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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鎌鼬《かまいたち》の章」
25/70

〇二三 虚 魔

「くそっ! 夜叉姫は一人だけじゃないのか!? なんだって二人もいるんだよ!!」


 建設途中で資金調達が困難になり打ち棄てられた廃ビルの中、その場にいるのが不自然な8歳ほどの体格の少年がいた。

 小柄な少年は溶剤が入っていた一斗缶を苛立ち紛れに蹴り上げる。砂埃が舞う無機質な空間に耳障りな音が響いた。


 ガラン  ガラン


「おまけに(ウツロ)だまりも何か所か攻撃されてる! 全部僕の担当箇所だ!! これじゃ新製品が作れないじゃないか! こんちくしょう!!」


 虚兵(ウツロへい)を束ねる魔少年ディクスン・ドゥーガルは、苛立ち紛れに、不法投棄されていた埃の積もったゴルフバッグからドライバーを取り出した。

 両手でドラム缶に振り下ろす。ドラム缶が薄紙を破くように真っ二つに切れる。

 二つ三つとドラム缶を撫で切りにするが、手応えがない分、かえって苛立ちが募っていった。


「ふふっ、随分とご機嫌斜めね」


 不意に暗がりから影の部分が膨れ上がり、中から含み笑いを込めた声が響いた。


「なんだ、お前か那由多(なゆた)。何か用かよ」


 現れたのは、永い黒髪に赤い扇情的な衣装を身にまとった蠱惑的な女性だった。

 血のように赤い唇の端を吊り上げ、魔少年に微笑む。


「用事がなきゃ此岸(こっち)に来ちゃダメなの? 坊や。まあ現実世界(こっち)に来たのは興味本位もあるけど、付き添いと観光かしらね」


「付き添いって誰だよ?」


 少年が問いかけると、それに応えるようにコンクリートの粉末が一か所に(こご)りだした。墨汁に浸したように漆黒に染まり形を成す。


(わし)じゃ、頼まれた物を持ってきたでな」


「ああ、そう言えば頼んでたっけ、ヴェーレン。今度のは大丈夫だろうな?」


「それはこちらの台詞じゃよ、小僧。

 せっかくの巨大虚兵虚水黽騎(キョスイボウキ)をむざむざ(たお)されおってからに。

 可愛い息子に先立たれる苦悩がお前には解らんか?

 まあ陣地遊びに興じている小童(こわっぱ)に子を持つ親の苦労など埒外(らちがい)じゃろうが」


 厚いフードの奥で(きし)るような笑い声が響く。


「そんなに大事な息子なら、もっと教育に時間をかけろよ」


 少年が減らず口を返すと細長い腕を口に当てキチキチと(わら)う。


「おや、これは一本取られたかの。ところで、小娘の名前はなんといったかの?」


「確か、ミタキ リョウコ、だよ。どうしたんだ? 夜叉姫は夜叉姫だ。名前なんてどうでもいいだろう?」


「んん? いや少し気になったのでな。では次は儂が現地に赴くか。

 子に先立たれんよう親が監督せねばな」


 上体を小刻みに揺らすヴェーレンを、少年は追い払うようなしぐさで拒否した。


「余計なお世話だ。あの夜叉姫は僕が倒す。で、新しい虚兵は出来たのかよ? 爺さん」


「おお、まだ出来上がって間もない。()は大きめに作ったが、中身はまだ空に近い。

 なみなみと注げば、小娘に遅れを取るようなことはあるまいて」


「それを聞いて安心した。さっそく補充に行くよ」


「大丈夫? もし不安ならそっちに付き添いに行くけど?」


「だから子供扱いするなって言ってるだろ。もらうものはもらった。じゃあな」


 少年は何の躊躇もなく20階もの高さの工事現場から飛び降りる。そして地面に着地することなく何処かに掻き消えた。


「大丈夫かしらね、あの子」


「ふむ、新たな夜叉が目覚めたことで()きつけられたようじゃの。上手く殖やしてくれれば御の字、出来ねばそれまでじゃ」


 老科学者、ヴェーレンはフードの奥で(つぶや)く。


「ここで三滝の名を聞くとはな。やはり(えにし)というものは(あなど)れん、少し成り行きを見守らせてもらうか」




   ***




「こんにちはーーーー、おじゃましまーーす」


「――――なんだ? なんだってガキがいる?」


「おい八馬元、お前んとこのガキか?」


「冗談だろ、うちのガキはもうちょっと目つきがいいぜ……俺に似なくてな!」


「ははははははは! そりゃそうだ!」


 下卑た笑い声が重なって響いた。


「ボクーー? ここにはミルクはないでちゅよーー? 学校はサボったのかなー―? いけないこでちゅねーー。

 おうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってなさ――い」


 歓楽街にほど近い雑居ビルの9階全部を借り切ったフロアの中。

 初夏の陽気でも三つ揃いのスーツを着た者、派手な柄シャツを着た者、スキンヘッドに丸いサングラスをかけた者。

 いわゆる暴力や法に抵触することを生業(なりわい)にしている集団の事務所が、そこにはあった。

 背の高い白いスーツ姿の男がほぼ真下を見下ろす。そこにはこの場に似つかわしくない子供がいた。

 黒い袖なしのロングパーカーを着た少年は、目深にかぶったフードの奥から人懐こそうな笑みを浮かべる。


「あの、僕ねえこれからひと暴れしたいんだけど。今ちょっと手持ちが足りないんだ。

 だからおじさんたちに都合してもらおうと思って」


「はぁ? 何言って――――」


    ――――パァン!!


