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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「牛鬼《うしおに》の章」
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〇四二 旅 路

「……ふう……」


 またため息ついた。今の今だけじゃない、この負のオーラをまき散らす吐息を今朝から何回聞かされたことか。

 新幹線の車内、私は通路を挟んだ向かいに座っている岳臣(たけおみ)君を横目で軽くにらむ。

 視線に気づいた彼はすまなそうに頭を下げるけど、視線をそらしてまた嘆息(たんそく)する。


「もう、私はともかく他のお客さんに迷惑でしょ、ため息つくのやめなさい」


 私に小声で注意された岳臣君は、びくっと身体を震わせる。

 だいぶ声は抑えたはずだけど、寝ていた乗客を何人か起こしてしまったみたい。何人かの咳ばらいが聞こえる。

 私は自由席を移動し、彼に窓側に詰めさせて隣に座る。


「男の人がいないと『牛鬼(うしおに)』と契約出来ないんだから、しっかりして」


「……はい……」


 全くもう、『夜叉姫』も六花(りっか)も肝心な時に冷たいんだから。


 時間は少し(さかのぼ)る。

 せっかく苦労して契約した『(ぬえ)』の宝珠を虚神の少年、ディクスン・ドゥーガルに奪われた。その直後『火車』と契約した次の朝のことだ。

 普段なら私とおじいさまだけなのに、その日は六花と岳臣君。それに酒盛りで寝落ちしてそのまま泊まった、公安部F課の刑事清楽(きよら)さん。それに『火車』に料理や給仕係の猫又に五徳猫。

 妙に大所帯になった自宅の朝食で、いきなり六花に話を振られる。


「で、昨日の話の続きなんだけど、涼子と少年、二人で『牛鬼』と契約しに行って」


     ぶっ


 いきなり話を振られた岳臣君はみそ汁を軽く吹いた。私はだし巻き卵のお皿を持ったまま六花を見る。


「昨日そんな話したの覚えてない?

 だいぶ昔の話になるんだけど、『夜叉姫』が失敗(ポカ)したらしくってさあ。『牛鬼』と契約出来ずじまいなんだって。

 んでちょうど少年がいるから同伴して――――」


「ちょっと待って、それって『夜叉姫』のミスでしょ? なんで私が……」


「うん、それなんだけど夜叉姫(むこう)夜叉姫(むこう)で『私が出張(でば)ると涼子がやきもきするから、本当に心苦しいけど、ここは涙を呑んであとは任せる』だって。

 要は夜叉姫(じぶん)が少年を取っちまわないかって、涼子が心配するんじゃないかって」


「なんで私が――――」


「涼子さま、不忠を承知で進言します。『牛鬼』には涼子さまが交渉、契約してください。もちろん今のご主人様は涼子さま、それは間違いありません。ですが私たちにとっては、夜叉姫様は同じかそれ以上に大事なのです」


「そうです、それに夜叉姫様があのような下賤(げせん)な男と――――」


 なぜか五徳猫と猫又に抗議される。


「まあまあ、難しく考えんでいいから。責任の所在とかじゃなくって、あくまで主導権(イニシアティブ)があるのは涼子なんだし。

 それに私たちも出張あるから」


 ――――私たち(・・)


「言ってなかったっけ? 清楽ちゃんと倉持安吾(アンコ)と一緒に虚神退治に出るから。

 こればっかりは現役女子高生(JK)の涼子には頼めないし。

 でも『牛鬼』の方は今日の今出かけろってことじゃないから。事前の情報収集は少年得意だろうし、対策は夜叉姫に聞けばいいから。

 まあ、初めての共同作業だと思って頑張って」


 冗談じゃない、なぜ私の周りは岳臣君とつきあっている、もしくはくっつけようと画策するのか、意味が解らない。

 岳臣君は――――私と同じかそれ以上に苦々しい表情だ。それはそれで気に入らない。

 私に協力するのがそんなにイヤなの?


