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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鵼《ぬえ》の章」
40/70

〇三八 猫 獣

 なんで? 右腕に装着した篭手(こて)をぶんぶん振っても、ねこ妖魅はうつ伏せのまま動かない。

 ひょっとして、またたびで酔ってるから夜叉の浄眼の効果がないの?


「しょうがない……」


 このままだと湯冷めしちゃう。なんとか脱衣所まで二人を運ばないと。


「んーーーー、重ーーい!!」


 すやすや寝てる。いい気なものね。

 ありったけのタオルでふたりの身体を丹念に拭く。せめて下着を、と思ったけどぐんにゃりした身体には、ショーツを穿()かせることすら難しそうだった。そもそも誰かに穿かせたことないし。


「――――しょうがない」


 少し迷ったけど、二階のこの子たちの部屋まで運んでいくのは骨が折れる。一階の客間に使っている座敷まで連れていって、そこでパジャマを着せよう。

 とりあえず、少し(胸が)重そうな五徳猫から横抱きで連れていく。


「むにゃむにゃ」


 マンガみたいな寝言言って、幸せそうな寝顔ね。

 まったく、なんで私が女の子をお姫様だっこして、運ばなきゃいけないの?

 それに、もう一人猫又がいると思うと気が重いけど、やらないわけにもいかない。

 意を決して脱衣所を出た。


「――――……涼子さん?」


 声をかけられて意識が一気に沸騰する。

 そういえば、明日に備えて岳臣(たけおみ)君もここに泊まっていた! 彼は、こっちを見たまま固まっている!


 ――――はらり


 運が悪いことはなぜか重なる。私の胸の上で留めていたバスタオルがはだけて落ちる! こうなったら……!

 五徳猫を下ろすのと同時に廊下に一歩駆け出した。タオルはまだ私の身体を覆っている。目指すは岳臣君のすぐ前だ。


     ダァンッ!


 廊下を思い切り踏みしめて、彼の鳩尾(みぞおち)に肘、頂肘(ちょうちゅう)を撃ちこむ!


         ズ シッ!


「が はっ!」同時に裏拳を顔に叩きこんだ。


             ――――み しっ


 湿った木が折れるような音がして、岳臣君がゆっくりと仰向(あおむ)けに倒れ込む。

                    

                    ずしゃーーん


「……はあ、はあ、はあ……」


 危ないところだった。肩で息をしながら、床に落ちたバスタオルを拾って身体に巻き直す。

 岳臣君の尊い犠牲で、嫁入り前の私の裸が彼の記憶に残る、最悪の事態はなんとか避けられた。それでもバスタオル一枚の格好は見られたけど。

 でもまあ鳩尾(みぞおち)に一撃、顔に一撃くらいで私の肌を見られるなら安いもの。そう思って二人を座敷に運んだ。

 私も着替えてから、なんとか二人にパジャマを着せて布団を敷いてあげる。普段のことを思えば、これくらいはなんともない。


 すーー  すーー  すーー


「ふう」


 そうこうしていると二人の身体が淡く光り出す。

 それに反応するように右手の甲の小さな水晶が同じく光った。

 夜叉の浄眼を展開して光を当てると、二人の身体が(こご)って一つの宝珠になった。視覚にデータが映し出される。


【名称】:猫妖珠(びょうようじゅ)

妖具化(ぐるか)名】:――――

【装備効果】:料理+補正・洗濯+補正・掃除+補正・買物+補正・ねこ寄せ+補正・ねこもふもふ+補正・犬、狐よけ+補正・午睡(ごすい)+補正・――――・――――


「……………………」


 案の定というべきなのか、少しは期待していた分、なんとなくがっかりした。

 というより肩透(かたす)かしという感じ。彼女たちの普段を考えると当然ね。

 なんにせよ、戦闘に直接関係ないスキルとかばかり補正されてるし、化け猫の妖魅だからか、印象が悪いスキルがいくつか追加されているし。

 まあ使ってあげないのもかわいそうだから、虚兵(ウツロへい)相手に使って様子を見よう。

 夜叉の浄眼から二人を出して寝かしつける。こうして見ると、寝顔は無邪気だなあ。

 さっきのお返しじゃないけど、ほっぺをつんつんする。あ、笑った。なんだか嬉しそう。


「ふう」


 一息ついて、何か抜け落ちているというか、忘れているような気がする。なんだろう?


