〇二二 茶 屋
「五徳猫の、『五徳 舞』っていうのはなんとなくわかるけど、猫又のは……ねこ まなえ?」
「違います、『根子真 苗』です。六花さんが『なるべく画数が吉数字のを選んだ』って言ってました。
私のは総画33画で特殊画だから努力を怠らなければ、ちゃんと報われるって」
「…………」
どうにもあの先輩の夜叉姫は、細かいことに妙にこだわる。
私の心配はわりと杞憂に終わる。二人とも編入したすぐにうまくクラスになじんだようだ。
同じクラスになった猫又も一学年下の五徳猫も、自己紹介した時結構な歓声が上がった。
二人とも私の遠縁の親戚(という設定)なので、そちらの相乗効果もあったらしい。
もともと猫又は歳経た飼い猫が変化した妖魅。
五徳猫は(諸説あるけど)付喪神と人間社会と親交が深い分、人馴れしてるようだ。ただ――――
「涼子さま、お昼お持ちしました。一緒に食べましょう」
と、屋上で重箱入りの豪勢なお弁当を三人で一緒に広げたり、休み時間におやつとして大袋入りの煮干しやいりこをポリポリかじったり、マイボトルを持ってきては
「涼子さま、またたび茶をどうぞ。
有効成分のアクチ二ジンには血行促進作用、滋養強壮効果。
マタタピオールに血行促進と、滋養強壮。
あと、マタタビ酸は抗炎症作用。 ポリガモールが利尿作用、お顔とかふくらはぎのむくみ防止に効果ありです。
それからビタミンCはコラーゲンの生成補助、抗酸化作用がありますから、普段から過ぎるくらい多く摂らないと」
万事この調子だ(またたび茶を飲むと、二人ともほっこりというよりうっとりした表情になるのは少し気持ち悪い)。
特に『涼子さま』と呼ぶのは何度注意しても二人とも直らない。
私は取り巻きを引き連れて、ちやほやされて喜ぶ趣味はない。
でも、二人がいつもさまづけで呼ぶから、クラスの子も含めて一部の女子がまねしだした。
非公認だけど、この機に乗じてファンクラブまでできたらしい(面倒だから認めないけど)。
そんな生活が何日か続いて、家に帰ってから二人と一緒に晩ごはんの買い出しに付き合うことにした。
虚神はここ最近出ていないし、二人はかいがいしいのもあって結構かわいい。
ただ、毎晩添い寝を要求されるのは少し困るけど。
せめて人間態じゃなく妖魅態でと頼んだら、ゴールデンレトリバーとドーベルマンくらいの大きな猫が、ベッドに一緒に乗るようになった。だいぶ暑苦しい。
それを見たみことみとら、それに鎌鼬の末っ子凪までが争うように私の上に居座る。
おかげで毎晩寝汗がひどい。
シーツやパジャマは、二人が洗濯してくれるからいいけど(洗う前に洗濯機の前で、二人で匂いをくんかくんか嗅ぐのは、見なかったことにしておこう)……。
***
二人と一緒に、晩ごはんの買い出しに商店街につきあっているとメールが来た。
【次に契約する妖魅が決まったから、『地獄童子茶屋』に来て】
最近二人が買い物がてら立ち寄る店らしい。
マスコットキャラクターが角を二本生やした真っ赤な子ども? で、鬼かと思ってたら二人に否定された。
『ロシアの怪僧ラスプーチンが、ナチスドイツと結託して召喚した旧い神の子供で、アメリカの怪奇現象を研究する教授に育てられた』
という設定らしい。
マスコットひとつにしてもかなりの凝りようね。
「地獄童子ですか? 私、おかきとアイス盛り合わせがいいな」
「あ……じゃあわたしは抹茶アイスとパンケーキ……」
ここらへんは普通の女子だ。私も甘いものを取るのに異存はない、というか大賛成。
行く途中で六花と岳臣君に会った。
なぜか六花が岳臣君と腕を組んでる。……別にいいけど。
「六花さまとあの男、仲いいんですね」と、猫又。いや、私は……。
六花が私たちに気づいた。
「おーー、三人とも。ちょっとした用事あるんだけど、三人も来る?」
私たちは連れ立って駅前の宝くじ売り場に向かう。
「前に氷獣雪野槌の特殊能力あるって言ってたじゃん。それを今見せようと思って」
ここで? だってここは……。
「ふっふーーん。まあ見てなさい。すみません、スクラッチくじ200円の三枚ください」
「はい、ありがとうございます。何枚目がいいですか?」
「3枚目、5枚目、8枚目で」
六花は買った三枚のくじを私たちによこした。
「削ってみて」