「わかったわよ、やるわよ」やればいいんでしょやれば。


「うむ、強い妖魅と心を交わし力を得る。得難き経験は夜叉姫としての力をさらに増すことだろう。

 家のことは心配ない。涼子、行ってきなさい」と、おじいさま。


「確かに、雷と風。二つの属性を持つ鵼に対して、歴史も深くて知名度も高い牛鬼は選択肢として最適ですね」これは清楽さん。


「あの……僕がやるかどうかは聞かないんですか……?」


 岳臣君の質問は、ほぼ全員が黙殺した。


「大丈夫、夜叉の浄眼で強化できる装備がありますから。

 使用方法はメールで送信しておきます。訓練も含めて一週間もあればできますから」


「んじゃ少年は説明受けてから、放課後とか私とつきあって。訓練するから」


 清楽さんと六花が決定事項を告げる。岳臣君はがくりと肩を落とした。

 それからしばらくの間、岳臣君は六花に引きずられるように訓練に付き合わされていた。

 放課後とか、早朝に呼び出されては、虚退治につき合わされたり、格闘技の組手なんかをやらされていたようだ。

 せっかくだからと、おじいさまも道場で剣道や合気道、空手の組手の相手をしていた。

 その指導方法に私情が混じっていたようだけど、以外にも彼はくらいついていた。




 そして『牛鬼』と契約すべく(せっかくの土曜日に)新幹線で九州に向かう現在に至る。

 新しい装備品と訓練のおかげか、身体は鍛えられたようだけど、生来の気の弱さはいかんともしがたいらしい。


「おなか、減ってない? 観光に行くわけじゃないけど、駅弁とか名物とかなんかないの?」


 まあ、逃げ出さないところだけでも、良しとして立てておくか。言っても彼がいないと『牛鬼』と契約出来ないし。


「あっはい、九州だったら何がいいですかね」タブレット端末を取り出した。


「ええと、佐賀牛、豊後(ぶんご)牛とか宮崎牛、福岡だったら博多牛ですね」


「……さすがに『牛鬼』と契約する前にウシはまずいんじゃない? あとタブレットじゃなくって、口で教えて」


 彼はなんともないのかな。私はタブレットをのぞきこんだだけで酔ってしまった。


「そうだ、駅弁食べてもいいですか? なんかおなか空いちゃって」


 岳臣君はすまなそうにしながらも駅弁を広げる。それも三食。


「遠慮しなくていいわよ。でも、そんなに食べるってことはやっぱり……」


「はい、もらった武器とか防具に『食取り(ジキトリ)』や『バイローン』が憑いてるから、どうしても消費カロリーが増えますね。

 でも、こう言っちゃなんだけどごはんがおいしいです」


「えっと……それって六花の妖魅?」


「そうです、名前は『バイローン』。『ウバリオン』と同類、亜種の妖魅ですね。

 六花さんが山形県で契約した妖魅らしいです。

 それが憑りついた相手に重くのしかかるんですが、うまく持ち上げられれば憑いた相手に力を貸し与えてくれます。

 ただ今の僕一人だと、持ち上がらないから『食取り(ジキトリ)』に満腹感を吸収させて、力をもらって、『バイローン』を持ち上げる。そういう二段構えでやってます。

 あと、六花さんが協力してる機関で、生身の人間でも負担なく妖魅の能力(ちから)を借りれるように研究してるらしいです」


「……その話、あんまり人がいるところでしない方がいいかも」


 私が声をひそめると、岳臣君も声を小さくする。


「あっ、そうか。守秘義務があるんですね」


 いや、そーいう……。私は言葉を飲み込んだ。はっきり言って荒唐無稽(こうとうむけい)にも程がある。

 六花は解ったうえで彼に話しているんだろうけど、今の話を無関係の人に聞かれても小ばかにされるだけね。

 研究機関とかも六花は頻繁に出入りして協力してるらしいけど、私ははっきり言って願い下げだ。

 全く実験動物(モルモット)扱いでもないんだろうけど、プライバシーにまで踏み込んでほしくない。


 私たちの後ろの席に目をやる。今回は猫又と五徳猫も同行してる。

 二人とも新幹線は初めてだから、かなりはしゃいだ様子だ。

 細いプレッツェルチョコ菓子に冷凍みかん、ポテトチップスと旅行の三種の神器(?)をそろえて流れる風景を楽しんでいた。


「すごい速い、見てみて舞、早馬なんか目じゃないわ」


「ねーー、苗さんこの氷蜜柑(こおりみかん)すごい美味しいです。

 私たちが在ったころなんて諸国行脚(あんぎゃ)とか物見遊山(ものみゆさん)なんて夢のまた夢だったからねーー」


 ……完全に浮かれ切ってるわけでもないんだろうけど、どちらかというと物見遊山(えんそく)気分が強そう。

 と、二人が前の席まで来る。


「涼子さま、昨日のことは覚えてますか?」


「私たち二人も妖具化(ぐるか)できるようになりました」


 なぜかねこ妖魅二人は気合十分だ。

 昨日のことは忘れたくても忘れられない。あの惨状を考えると、とても連れていく気にはなれなかったけど、あれは火車が引き起こしたことだと、自分を納得させる。


「まあ、二人にも戦いに参加してもらうかも。でも、危なくなったらすぐ交代させるからね」


「「はい」」

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