〇二一 朝 餉
「どうする? 少年。全員一緒に布団並べて寝ようか?」
六花さんが楽しげに言う。
「「ダメです!!」」
猫又さんと五徳猫さんが即刻拒否する。寝ないし。
「夜叉姫様、昔みたいに一緒に寝ましょう!」
猫又さんと五徳猫さんが身体を揺すると、それぞれゴールデンレトリバーとドーベルマンくらい大きいキジトラ猫、それにサビ猫に変身した。
両方ともしっぽが二股に分かれてて、五徳猫さんのしっぽはちょっと太目で少し折れ曲がっている。むしろこっちが本当の姿なのか?
二匹の大きい猫は一心不乱に夜叉姫さんの顔をベロベロと舐めだした。夜叉姫さんはかなり痛痒そうだ。
「あの、僕、どこで寝たら……」
猫又さんが振り向いて、人間の姿に戻った。
「――――ちっ」
え? 今舌打ちした?
どすどすと足音を立て押入れから寝具一式を出して、座敷の隣の客間に放り投げた。そしてまた大きな猫に戻った。
「うにぁぁぁぁぁーーーーん」
また夜叉姫さんに抱きつく。
なんだかなーー。
僕は自分で布団で敷いて電気を消した。
布団に潜り込むと、さも当然のように六花さんが布団に入ろうとしてくる。
僕は無言で布団をまくり、六花さんを閉め出した。
ぅるにゃーーーーん。 ぅるぅるにゃーーーーん。
ぅるにゃーーーーーーん。 ぅるぅるにゃーーーーん。
襖の向こうからは嬉しそうな猫の鳴き声がする。5分もしないうちに、六花さんが布団をかぶってこちらに来た。
「こっちで寝る。なんにもしないからこっちで寝かせて」
「えっと……いいですけど向こうはいいんですか?」
「んーーーー。まあ、あとで縁の下で、子供産んでたとかはたぶんないだろ」
見当違いの返事をして、六花さんが僕の布団にぴったり寄せて床を敷く。
僕はしばらくしてから、音を立てないように自分の布団を客間の端まで引っ張ってようやく眠りにつけた。
ぐるるるるるる ぐるるるるるる
ぐるるるるるる ぐるるるるるる
襖の向こうから、猫がのどを鳴らす不気味なゴロゴロ音が聞こえる。その振動が襖越しでも伝わってくる。
一説によると、猫が自分の身体の筋肉が凝らないように振動させてるらしいけど。身体が大きい分、強制的にマッサージ機にかけられてるみたいだ。
僕は掛布団を頭の方に引っ張った。
***
目が覚めると、二階の自分の部屋じゃなく座敷で寝ていた。心なしか顔がひりひりと痛む。私の両脇には畳まれた布団があった。
「んん? んーー」
昨日のことはなんとなくだが思い出せた。
襖を開けるとみそ汁のいい匂いが広がる。
「あっ、おはようございます涼子さま。すぐできますから」
台所でご飯を作っている、この子は確か……五徳猫か。もう一人廊下を掃除してる子は……猫又だ。
「おはようございます、涼子さま」
うーーん、敬ってもらえるのはいいんだけど、なんとなくくすぐったい。顔がぴりぴりするのもそうだし妙に突っ張る。私は眠気覚ましに浴室に向かった。
「おーーーー、涼子。あんたも朝風呂? やっぱし一日の始まりはシャワーだよねえ。もしよかったら一緒に入る?」
どたどたと足音がする。
「りょ、涼子さま! 涼子さまが湯浴みされるなら、私もっ! でっ、できれば夜叉姫様の方でっ!」
「あ……あの……ご飯のしたくができました……。
もしよろしければ……おせなか、お流しします……」
「………………」
六花が先に湯舟に浸かっていた。頭にタオルを乗せて、湯船にアヒルのおもちゃを浮かべている。それと六花の声を聞きつけてやってくる二人の人間化した猫妖魅。
夜叉姫になってからこっち、気持ちが休まる暇がない……。
***
シャワーを済ませると、座敷には温泉旅館並の朝食が用意されていた。
焼き鮭にひじきや蕗の煮物。温泉卵に納豆に焼き海苔……とにかく品数が多い。
「すごい、これあなたたちが?」
「はい、遠慮なく召し上がってください」
「ではいただこうか、いただきます」
おじいさまの号令で一斉に食べ始める。そういえば岳臣君もいた。六花とねこ二人がインパクトが強すぎて忘れてた。
「うん、やっぱし日本人ならお米とみそ汁だね。
