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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鵼《ぬえ》の章」
39/70

〇三七 沐 浴

「じゃあ、『牛鬼(うしおに)』契約の前の厄落としも兼ねて私たち二人といっしょに湯浴(ゆあ)み、お風呂に入ってください!」


 …………()い?


 明日、牛鬼の契約に出発ということで食事は早々に済ませた。

 一人でいると気が(はや)るというか落ち着かないので、猫又と五徳猫、それに火車を部屋に呼んで、お菓子を片手に女子トークに花を咲かせていた。

 火車は今日も、ワイングラス片手にほろ酔い状態。

 人間態だけでなく、黒猫の姿も使って日がな一日ぶらぶらしている火車はともかく、二人は本当に家のことをよくしてもらっている。


 夜叉姫になる以前はおじいさまと二人で分担していたけど、それだけでは手が回らないからハウスキーパーさんに頼んで掃除してもらっていた。

 それを考えると、二人の存在はとてもありがたい。学校の勉強も大変だろうに、炊事に洗濯、家事全般をやってくれている。

 もちろんただ働きじゃなく、おじいさまと六花からお小遣いというか給料は渡してもらっている。

 それだと私の立つ瀬がないんで、二人に何をしてほしいか尋ねたら……予想の斜め上の返事が返ってきた。


「……なんていうか、そんなのでいいの? もっとほかのことでもいいんだよ?」


 『そんなの』というのはもちろん建て前。なんでよりにもよってというのが本音になる。

 妖魅態、人間態、どちらでも二人は私に対する一次接触が激しい。

 家はもちろんのこと、ともすると学校でも遠慮なく抱きついてくる。

 あまり邪険にもできないけど、周囲の目もあるから校内ではなるべくやめるようには言っている。

 で、今回の提案だ。なにか主君に対する敬愛とは別の、一線を越えたそうな何かを感じる。


「えっと……なにかプレゼントとかじゃだめなの?」


 二人とも顔を見合わせてから首を左右に振る。私は目線で火車に

助けを求めた。


「んニャ? 私は風呂が苦手だから遠慮するニャ」


 ほっとしたのもつかの間、火車は続ける。


「ただ、お互いの主従信頼関係を深めればニャ?

 一人だけではむつかしいけど、二人が協力すれば宝珠になって、妖具化(ぐるか)できて夜叉の武器になれるかもしれないニャ」


 ――――……がーーーーん(落胆)。


 アシストしてくれるかと思ったが、とんだ火傷(ヤケド)を負わされた気分だ。

 その答えに二人は目を輝かせて、私は内心がっかりする。二人に一緒にお風呂に入る口実をさらに与えてしまった。


「火車様 ありがとうございます!」


「それだったらなおさらです!」


「あの、二人とも妖具化(ぐるか)って進んでなるものじゃないよ? どっちかって言うと危険だし」


 猫又と五徳猫は、ベッドの上で遊んでいる みことみとらに目をやる。


「いえ、私たちはただ家政婦(おさんどん)に甘んじているわけにはいきません。やはり御滝水虎(おんたきすいこ)のように主君の刃にならないと」


「うむ、死なばもろともだニャ」


 いや、火車が言うと洒落(シャレ)にならないから。


「……わかった、じゃあお風呂に入るならせめて水着で……」


 私の提案はさらに却下された。是が非でも、裸のつきあいとやらを堪能したいらしい。


   ***


「……はあ、いいよ二人とも入ってきて」


 湯船に浸かってから呼ぶと、二人は恐る恐る浴室のドアを開けた。

 こうなれば(はら)(くく)るしかない。いざとなったら、夜叉の浄眼で強制的に従わせてしまえばいいし。


「「失礼します」」


 二人は、バスタオルを身体にしっかり巻き付けて入ってきた。

 でも、二人とも尾骶骨(びていこつ)の上あたりから、先端が二股に分かれたしっぽが生えていてピンと立っている。正直おしりが丸見えだ。

 ……それだとタオルの意味がないんじゃないかな。


 人間の女の子として生活する以上、現代女子としての作法や(たしな)みは習熟しておいてほしいというのが、私の方針だ。

 この家で人間態で顕現して間もないころ、猫又が全裸で廊下を歩いていたことがあった。

 その状態で、おじいさまと私がいる座敷に入ってきた時は本当にびっくりした。

 反射的に、携帯電話(ガラケー)で撮影しようとした変態エロじじいの手は、手刀で打ち払った。


       たんっ!


「うぐぅっ!!」


              ずむっ!


「――――ぐ  はっ……」


 そのあと鳩尾(みぞおち)に正拳突きを喰らわせたので、最悪の状況はなんとか免れた。

 服を着た猫又を正座させてこんこんと説諭したけど、あんな事態はもう二度とごめんこうむる。

 そこから考えるとだいぶましになったけど……。


「二人とも、かけ湯したら湯船に入って。私は身体あら……」


             ぎ  らーーーーん


 瞬時に二人の目つきが変わる。獲物を狩る獣の目つきだ……!

