〇四三 浜 辺
にゃーー。
専用のキャリーバッグから小さく鳴き声がする。私は口の前に人差し指を立てて静かにするよう促す。バッグの中からねこカリカリを取り出す。
手に乗せたエサを黒い子猫はおいしそうに食べだした。
「もうすぐ着くからおとなしくしててね」
子猫は身体に似合わない旺盛な食欲で、カリカリを平らげた。
「涼子さん、その子猫って、その……」
「そう、『火車』。契約したし、戦力になるからついてきてもらったの」
「え? 戦力ってことは、武器になるってことですか? どんな武器なんです?」
さっきまで沈んでいた岳臣君が、急に元気を取り戻した。武器に食いつくところは普通の男の子らしいけど。
「……まあ、瀑布刀とか嵐風刀とはだいぶ違うわね。見たいの?」
無言でうなずく岳臣君。少しからかいたくなった。
「それは、妖具化した『火車』の攻撃を喰らいたい、ってことでいいのね?」
ケースの中の子猫『火車』も爪を出してふーーっと唸る。
「いっ、いや、いいです! 見るだけで!」
「冗談よ。でも浄眼に入れたままだと弊害っていうか副作用が出るって六花に言われてるから、こういう形でついてきてもらってる」
「副作用、ってなんですか?」
「いわゆる浪費っていうか散財癖がつくみたい。特に人間態だと周りの人も巻き込むみたいだから」
「『火車』……ああ、なるほど」
世間一般でいう借金で首が回らないことを『火の車』と表現するけど、元はこの火車から来ているみたい。
「そう言えば、ミステリー作家の宮部みゆき先生の作品でも、同じタイトルの作品がありますからね。
今みたいな法規制が十分にされてない時代、借金を苦に自殺とか多かったみたいですから。
もしかしたら『火車』さんが、そういう人たちの救われない魂を冥府に連れていくのかも」
彼は相変わらずのロマンチストぶりだ。それでも少しは精神的に逞しくなったと見るべきなのかな。
ゆっくりあくびをしてるとメールが来た。
【やっっっほーーーー! 九州に出張お疲れさまだモン!
私は清楽ちゃん、それから倉持安吾と午前中姫路、それから山梨県経由して福島出張! お互いがんばろーーーー!!】
六花からだ。なぜこんなテンションが高いんだろう。私はスマホを胸に当て窓の外を見る。外の光景が矢のように流れている。
見ると彼はもう二食目の駅弁に手を付けていた。
――――ふう、九州まで来て収穫なしだったら目も当てられない。岳臣君には頑張ってもらわないと。
***
「ふう、これで姫路はOKか。まずは第一関門クリアだね」
車中の後部座席で、さっき手に入れた宝珠をかざしてみる。
白地に紺色がマーブル状に混じった、きれいな真球の宝石。科学的に見るなら、比重とかで一番近いのは水晶、石英らしいけど。
妖魅の力をそのまま封じ込めた宝珠は、ドリルとかレーザーでは傷一つつかない。
研究者曰く、『三次元軸に捉われていない物体』とかなんとか。要は時空を超越した彼岸のモノだ。
「――全く、妖魅の親族関係ってのも結構広範囲だねえ。西は兵庫の姉に北は福島、会津の妹か。これから行く妹の方が本命っちゃ本命だけどね。
んで、山梨にはあとどれくらいで着く? アンコ」
「安吾だ。いい加減その呼び方やめろ。――――だいたい3~4時間だ。
今のうちに寝ておけ」
「ああーー、はいはい。んじゃーそうすっかね。
ねー清楽ちゃん、お菓子持ってない? 身体動かしたから糖分がほしいなあ」
「ええ、あります」清楽は黒いバッグを探るとビスケットにチョコレートをかけたスナック菓子を出してくれた。
「おおーー、お得パック。ありがたい。んん――疲れた身体にしみるねーー。
話変わるけど『きのこたけのこ戦争』って巷で有名じゃん。
両方とも、チョコとクラッカーとかビスケットでしょ? どっちが上なの?」
「それはたぶん、お菓子メーカー側がどちらが上か優位を競わせると見せかけて、実際には顧客に購買欲を掻き立てるために煽ってるんじゃないですかね。
同じメーカーが販売しているわけだから、どちらが勝っても売り上げが伸びるわけですから」
「まあ、メーカー側はね。でもその顧客の清楽ちゃんはどっち派なの?」
「そう――――ですね、チョコレートの比率が多いのがきのこ。ビスケットが多いのがたけのこです。
食感で言えばたけのこ。でも私は両方入ったお得パックで買いますから」
「ほお、その二つって同時に発売されたんだっけ?」
清楽ちゃんは素早くスマホで検索する。
「いえ、きのこが1975、昭和50年。たけのこはきのこの4年あとの昭和54年発売です」
「ふうん、4歳違いかーー。姉妹も大変だねーー」
お菓子をぽりぽりと食べる。うん、やっぱりお菓子はいつの時代でも女子の嗜みだ。
「……さっきから何の話をしてるんだ? 菓子なんかいつ発売したかなんてどうでもいいだろう」
信号待ちしている倉持がミラー越しに私を見る。私は返事をする代わりに、コートのポケットに入っていたのを取り出して、ミラーにかざす。
「なんだそれ?」
「んーー、度胸試しの褒美でもらった。兜の首後ろを守る……錣だった、かな?」
涼子は私の妹みたいなものだからね。守らないと……もう、あんな思いはたくさんだからね。
***
「ふう……ここか。だいぶ風が強いね」
「はい」
私たち4人は福岡県の浜辺に来た。
海水浴にはまだ早いけど、それでもマリンスポーツするのには差し支えないみたい。
ウェットスーツをきた人たちが、早くもサーフィンに興じている。
「ここだと目立つから少し移動しましょう」
砂浜を4人で進む、だけど……。
「岳臣君、ちょっと」私のキャリーバッグを引いている彼と腕を組む。
「……!? え? 涼子さん!?」
「涼子さま!」
「なぜですか?」
「これも、牛鬼契約に必要だから、黙って腕組んで。……嫌なの?」
「いっ、いえ! ぜ、ぜぜん、ど、どぜう!」
「そう、良かった」いやとか言ったらどうしてくれようか、とか思ったけど。我ながらぎこちなさすぎるとは思う。
でも、男子と手をつなぐのってオクラホマミキサーくらいしかなかったし。
「二人とも、ちょっと荷物見ておいて」
ねこ二人に荷物番を頼む。二人はしぶしぶ従ってシートを広げて座った。
五徳猫は体育座りしてさみしそうに目を潤ませているし、猫又は自前の手拭いをとがった前歯で噛んできーーっとしている。
私だって牛鬼と契約するのに必要とか言われなかったら、人前で積極的に男子と腕なんて組んだりしない。
これが神奈川から離れた、西の海水浴場でほんとに良かったと思う。
ふーーん、ぱっと見は細いけどしっかり筋肉はついてるのか。背は男子としてはそんなに高くないけど、私よりは(ほんの少しだけ)高い。
……あれ? 私の方から腕にムネ、当ててない!?
で、でも今さら離したりすると余計に意識しちゃうし。とりあえず、なんか間をもたせるための話を……。
「「…………」」会話が無い。
「――――ね、なんかカップルらしいお話しして」
「へ? カップル?」
言ってしまってから大失敗したと思う。
最近顔を合わせることが多いから忘れてたけど、やっぱり彼の中身は朴念仁だ。
今の話の振り方も、難易度を底上げしてしまっている。