言われるままコインで銀色の部分を削る。
「きゃーーーーっ!!」
「え!? すごい、六花さま、当たりです!!」
「………………!」
私も削り終わって驚く。スリーセブン、大当たりだ。金額を確認してもらうと100万円。売り場の女性も同時に三枚出たので目を丸くしている。
「おーー、やったじゃん。でも50万円以上は売り場で換金できないから、銀行にはんこ持って行って」
六花はこともなげに言う。
見ると五徳猫は2等10万円、猫又は3等2万円の当たりだ。
「涼子さまはそのまま取っておいてください。猫又さん、私たちのは6万円ずつ分けましょう」
「いいの?」
無言でうなずく五徳猫に眼が潤む猫又、けなげだ。
「これが氷獣雪野槌の特殊能力、『お供えを欠かさずにすると金運が跳ね上がる』。
あと、当たったお金は全部使わないで、ちびっこハウスとかにランドセルとか送ったりする。
『奪うことは喪うこと、与えることは受け取ること』だね」
「すごいです六花さん、『金霊』みたいに金運を呼び込める妖魅なんて。で、雪野槌へのお供えってなんですか?」
岳臣君が興味津々で尋ねる。
「まあ、普段は生卵だねえ。たまに生きたネズミとか欲しがるけど。
さ、地獄童子に行こう」
あきれる私をよそに、六花は岳臣君を連れて、待ち合わせ予定のカフェに向かった。
「好きなもの頼んでいいよ、私はチョコレートパフェね」
六花の言葉に甘えて4人とも好きなものをを頼む。彼女が常に金払いがいい理由がわかった。
六花と岳臣君は、液晶タブレットを使ってクイズを出し合っている。
「正解。狗賓は天狗のことです。
ただいわゆる顔が赤くて鼻が長いのとは違って顔が鳥、いわゆる烏天狗に系統が近いですね」
「んんーーーー、少年がいてくれて助かるわーー。最初はちょっと頼りないっていうか。いや今でもケンカとか荒事は向いてないって思うけど。
んでも妖魅の知識は助かるわーー。いや捗る捗る」
はかどる? 調べものか何かかな。
「悪いね涼子、少年借りちゃって。もっちょいで終わるから、それまでガマンして」
何をがまんするって?
オーダーしたアイスやパンケーキが来た。ねこ妖魅二人は目を輝かせる。
「それはいいけど、新しい妖魅ってなんなの?」
「うん、ちょっとっていうかだいぶ強力なやつ、雷獣とも呼ばれてるけど。
雷と風の二重属性の妖魅『鵼』」
カラーン
それを聞いた猫又と五徳猫は同時にスプーンを落とす。
「む……むちゃですよ六花さま! よりにもよって鵼様だなんて!」
「そうです、ただ強いだけじゃなく、歴史も相当古いし来歴に武将も絡んでいる妖魅です! 涼子さまには荷が勝ちすぎるんじゃ……」
「まあ、二人の気持ちも分かるよ。なんていっても強力な妖魅だし、涼子は夜叉姫になってからまだ日が浅いし。
でも、だからこそ早いうちに強い妖魅と契約していかないと……いや?」
「やるわ」
こう言われて引き下がる私じゃない。六花も挑発じゃなく私にできるからこそ言ってるんだろう。
「うん、んじゃ少年を涼子ん家に泊めていい?」
「「「「えっ!?」」」」
私だけでなくねこ妖魅二人、岳臣君当人も驚く。
「なぜですか六花さま。そんな見鬼も妖気探知もできない、依代にもなれない無能男を、涼子さまと同じ場所で何度も同衾させるだなんて」
と、猫又。岳臣君はがっくりきている。無能は少し言い過ぎじゃないかな(そんなに否定もできないけど)。
「ごめん猫又。これは私の都合。宿題を片付けるのに少年の情報収集と処理能力はすごいありがたいからさ。
もし涼子に手出しするようなら、遠慮なくぶっとばしていいから」
それを聞いた猫又は、目を細めて右手の爪を鋭く伸ばす。岳臣君は震えあがった。
「まあ少年にそんな度胸とか甲斐性はないから、心配しなくていいって。
んじゃ決まりね。涼子、明日は遠出するから早起きして。少年、明日は早いから、早い目に用意しよう」
六花は言うだけ言うと伝票を持って席を立った。岳臣君もそれに続く。
「夜叉姫様、いえ涼子さま。相手にとって不足なしです。頑張ってください!」
「わたし、なにもできませんが応援してます! 今日はいつもよりおいしいものたくさん作りますから!」
ねこ妖魅二人に励まされた私は、まだ見ぬ強大な妖魅に想いを馳せていた。
「鵼、か……」




