〇二八 強 襲
「え? ああ、六花さんが『どうしても記念に録画しておきたい』って……」
申し訳なさそうに弁明する彼の手には、デジタルビデオカメラが握られている。
私が少しにらむと肩を縮めてすくみあがった。
「六花!]
私が声を荒げると、銀髪の美女は外見に似合わないおどけた感じで肩をすくめる。
「だってさーー、CGじゃないリアルバトルが目の前で繰り広げられてるんだよ? そりゃ誰だってきれいに保存しておきたいと思うじゃん。
大丈夫、霊感っていうか、妖怪とか信じてない人間には視えないし、ネットとかtwitterなんかで流さないし。第一こんな面白いの公開するわけないって」
「………………」
私は怒るより先に脱力する。私にとってはかなり疲れる闘いでも、彼女にとっては娯楽の一つでしかないみたい。
「もう、契約は無事完了したし、『蜃気楼』も解除して――」
私が言いかけたその時だ。場の空気がひどく重く息苦しいものになった。
鵼塚に差す影が濃く昏く染まり、熱したコールタールのように泡立つ。
「少年、新しいお客さんが来たみたいだから、もっちょい下がってて」
身の毛もよだつ、という表現がぴったりだった。四方から生理的に受け付けない悍ましい気配が放たれる。虚神の気配だ。
「『蜃気楼』の結界に入り込んでくるとはね……。涼子、少年、気をつけて」
六花が上を向くのとほぼ同時に、中空にどす黒い水たまりのような染みが多数できていた。
そこから真っ黒い球状の虚がばらばらと落ちてくる。
ドス ドスドスドス ドスン
その様子は、斜めに二列太いスパイクが伸びた、巨大なダンゴムシのようだった。
直径1、5mほどの黒い球状の丸まりが伸びあがり、内側から手足が出てきた。
口は大方の下級兵士と同じでサルのように突き出て、手には鉈のような刀を持っている。数は……39体。
夜叉姫の特殊能力『見鬼』が敵のステータスを視界に表示させる。
【種別】:下級虚神
【名前】:虚具足、ヴァルゲアー。
【特徴】:集団で行動し、知能は類人猿と同程度。強者に従う習性がある。
宝珠吸収行動などに過敏に反応する。
【攻撃】:――――
そこまでしか読めなかった。
「ギュアアアッ!!」「ギィィィィッ!」「ギョォォォォォッ!」
黒い兵士ヴァルゲアーは大挙して襲いかかってくる。
「はっ!!」
瀑布刀を横薙ぎに振った。
ザシュッ! ザンッ!
一体一撃で身体を両断できるが、敵は数で圧してくる。
「疾っ!!」
六花が雪蛇刀で虚兵士の胸を突き刺すと黒い身体が真っ白く染まる。瞬時に凍りついた。
「はあっ!!」
凍結したヴァルゲアーを一本背負いの要領で投げ飛ばし他のヴァルゲアーにぶつける。
「ウオオオオオオオッ」
「わ……うわっ!」
岳臣君にも虚神の兵士が近づいていく。
「少年!」
六花が左手を前にかざすと、手のひらからショットガンが出現した。
ダァン!! ダァン!!
数発発射された弾丸は正確にヴァルゲアーの頭部を打ち抜く。六花は立て続けに自動小銃を出した。
「これを使え! 安全装置は外してある! それで身を守れ!」
自動小銃を受け取った岳臣君はうろたえる。
「これって、P90!? でも、日本で使ったら銃刀法違反じゃ!?」
「あーーそうかよ、だったら法令遵守してそのままやられちまえ!」
「は、はいっ!!」
意を決した岳臣君は、自動小銃を構えてヴァルゲアーを撃つ。
タタタタタタタン タタタタタタタン タタタタタタタン
「ゴアッ!!」「ギィッ!!」「ギャッ!!」
連射して三体を倒した。虚兵は消えずにその場に倒れ込んだ。
「いいぞ、少年!」
岳臣君はすぐに肩で呼吸をする。なんだか辛そうだ。
「六花さん、この銃いきなり重くなったし、なんかすごいおなかが減るんですけど……それになんだかだるいし」
「あーー、虚神に普通の武器でダメージ与えられないからさ。
銃に妖魅『食取』を憑りつかせて、少年のカロリーを消費させて強化してる」
「えっ!?」
「あとでなんか食わしてやるから、死ぬよりましだろ! 自分の身は自分で守れ!」
六花は倒れているヴァルゲアーたちに雪蛇刀を突き刺してとどめを刺していく。
「はい……!」
ヴァルゲアーは残り少なくなってきた。しかしそこに中空に大きな洞ができた。中からヴァルゲアーとは比べものにならない巨体の虚神が出現する。
ヴァルゲアーに似ているけど、甲殻の肩当てや腰当てみたいな大袖や草摺りまでついている。
【種族】:中級虚兵
【名前】:大鎧虚、ヴァル・グラード
【特徴】:ヴァルゲアーの巨大亜種。下級虚神を率いる中隊長の役割を果たす。
膂力や耐久力が高い。多少の攻撃ではひるまないスーパーアーマー能力を持つ。
攻撃:戦斧を生かした重い一撃を得意とする。
大きく、使い込まれた戦斧を頭の上に掲げヴァル・グラードは吠えた。
「グロロロロォォォーーーッ!!」
「さすがにあれは銃じゃ無理だわ。少年、下がって」
涼子、私が足止めする、とどめは任せた」
と、六花は雪蛇刀を何度も振る。
「わかった」
私も瀑布刀を構えてヴァル・グラードに突っ込む。斬りかかる、と見せかけてガードしたまま適度に距離を置いた。
「ウオオオオオオオッ!!」
ヴァル・グラードが吠え、戦斧を振り下ろした。
ゴォン!!!
局地的な地震が起きたようだった。振動で手足が軽く痺れる。が、この機を逃さず瀑布刀を地面に突き刺す。
御滝水虎、お願い!
地面から水が噴き出しヴァル・グラードと戦斧に水流を浴びせた。
もちろんこの攻撃では大したダメージは与えられない。でも……!
「六花!]
「おう!!」
私が横に退避するのと同時に六花が叫ぶ。
「夜叉縛鎖、『氷』!!」
帯電した左腕から光線が発射される。私が放った水とヴァル・グラードに当たった瞬間、全てが真っ白に染まった。
――――ゴウ……ッ!!
此岸の水と虚神が一気に凍結した。と同時に周囲の空気が一気に氷のオブジェに向かって吹き荒ぶ。
「はあああ……っ!!」
間髪入れず、抜き胴を見舞った。わずかの抵抗もなく刃が徹る。
――――ガ シャ――――ン
次の瞬間ヴァル・グラードの全身は砕け散った。
「涼子、まだ油断はしちゃだめだよ。『蜃気楼』の結界にまで虚を侵入させてくるってことは、幹部が近くにいるはず」
私は無言であたりを見回す。
「すごい! あんな大きな怪物を……」
そこまで話すと、岳臣君の次の台詞は不意に途絶えた。
口は閉じていたが、頬が不自然に膨らんだかと思うと、口から濃くて赤い液体を噴き出した。胸に大きな穴が開いている。




