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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鎌鼬《かまいたち》の章」
22/70

〇二〇 妖 猫

 それ(・・)は、僕が今まで見たどの図鑑や書籍にも載っていない妖怪、いや妖魅だった。

 大まかに言えば人間と蚕を足したキメラのような妖怪、いや妖魅といえばわかりやすいかもしれない。それも三体、人に近いから三人かな。

 それぞれ12~3歳くらいの女の子で、髪型は切り下げのおかっぱ頭。どっちかっていうとざんばら髪に近い。

 顔の上半分がアイボリー色で、細長い木の葉の形をした一対の触角で隠れていた。

 上半身、胸や肩あたり、それから手首から肘までは白い毛で覆われていたけど、腰から下、下半身は巨大な蚕の腹部で足らしいものは生えていない。

 よく見ると、首の付け根に申し訳程度の萎縮した羽がついている。畳から30cmほどをふわふわ浮いていた。


 見る限りでは蚕の妖怪だった。


「すごいでしょ? 山形県で見つけた装獣(そうじゅう)蚕衣蠱(かいこ)』っていう妖魅。

 私が見た服でも下着でも記憶して、再現して出現させるっていうのが能力。

 鎌鼬カマイタチと同じで、三人で一体に数えられる」


「すごい……」


 妖怪、妖魅を直接肉眼で見るのもそうだし、物理法則を無視して物質世界に干渉できる形而上の存在がこの世に()る。改めてその事実に純粋に感動していた。


「――――――――」


 蚕衣蠱(かいこ)たちが僕の方を見ている。口元や(たたず)まいはなんだかもの悲しい。


「その妖魅はね、ものすごく大変な『生前』を送って、悲しい最期を迎えたんだよ」


 六花さんが僕に教えてくれた話はこうだ。

 江戸時代後期、工場制手工業(マニュファクチュア)が興隆していたころ、貧しい農家の女の子たちが労働力と口減らしを兼ねて、豪農のもとに預けられていた。

 そこでは絹が特産品だったから、娘たちは毎日大量の桑の葉を集めたり、薪割り水汲み炊事に洗濯。

 とにかく今のブラック企業もかくやというくらい、劣悪な労働環境だったらしい。


「――――そんな中でも、

 『いつかこの絹で織った白い衣装に袖を通したい。』

 女の子たちの素朴で可憐な夢は、

 『自分たちは生涯一回たりとも、自分が汗水たらして作り上げた絹糸の服を着ることは無い。』

 っていう現実を突きつけられちゃって、潰されたわけだ。

 折しもそれを知った時、絹を紡ぐ時節と被っちゃってねえ。

 少年は絹糸を取るとき、カイコの繭玉をどうするかは知ってるよね。

 まだ羽化する前の(さなぎ)ごと、煮立った熱湯に浸けて()でちゃうって。

 この子らは、自分たちの境遇をその蚕たちに重ねて、蚕を(とむら)う塚の前で喉を短刀で突いて自害して、そうして生まれた妖魅なんだ。

 『もっと人生楽しみたかった、綺麗な服を着て口に(べに)も差して――――』

 ……でもそれが叶わなかったから、せめて連れ出して、この世をもっと見せてやろうと思ってね。

 こういう子たちみたいに、『名もなき英霊』たちが歯を食いしばって頑張ったから、今の世の中があるんだって。

 ……何? 泣いてんの、少年? 別にあんたが泣くことないでしょうに……変なやつ」


 六花さんは呆れてるけど、僕は涙が止まらなかった。

 妖魅もそうだし、それを使役する夜叉姫っていうのは、ただ強いとかじゃなくなんて悲しい存在なんだろう。

 そう思って僕は涼子さんを見た、が。


「もうそろそろ涼子さんの着てるの、元に戻してもらっていいですか」


 夜叉姫さんは、いや涼子さんか?

 どっちにせよ、彼女はランジェリー姿にシルクのシャツを羽織った状態のままだ。

 しくしく泣きながら、タンブラーを傾けて一息に中身を飲もうとした。

 ちょっと待って、それってお酒でしょ!?

 僕はなるべく彼女の身体を視界に入れないようにしながら、タンブラーを取り上げる。

 でも、彼女はいやいやをしながら空のタンブラーにコーラを注ぎたして、また一息に飲みほした。

 少しほっとしたのもつかの間、そのあとタンブラーをテーブルに置いて、また泣きだす。

 お酒入ってるとはいえ、すごい情緒不安定だな、この人。


「わたし、やしゃひめ やゆーーーー、がんがゆーー」


 めそめそしながら決意表明をしだした。


(やゆ? がんがゆ?)


 それがいいことかどうかはわからないけど、涼子さんが決めたことなら応援したい。もっとも僕にはそれしかできないけど。


「分かったから、もうお休みしましょう? ねっ?」


 こんな時でも、六花さんは焼酎の入ったタンブラーを持って、この状況をにやにやしながら見ている。完全に他人事だ。


「やしゃひめがんがるーーーー!」


(ガンガル?)


