〇三四 辞 世
僕は、口をついて出そうになったツッコミをのどの奥で止める。
どうせ六花さんはツッコみ待ちなんだ。しばらくは褐色の見た目は無視してお酒だけ注いでよう。
「少年、なに仏頂面してんの? ほらタニマ」
ぶっ!
思わず顔を横に向けて噴き出した。
え? ええーーーーーー!?
なんか、というかはっきりわかるくらい胸が大きい。
普段の六花さんってスリムっていうか、チーターみたいにスレンダーだったはず。
それが今では、これでもかっていうくらいの存在感というかボリュームが――――
「少年は胸が大きい方が好きだろ? 先端部分はダメだけど谷間なら見られても減らないから見てもいいよ」
いや、減る減らないじゃなくって! こっちが精神的に摩耗するよ!
僕はなるべくグラスにだけ意識を向けるようにする――――が六花さんはグラスを胸元に寄せて見せようとする。その手には乗るか。
「あれ、そういえば涼子さんは?」
涼子さん……というか夜叉姫さんが、座敷の一番上座に座布団を五枚重ねて座っていた。
髪型が姫カットから、全体に毛先が尖った印象になっている。
髪の色も涼子さんはわずかに紺色が混じった感じだけど、夜叉姫さんに変わると微かに赤みが混じる。
ひざの上には御滝水虎が顕現したみことみとらがいる。
夜叉姫さんは、二匹にステーキ用なんだろう、厚く切った生の牛肉を手であげていた。……どこの貴族だよ。
その隣には鎌鼬三匹が車座になって、ハニーローストピーナッツとビーフジャーキー、それに麩菓子を両手で持って食べている(こいつらが原因で涼子さんにビンタされたんだよな……)。
じっと見ていたら、取られると思ったのか一番小さいのが前足から小さい鎌を出して威嚇してきた。
しゃーーーー
取らないし、食べてていいから。
涼子さん、というか夜叉姫さんは水色のセクシーなドレスを着ている。肩だけじゃなく胸元、それに内ももまで露わで――――ほんのり桜色の肌と相まってすごくきれい――――いやいや。
「また飲んでる、っていうか飲ませたんですか? 六花さん! 涼子さんはまだ未成年で――――」
「わかってる。未成年飲酒禁止法に抵触する、そう言いたいんだろう? 大丈夫だ、この通り現職刑事を味方に引き込んだ。
私が、というより涼子が逮捕されそうになったら未然に防いでもらう」
堂々と違法行為を口にした! 清楽さんはグラスを持ったままこくこくとうなずいている。悪い意味で国家権力を味方につけた。これはいいことなのか?
「まあ気にするな少年。それよりも身体は大丈夫か? 鉄分多いものでも食べて力をつけてくれ」
と、障子戸が開いて猫又さんと五徳猫さんが、お盆に料理を乗せて運んできた。この子たちは……飲まないでほしいな。
「猫又ちゃん、五徳猫ちゃん、飲むだろ?」
「いいんですか?」
「はい、片付けがありますから、少しだけなら……」
「二人ともよい心がけだニャ、どれ一献注ごう」
「火車様、ありがとうございます!」
「火車様から注いでいただけるなんて……!」
――――飲むのかよ。二人とも見た目は高校生なのに、いい飲みっぷりだ。もっとも妖魅としての年齢は結構あるのか。
合計6人の女子会(?)はさらに盛り上がる。夜叉姫さんはすごく楽しそうだ。
「うん愉快だ。話は変わるが小童、『鵼』に匹敵するような強力な妖魅に心当たりはないか? 思いつきでいい、言ってみろ」
「えっ……と、『牛鬼』ですかね」
「ふむ……?」
「主に西日本で文献や言い伝えが多い妖怪、いや妖魅です。
凶暴で人の影を舐めて喰い殺すとか、人間に対して敵対行動が多いみたいですが、契約して使役すれば戦力になると思います」
「ほう――――そうかそうか」
夜叉姫さんはいかにも楽しそうににんまり笑った。
「だ、そうだ。良かったな涼子」
夜叉姫さんはそう言うとゆっくりと頭を下げた。顔を上げると――涼子さんに人格が戻ってるみたいだ。
さっきまでとは違って目が潤んで半開きだ。焦点の定まらない目で僕を見ている。
「今 やしゃひめがわたしに言ったんだけど、『牛鬼』とけいやくするには男の協力が必要になるって。
くわしい話はりっかがしってるから、おそわってこわっぱといっしょにうしおにとけいやくしろって……」
――――はい? ……僕が?
周りを見渡すと、泥酔した女刑事に、キャミソール姿の語尾に「ニャ」をつけて話す和風美人。
和室の座敷に不釣り合いな見た目だけ褐色美女。
涼子さんはぼーっとした顔で、彼女に抱きついているネコ耳少女とツインテールの女の子両方の、二股に分かれたしっぽをもふもふしている――――混沌だ。
僕は心の中でつぶやく。
おとうさんおかあさん、まわりのみなさん、先立つ不孝をおゆるしください。




