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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「牛鬼《うしおに》の章」
46/70

〇四四 準 備

 どうしようか、と思っていると、

「潮風が気持ちいいですね」不意に岳臣君が立ち止まる。

 そう言えば、牛鬼に会って契約しなきゃっていう気持ちが勝ちすぎて風景を楽しむ余裕なんて全然なかったな。


「きれい……」自分の家、私の部屋の窓からも海が見えるけど、太平洋とはまた違う趣だ。

 ゆっくり深呼吸する。潮の香りがなんともいえない。

 雲の切れ間から陽が射して海に光が注ぐ。陽の光が帯状にまっすぐ下りて海面が反射してきらきら光ってる。


「ああして、白い光が雲から射すのを、『天使の梯子(はしご)』、海外ではヤコブス・(Jakob's )ラダー(Ladder)って呼ぶらしいですね」


「へえ」思わずその光景をじっと見ていた。けっこう神秘的だな……。


「……んっ、んんっ、んんっ」


 咳ばらいが聞こえて我に返る。

 振り向くと猫又が口に手を当てて、わざとらしくせきこんでいた。その隣で五徳猫が体育座りして身体を前後に揺らしている。明らかに面白くなさそう。

 (あわ)てて組んでいた腕を離す。


「あの、これは牛鬼契約に必要だからしてることで。岳臣君のことは……」


 弁明しようと思った言葉を途中で飲み込む。

 勢いで「なんとも思ってない」とか言ったら、九州くんだりまで来てもらった彼が傷つくし。

 事実すぐ隣でびみょーな表情になってるし。もう、どうしたらいいのよ。


『とりあえず、日中は散策に専念しましょう。本番は夜中ってことで』

 岳臣君が小声で提案する。確かにまだ日が射しているときに契約は少し難しそうね。


「あなた方二人とおみやげとか洋服なんか一緒に買うから」それを聞いたねこ妖魅二人の顔がぱあっと明るくなる。もう、観光(あそび)じゃないんだけどなあ。


 ごぼり


 ――――その時、海が泡立つ感覚を私は確かに背中で感じていた。




   ***




「「「「「かんぱーーい!」」」」」


 カチン  カチン  カチン


 ごくっ   ごくっ   ごくっ


「ぷはーー、やはり旅の醍醐味(だいごみ)は美味い地魚に地酒だニャーー!」


 早くも浴衣の前をはだけて、日本酒を美味しそうに飲むのはもちろん火車だ。

 日中海沿いで、仕込みのため岳臣君と(形の上で)デートしたあと私たちは道の駅やショッピングモールで買い物をしていた。

 これは岳臣君を妬いている、ねこ二人の機嫌を直してもらうためだけど、正直だいぶ疲れた。

 こんなことならお留守番してもらえば良かったとも思うけど、それはそれでメールとかLINEが大量に来そうだし。

 特に猫又が私の腕にずっとしがみついていたから、他の観光客にだいぶ白い目で見られた。

 ホテルのチェックインでも、ぱっと見年長者の火車はやってくれそうもない。っていうか明らかに向いてないし。

 それどころか『五人一部屋で雑魚寝(ざこね)する』とかフロントの人に言い出すし。結局岳臣君に任せる形になった。

 子どもの頃から留守番とか、外泊が多かった彼は、難なくチェックインを済ませる。

 深夜までゆっくり(くつろ)ぎたいけどそうもいかない。部屋で夕食をとることにした。

 お刺身は船盛りで豪勢だし、アワビや牛肉のステーキなんか、一応質素倹約を(むね)としてる(うち)ではまずお目にかかれない物ばかりだ。

 私は目を光らせ、品揃えにざっと目を通す。


「猫又、五徳猫」


「「はい!」」


 夜叉の浄眼からキャスター付きのクーラーボックスを何個か取り出す。ここに来る前にホームセンターに行って買っておいたものだ。


「さ、てきぱきやるわよ」


「「はい!」」


 三人でお膳に載っている料理をなるべく崩さずに、保存用タッパーに移し替えていく。

 ものの数分も経たないうちに、船盛りも含めてほぼ全部の料理をタッパーに詰めた。タッパーの間にはキンキンに凍らせた保冷材を挟み込む。


「ああーー、カツオのタタキ食わせろニャ! それにイカの活け造りも!」


「猫妖魅のあなたがイカなんか食べたら、腰抜かすでしょ!」


「バカにすんなニャ! 私はイカでもエビでもへっちゃらニャ!!」


 普通に宴会気分の火車そっちのけで、私たちは保冷材が詰まったクーラーボックスに料理を詰めるだけ詰めた。

 続けて五徳猫がお(ひつ)に入ったご飯を手際よくおむすびに握っていく。猫又はそれもタッパーに詰めていった。


「…………」岳臣君は無言で椀物と茶碗蒸し、お漬け物をおかずに塩むすびを食べている。

 彼には申し訳ないけど、今晩のことを考えるとのんびり宴会をするわけにもいかない。我慢してもらわないと。



「お客様方、そろそろお膳の方お下げしま……」


 客間に来た仲居さんは目を丸くする。それもそうだろう。私たちは主だった料理はもちろん、ステーキの付け合わせや刺身のツマ、菊の花、焼き魚のはじかみに至るまで、食べられる物は全てクーラーボックスに詰めて夜叉の浄眼に格納していた。

 来た当初の御着き菓子まできれいに無くなって、食器は全部、種類ごとに重ね合わせてあれば、まあ驚かない方がおかしいだろう。


「まったく、せっかくの温泉宿の宴会なのにニャーー……」


 火車はフロントに内線を入れて、ビールや焼酎を頼んでいた。柿ピーとか乾きものを(さかな)に、ぶつぶつ言いながら一人酒をしている。


「なに言ってるの、遊びに来たんじゃないんだから。あなたにも妖具化(ぐるか)で戦力になってもらうから。いつまでも飲んでないで」


「もうーー、みんなと一緒に呑むから酒は美味いのニャ。これじゃまるで最後の晩餐(ばんさん)ニャーー……」


 ほんとに火車が言うとシャレにならない。


「じゃ、岳臣君、用意はいい?」


「は、はい」

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