 (らち)が明かないので、僕のブレザーの上着を羽織らせた。


「よくわかんないけど、多分この子には君が必要だよ、面倒見てやって」


 面倒ったってなあ――――。

 とりあえずわかっているのは、この状況で帰るわけにもいかない。今日も押入れで寝ることになるだろうな、ということだけだった。




   ***




 気がつくと座敷の隅にまた書き置きがあった。


(わし)は何もお構いできないが、岳臣君も疲れたろう。

 風呂は沸かしてある。遠慮なく入って休みなさい。

 あと、戸締りと電気をよろしく頼む。      

                     光蔵】

 とあった。

 あんまり、というか全く客人扱いされてない。


「今日は着換えとか持ってきてないしなあ」


 いつだかはともかく、今日泊まるのは全く想定外だった。


「ああ少年、着換えなら任しといて」


 六花さんは手品のように、中空からトランクスやタンクトップ、それにスゥェットの上下をを取り出す。妖魅蚕衣蟲(かいこ)の能力らしい。


「これ、少年にあげるわ」


「このトランクス……黄緑色で妙に派手ですけど」


「うん、世間でいう

 『明日(あした)のパンツ』。

 これをお揃いで穿()くのが男同士の友情確認方法。

 私も今おんなじの穿いてる」


「え? 普段トランクスなんですか?」


「通気性いいからねーー。一応勝負下着(ランジェリー)も持ってるけど、見たい?」


 僕は首を横に素早く振る(男同士(・・・)の友情確認という部分にはつっこまない)。


「お風呂入ってきます」




   ***




 座敷に戻ると、食卓はもう片付いていたけど、六花さんがまだ飲んでいる。


「さて、そろそろ休むか。(ねや)の用意をさせよう」


 また夜叉姫さんに人格が切り替わったらしい。手の甲の水滴のような宝石が青から赤紫になっている。


 と、見慣れない女の子二人が、押入れから布団を4セット並べて敷いている。

 一人は身長155cmくらい。

 時代劇みたいな紺色で(かすり)の和服。

 小袖に(たすき)をかけて前垂れ姿で、黒髪をツインテールにして前髪に南部鉄器みたいな、鉄製の髪留めを着けている。

 じっくり見ちゃダメだけど、和服姿でもはっきりわかるくらい胸が大きい。


 もう一人も高校生くらいか。身長163cmくらい。

 赤みがかったセミロングで、淡いオレンジ色の小袖に前垂れ。コスプレなのか頭にキジトラのネコ耳がついてる。

 ぴこぴこ動くとか、最近のネコ耳は無駄にリアルだな。それに帯の下あたりからは同じくキジトラの尻尾が二本出てる。というか根元が一本だから枝分かれしてるのか。先は真っ白だ。

 尻尾を見ていると、左右に揺れていた尻尾の先がぷるぷる震え出した。そしてネコ耳の子が僕に振り向く。


「もう、あんまりシッポ見ないでください! 見られてるとくすぐったくなるからわかっちゃうんですよ!」


 ネコ耳の子は、威嚇(いかく)するように手を前に出してしゃーっと唸る。尻尾が二股に分かれてるってことは――――


「あの……ひょっとして、猫又さん?」


「ひょっとしなくてもそうです! 言っときますけど夜叉姫様に何かしたら承知しませんからねっ!」


「私は五徳猫(ごとくねこ)と言います。よろしくお願いします」


「ああ、はい、こちらこそ」


 妖怪、いや妖魅を人間の姿にできるのか? 改めて夜叉姫の力ってすごいな。二人とも見た目すごく可愛いし。


「うん、仲良くしてやってくれ。あと今は顕現していないが、あと何体か妖魅がいる、よろしく頼むぞ」


「えっ」


「嫌なのか?」


 夜叉姫さんが眉間にしわを寄せて僕を(にら)む。ほんとに涼子さんと同じ顔なのか? こわい。


「『私』が浄眼の中にいたときも、時々抜け出して虫干しなど世話をしてくれた。

 それに顕現させて此岸(こっち)食べ物を食した方が私の、いや涼子の負担が減るのだ」


 そう言われるとこっちには反論しようがない。

 おとなしく夜叉姫さんにお酒を注ぎながら、心の中で

 『涼子さんごめんなさい。生活指導の先生に言ったりしませんから』

 と心の中で謝罪する。


「夜叉姫様、お久しぶりです。私……会いたかった……」


 猫又さんが夜叉姫さんに抱きつく。夜叉姫さんは無言で猫又さんの頭をゆっくり撫ぜる。

 普通に考えれば、飼い主が猫をかわいがってるだけなんだろうけど。五徳猫さんもそれをうらやましそうに見て、もじもじしてるし。

 と、夜叉姫さんが手招きすると、五徳猫さんも嬉しそうに抱きついた。夜叉姫さんの胸に顔をうずめて頬ずりしてる。




…………何見せられてるんだ? 僕。

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