「……岳臣君……!」


 改めて考えると、かなりの打撃を与えて放置したままだった。

 恐る恐る脱衣所前に戻ると……いた。倒れた状態でピクリとも動かない。慌てて胸に耳を当てる……良かった、心臓はちゃんと動いてる。

 この間の今日で心停止はないだろうけど、さすがにちょっとやりすぎたかな。息はしてるから大丈夫だと思うけど。




「…………ん……六花(りっか)さん……」


「……………………」


          どすっ


「ごふっ……あ、涼子さん」


 涼子さんじゃないわよ、なんで私が近くにいるのに六花の名前が出てくるの? 別にいいけど。


「いてててて、なんか胸と顔がじんじんする……」


「大丈夫? 妖魅で治療する?」一応治した方がよさそうね。


「ああ、大丈夫です。でもちょっとお腹すいたかな。清楽(きよら)さんにもらった装備着けてると、お腹減るのが速くって」




   ***




「どう?」


「うん、おいしいです」


 キッチンの残りごはんで、おにぎりを三つ作って食べさせた。

 具材は鮭にイクラのしょうゆ漬け、それにとりささみマヨネーズ。

 ねこ二人が買い出ししてる影響で、最近魚介類の乾物とか缶詰めが妙に増えた。煮干しはお徳用が5袋もストックしてある。

 もう夜の10時だ。夜食には少し遅いんだろうけど、彼の場合は妖魅が関係してるから、ある程度食べてもらわないと。

 それにしても、岳臣君の身体は見てて心配になるくらい細い。


「仕上がりはどう?」


「はい、なんとか」


 他の妖魅ならいざ知らず、明日契約に行くのは『牛鬼』だ。

 わざわざ休日に遠出して手ぶらで帰りました、では済まされない。岳臣君にはなんとしても頑張ってもらわないと。


「おかず足りてる?」


 お漬け物を切って皿に盛りつける。あとは、粗びきウインナーとベーコンか。

 フライパンでウインナーベーコン巻きを焼いていると、物音がした。


「おや、お邪魔だったかニャ?」


 火車がキッチンに入ってきた。反射的にガスコンロの火を止める。


「べつに夜食作ってるだけだから、変なこと言わないで」


「そうか、さっきは済まんかったニャ。お詫びといってはニャンだが、一杯どうニャ」


 火車が出したのはポートワインの瓶とグラスだった。火車は自分で注いでゆっくり飲む。


「飲まないわ――――よ」


 やばい、頭が朦朧(もうろう)としてきた。

 とろんとした目でそれでも岳臣君を見る。彼は私の意図を察してくれたようだ。


「はい、涼子さん!」


 タンブラーに水を注いでくれた。一息に飲むと少し頭がしゃっきりする。

 これで大丈夫、と思った瞬間、私の手の甲の水晶が赤紫色に染まる。

 右腕の感覚がほぼなくなった。と、私の意思と関係なく右腕が伸びて岳臣君の手首を掴む。


 ――――え? なに?


 右腕が引き寄せられて、岳臣君の身体がすぐ近くに来た………!


「…………!」


「――――!? ーーーーーー!!」


 どすっ


 右手の手刀が岳臣君の延髄に垂直に振り下ろされる。彼は白目を剥いて、また床に倒れた。 

         

       ず ずん


 私の意思を離れた私の右手は、顔の前で勝ち誇ったようにくねくねと指を動かす。それにVサインした! もう、夜叉姫ったら――――!!


「………………」


 また意識がフェードアウトする……。


   ***


「ふう、やはり涼子には普通にしていると抑え込まれてしまうな。

 よし、火車。明日は牛鬼のところに向かう。厄払いもかねて少し飲ませてもらおう」


「わかりました、私もお供致しましょう。しかしよいのですかニャ? 若い夜叉姫、涼子に任せて」


「うん、涼子は丸投げと取るかもしれんがな、若いのに任そう。

 それに、少し頼りなさそうな男だが、案外こういうのこそが化けるのかもしれん。

 しかしこっちの……岳臣といったか。

 ふふ、とにかく無防備な小僧だ。涼子には悪いが少し可愛がりたいな」


「おやおや、つまみ食いとは行儀が悪い。ちょうど涼子が作った(さかな)がありますニャ、これでひとつ」



「うむ、では乾杯」

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