そうだ、近いうちに猫又と五徳猫、両方とも学校に通わすから。ちなみに五徳猫は高校一年、猫又はあんたがたと同じ二年生ね」
「えっ? 聞いてないわよ!」
「うん、今言った」
六花はこともなげに言い放つ。
「昨日も言ったと思うけど、『夜叉の浄眼』で契約できる妖魅って限りがあって、浄眼の中で待機させておくより、顕現させて此岸の食べ物食べさせたほうが珠の消費も少ないし効率いいんだよ。
じいちゃんに聞いたら部屋はまだ空きがあるから、ここから通わしても問題ないって」
「問題はなんで学校に行かせるかってこと。ただでさえ目立つのに学校なんか通わせたら余計目立つじゃない」
「まあ、お前の気持ちもわかるぞ、涼子。
だが『人は相見互い、情けは人の為ならず』という諺もある。お互いに手を取り合ってだな……」
珍しくおじいさまが助け舟を出した。
「どうせ、可愛い女の子が家にいるのがいいからってだけでしょ」
「そんだけじゃないよ。この家に女の子が何人もただいるだけだったら、かえって怪しまれるし。
ちゃんと妖魅らの生活費は私が出すし」
六花の一言で納得する。なんのことはない、おじいさまは袖の下を握られたのだ。せきこむところがわざとらしい。
「だめ……でしょうか?」
かいがいしくご飯をよそっていた五徳猫が潤んだ目で私を見る。そんな目で人を見ないで。
「いいわよ、その代わりわかってるだろうけど、妖魅ってことバレたらなしだからね」
「ありがとうございます! 私、がんばります!」
私はこういうけなげな子に弱い。
「うん、んで二人には学生証と制服一式。採寸は済んでるから」
「わあすごい!」
「ありがとうございます!」
二人がビニールに包まれたブレザーを嬉しそうに手に取る。すんすんと匂いを嗅ぐのはいかにもネコらしい。
「制服は蚕衣蟲で作れるとして、なんで学生証なんてあるの?」
昨日の今日で手回しが良すぎる。
「ああ、編入手続きとかは普通にできるけどねえ。戸籍とかは……その……ゴニョゴニョ」
なに?
「んーーとね、妖魅の力で戸籍謄本とか住民票なんか作った。んで、あとは倉持ちゃんが処理してくれる。こればっかりは……ねえ?」
いや、聞かれても。
「作った。って妖魅でですか? どんな種類の妖魅で?」
岳臣君が興奮して尋ねると、六花は左手をかざす。と、白い妖魅が二体現れた。
一方は細長くて薄い、魚とも虫ともつかない姿。
もう一方はA5ほどのサイズの真っ白い紙の塊が蠢くように浮いている。
「よくぞ聞いてくれました。こっちのサカナみたいなのが描獣『紙魚』。好きな文字とか絵を、自在に書いたりプリントできる。
んでこっちが『紙舞』。どんな質感の紙でも生成できる。まあ他にも……」
「すごい! それだったら古今東西、どんな書物でも再現できますね!」
岳臣君の無邪気な発言に、六花はうんうんとうなずく。なんのことはない、明らかな『公文書偽造』だ。私はなし崩しに犯罪を黙認することになった。
「涼子、『みなまで言うな』。悪事に手を染めてる。そう言いたいんだろ? 大丈夫、このことはちゃんと他で処理してくれてるから。
手を汚すのは大人の役目。あんたは堂々としてればいいから」
言いながら六花はごはんを勢いよくかきこむ。なんかうまく丸め込まれた。
「……うん」
今朝の朝食はなんだか味がしなかった。
岳臣君には私より先に家に出てもらった。ねこ妖魅二人、特に猫又が拒否したのもあったけど、一緒に登校したらあらぬ噂を立てられる。
おじいさまはご町内の相談役、というか様々な問題を解決する互助会の顔役として、あちこち回っている。その中でDVDを貸し借りする悪い友達が増えてるみたい、困ったものね。
そして六花は『外回り』といって出ていった。相変わらず彼女はよくわからない。
2日後から私と猫又、五徳猫は自転車で一緒に通学する。想像以上に一般常識はあるらしい。
揃って家の前の石段まで下りる。
「そうだ、二人とも人間としての名前はなんて言うの?」
うっかり妖魅の名前で呼んだら本末転倒だ。学生証を見せてもらう。