 ここは無駄な抵抗はよそうと思った。


「んじゃ、身体洗ってもらえる? でも洗うところは背中と腕だけでいいから。前は自分で洗えるし」


 浴室用の椅子に腰かけて鏡越しに頼む。ここが最終防衛ラインだろう。二人は何度もうなずいてから、ひざ立ちしてスポンジとボディソープを手にする。


「涼子さま、洗い足りないところがあったら遠慮なく言ってください」




「はあ……ほんとに涼子さまのお肌、きれい……」


「ん、うん……んぁっ……」


 二人とも丹念に背中を洗ってくれる。力加減が絶妙で気持ちいいから、変な声が出そうなのをなんとかこらえていた。

 スポンジを動かしながら、二人がかつての身の上話を始める。


「夜叉姫様の時は、けっこう頻繁にお背中お流ししてたんですよ。

 私はその昔、金目当ての修験者(しゅげんじゃ)何人かに、何もしてないのに邪悪な妖怪扱いされて。

 寄ってたかって調伏されかけたところを、夜叉姫様に助けられました」


「私は打ち棄てられた大店(おおだな)(へっつい)で、どこにも行けなくて泣いてたんです。

 そこに夜叉姫様が通りがかって眷属にしてもらいました。

 すごく恩義を感じてます。その上、人間態で顕現して現世(うつよ)を楽しめる、望外の幸せです。

 ですから、涼子さまのお力になれるの、すごく嬉しいんです。もっとこき使ってくれても構いません」


 そこまで慕ってくれてるなら無碍(むげ)に断るのも――――。


「わかった、二人の気持ちはすごく嬉しい。んじゃ、明日の『牛鬼』との契約は二人も一緒に行こう」


「えっ?」


「いいんですか!? 本当に!?」


「うん、ただ絶対無理はしないで。それが約束。できなかったらここでお留守番」


 二人は鏡越しにこくこくとうなずく。


「さ、冷えると悪いわ。お湯に浸かりましょ」


 うちの湯舟はわりと広いけど、三人で入るとさすがに狭い。どうしても密着せざるを得ない。


「はぅーーーー」


「ぅぁーーーー」


 二人とも(とろ)けたような表情を浮かべている。

 前に、洗面器のお風呂に浸かる白猫の動画を見たけど、まさにあんな感じだ。


「じゃあ、私は先に上がるから。二人とも湯あたりする前に上がりな――――」


 ガラッ


「三人とも仲良くなったようだニャ、これは私からのお祝いニャ」


 火車は入ってくるなり白いネットの袋を湯舟にいれた。ちゃぷちゃぷ揺すると湯船が琥珀色に染まる。


「え? 火車、今何入れたの――――」


 火車に確認するよりも先に、浴室いっぱいに柔らかい香りが広がる。なんだろう、ここ最近も嗅いだような匂いだけど――――。


「ぅにゃーーーーーー」


「ふにゃーーーーーー」


 ――――え? まさか――――!


 そのまさかだった。猫又と五徳猫が半溶けの状態で浴槽の縁にあごを乗せている! 私は反射的に湯船から出て身体にバスタオルを巻きつけた。


「火車! あなた何してるの!?」


「なにって、リラックスさせるために またたび茶の茶葉を入れたニャ。これで親密度もぐっと上がるニャ」


 何を馬鹿な、そう言おうとした時だった。ねこ妖魅二人が全裸で湯船から上がる。


 ざばーーーーーーーー


 りょうこ、さまーーーー


           りょう こ、さ まーーーー


 瞳孔が縦に伸びて、完全に目の焦点が合ってない。仕方なく夜叉の浄眼を展開しようとした。が


            だんっ!


 五徳猫に右手首を掴まれて、浴室の壁に押しつけられた!


「「りょうこさまーー!!」」


 二人の顔が迫ってくる。私はやむなく夜叉の浄眼を展開した。

 手の甲の水晶が光る。


   うーーーーーーん


 ばたっ  ばたん


 ねこ妖魅二人は気を失ってその場にくたりと倒れ込んだ。


 「――――はっ、はっ、はっ、はっ」


 肩で息をする。なんか色々危なかった。


火 車(かーーしゃ)ーー!!」とっさに湯桶を持って構える。が、その一瞬前ひらりと身を(ひるがえ)して逃げた。


「にゃっはっはっはっはっはっは」


 全く、悪気がないぶん余計に性質(たち)が悪いんだから。


「夜叉の浄眼を介して猫又、五徳猫に命じる。元の姿に戻り浄眼に還れ」


「ぅにゃーーーー」「むにゃーーーー」



 ――――しーーーーん

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