむ」
「OK。妖魅顕現『蚊帳吊り』」
私が左手を掲げると頭上10m、縦横20m四方にきめの細かい網が展開される。
一般の人間には視るどこらか感知すらされなくなる不可視の結界だ。
『蚊帳吊り』を展開するのと同時に、地面にあった虚孔が中空に浮かぶ。そこから虚が現われた。
種類は――――切り羽虚14、ダンゴムシ19、メガボール4体。一人でだと持久戦になる、が。
「清楽ちゃんは切り羽虚、安吾はヴァルゲアーを頼む。倒すんじゃなく、牽制中心でよろしく」
「ええ」「おう」
清楽ちゃんはアタッシュケースから、サブマシンガンを取り出した。上空でぶんぶん羽ばたいている虫型の虚に銃弾を撃ち込む。即座に何匹か地面に落ちた。
脚を動かしてもがいているところを、雪蛇刀でとどめを刺す。虚を構成している身体が煤とか鉄錆みたいに分解された。
跡には淡いオレンジ色の球体、オーブがいくつも残される。これは夜叉の浄眼を介して力を込めた武器でないと生成されない。
「はっ!」
左手をかざすと、浄眼の水晶部分にオーブが吸い込まれた。
これを吸収すると、比喩や誇張でなく力が漲る。元は人間の魂が原料ということもあって少し罪悪感もあるけど、死んだ者は原則生き返らない。私にできることは、可能な限りこれ以上の犠牲を出さないことだ。
と、倉持は自分の身長と同じくらいのダンゴムシ戦闘員、ヴァルゲアー一匹となんとか渡り合っている。
通常の武器とか、打撃攻撃にかなりの耐性を持つ虚兵相手にまずまずの善戦だ。
雪のサーベル雪蛇刀を両手持ちして、倉持の後ろからヴァルゲアーを一気に突く。
ザシュッ! ビキビキビキビキ!
「これで雪像一体完成。倉持、次行って!」
「ああ」
続けて来たヴァルゲアーの腕をつかんで、背負い投げしてこちらによこした。そこをまた一突きで凍らせる。うーーん今日は雪像祭りだ!!
「六花、あっちは俺たちでは無理だ。応戦頼む!」
見ると、虚孔から2,5mはあるでかいダンゴムシ怪人、ヴァル・グラードが降りてくる。先手必勝!!
雪蛇刀の周りに強い凍気が渦を巻いて発生する。
腰を低く落とし雪蛇刀の刃を上に向け下段に構える。私と虚兵の間に分厚い氷の板が形成される。
ズズ…………ン!
ヴァル・グラードが着地した瞬間、纏った凍気ごと斬り上げる!
「斬術、御神渡!!」
虚兵の身体めがけて厖大な凍気が一気に吹き上げた。それと同時ににアイスバーンに亀裂が入った。
ヴァル・グラードの巨躯を持ち上げつつ、氷の柵が足元を刺し貫く。
「グッ!? グォォォォォォオオオ!!!」
それでも巨体は完全には凍りつかない。奴の頭上に一気に跳躍、脳天から兜割りを見舞う。
ザシュッ!!
ズ ズ…………ン!!
一太刀で開きになったヴァル・グラードは、半分ずつ左右に倒れた。大量のオーブが放出される。
「おっし、大漁!!」返す刀で雑魚の虚兵を倒していく。
「ふぃーーーー」虚兵を全て倒しオーブを吸収し終わると、空に蓋をしていた重い雲も搔き消える。
「どう見る? 倉持、清楽ちゃん」
「おそらくは様子見だろうな。お前にこの城の妖魅と契約させて、その上で宝珠を回収する肚積もりだろう」
そこまでは私も同意見だ。させないけどね。
「ふう、頂上にとーー、ちゃこ」
城址からの見晴らしはなかなかだ。江戸時代取り壊されずに、この地域一帯の統治の要になっていたというのもうなずける話だ。
子供の頃の野口英世が、友達と遊んでたっていう話だし。
……まあそんなエピソードは今いいか。
夜叉の浄眼を本丸の天守閣があった方、空に向けて手をかざす。
かろうじて、だけど普通の人にも見えるくらいにかつての城が半物質化して形成される。
天守閣部分から青白い霧が噴き出した。
それが凝り固まって貌を成す。あれは謁見の間か。そこの瓦屋根の上に立ってる、十二単のお姫様……どうでもいいけどだいぶおてんばだな。
「あれが……亀姫……?」
「ああ、伝承とはだいぶ違うけど縁の品、錣に反応してる、間違いないだろ」
瓦屋根の上で、直立してる妖魅に声をかける。
「長壁姫の妹君はそちらか!?」
返事を待つまでもなかった。澄まして立っていた妖魅が、肩を怒らせてこっちを見てる。髪の毛も重力に逆らって上に棚引いてるし。おーー、怖。
『その名を気安く呼ぶな!! 妾を亀姫と知ってのことか!!!』
うん、挑発するつもりはなかったけど知ってて呼んだ。しっかし文字通りの怒髪天だね。
亀姫の様子が変わった。
身につけている十二単が、鱗状に変化して鎧みたいになった。
名前は亀姫だけど、穿山甲というか、ハコガメというか。見た目が華奢な分だけ鎧はごっつく見えるね。
……ずいぶん生足全開なんだな、岳臣君ならともかく、私にはそんなサービスいらないし。
「はああああああああっ……!」
ダンッ!
城の瓦を割るくらい強く蹴った。弾丸みたいに一気にこっちに跳んでくる。拳も甲羅で固めてる!
ガァン!!
雪蛇刀でガードしても弾かれた!
おーー、右手がいい感じに痺れる。うーーん、攻防一体の近接戦闘タイプか。相手にとって不足なし!
ガツッ! ゴン! ダァン!
「前言撤回、不足どころか おなか一杯になるっての!
妖魅部分顕現、氷獣『雪野槌』!!」
ロングコート越しに白い翼が三枚、左肩に生える。
鬼力は消費するけど、空中戦が可能になる。近接戦闘はこっちが不利になるから中距離で戦わないと。
城の天守閣まで上がると亀姫は瓦屋根をジャンプして上がって来た。おーおー、健脚だねーー。
「んじゃ、こっちも新しい妖具化お目見えさすか。
妖魅顕現――――!」