 乾いた音がして少年に近づいたスキンヘッドの男が書類棚に叩きつけられた。


「……なっ……!」


「僕らもね、つましくやってるんだけどね。どうしても足りない所は補充しないと」

 さらに角刈りで痩せぎすの男が天井に飛んだ。


   ガシャーーン    どすっ


 砕けた蛍光灯と共に男が床に落ちてようやく場が騒然としだす。と同時に居合わせた男たちがが殺気立ってきた。


「このガキ、何者だ?」


「阿波村、絲井、小尾騒!!」


「なんだ!? なにしやがった!!」


「抵抗してもいいけど、なるべくだったらできる限り抵抗してほしいな。どうせ無駄でもね。

 全く燃料確保って大変だよね」


 魔少年ドゥーガルはポケットから手を出す。その手の平は黒い煙が噴き出していた。


「恐怖しながら死んでいくと、エネルギーが増すんだ。

 エントロピーを低下させるって言えば解りやすい? ああ、この場合はSAN値を0に、の方がしっくりくるかな」


「てめえ!!」


 黒づくめのスーツを着た男は、何のためらいもなく魔少年を殴りつける。が、その頬に触れる1cmほど手前で、男の拳はぴたりと止まった。


「蚊が止まる、ってこういうこと?」


 魔少年は止まった拳にふっと息を吹きかける。男の拳は大きく弾かれた。


「このガキ、普通じゃねえぞ」


「面倒だ、(バラ)しちまえ。ガキなら溶解液(くすり)も少なくて済む」


 その場に居合わせた男たち数人が拳銃を取り出した。銃口には黒い筒、サイレンサーが取り付けられている。


「日中だ、他のテナントは開いてねえ。()は外すなよ」


「なにそれ? おもちゃ?」


「そうだ、ガキには過ぎたおもちゃだがな。

 おとなしくしてりゃ痛みを感じる暇はねえ。便所から流したあとは花でも供えてやるよ」


「ふうん、ありがとう」


 ディクスンは目を細めてにっこり微笑んだ。


「お花を供えられるのはあんたがた、だけどね」




   ***




「ふう、結局19人皆殺しか。しかもうまいこと銃撃戦に見立てて殺してる。だがな」


 初老の監察医が、遺体の前で合掌する倉持に話しかけた。


「こいつらが撃たれた弾丸、出処はどこだと思う? 事件現場(・・・・)なんだよ」


「どういうことです?」


「拳銃は全部被害者(ガイシャ)たちが持ってて他の指紋はなし。

 被害者たちが撃った弾丸(タマ)を一つ残らず集めて同じ銃で撃ち直してもこうはならん。

 旋条痕が二回分付くからな。おまけに現場には弾痕が一つもなかった。

 内部分裂でも起こって撃ち合いしたにしては、被害者はほぼ全員同じ方向を向いてたしな」


「……じゃあ、犯人(ホシ)は敢えて自分を撃たせてから、その弾丸を何らかの方法で撃ち返して、殺害したってことですか」


 倉持安吾は、管轄外でも人手が足りないという理由で無線連絡を受け、現場に直行した。平日の昼下がり、雑居ビルは救急車が多数集まっていた。

 野次馬が多数押し寄せていたが、現場は多少争った跡こそあれ、19人も殺害された現場とは思えないような静けさで、倉持には違和感しか感じなかった。

 怨恨でも金銭目的でもない、ただ『生命を奪う』。それだけを作業のように行ったうすら寒さがあった。


「一応の筋は通るな、まるっきり常識を無視しているが。おまけにこれだ、さっき鑑識に渡された」


 監察医があごで隣のテーブルを示した。小さな足跡が採取されている。


「こりゃどう見たって子供の下足痕(ゲソコン)だ、場違いすぎる。

 最近の筋者(すじもん)は自分の子供を職場見学させてんのか? 断定するにゃあ早すぎるが、こいつはお前さんら、F課の管轄だろうな」


「ええ、連絡いただいて助かりますよ、山本(ヤマ)さん」


「その呼び方やめろって言ってるだろ、ドラマじゃねえんだ」


 倉持はバツが悪そうにナイロンキャップの上から頭をかく。


「すいません、俺、形から入るタイプなんで」


「まあそれはいい。どうせ犯人(ホシ)は……なんだろ? 深追いはしないで上に判断を仰げ。いいな」


「ええ、わかってます」


 倉持は神妙な面持ちで返した。


「俺だって生命は惜しいですから」




   ***




【はい、倉持……ああ、言った通りだ。表立っては暴力団員同士の抗争ってことでアナウンスするだろうが、ほぼ間違いない。『原料』にされた】


 通話しつつ倉持は苦い顔になる。それが何を意味するか、自分も相手もよく理解しているからだ。


【わかったわ、上にもその線ってことで報告します……このことは白聖(しらひじ)さんには?】


六花(りっか)にはこれから電話する。こればっかりはさすがにメールで既読確認ってわけにはいかないからな】


【ええ、そうね。……倉持()、無理はしないでね】


【お前までそう言うのか? わかってるよ。俺ができるのはせいぜい情報収集だけだからな】


【そうやって()ねるところが無理してるってこと。頼れる相手がいるうちは頼りなさい。それじゃ】


 倉持は大きく息を吐いて窓から空を見上げた。自分の陰鬱な気分とは裏腹に、ぽっかりと雲が浮いた青空だ。


 喫煙室で煙草を(くわ)えるが、思い直しその場を慣れた。




「頼る相手ったって、それが女の子っていうのがかっこつかねえよなあ」

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