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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鎌鼬《かまいたち》の章」
21/70

〇一九 氷 獣

「んで、新しい夜叉姫が現われたっていうんで。よそで(ウツロ)狩りしてたんだけど、その足で神奈川県まで戻って。

 で、おなか空いたからカフェでパンケーキ食べてた」


 六花(りっか)は、今日何本目になるかわからないビールの中瓶を開ける。

 注いでいるのは付き合いのいい、というかなし崩しに連れてこられた岳臣(たけおみ)君だ。


「そう言えば、私たちがあのカフェにたまたま入ったらあなた方がいたけど、あれは偶然なの?」


「んーー、妖魅の一種で『(さとり)』っていうやつの能力を借りた。

 この妖魅は相手の思考回路を読んで、先読みができるようになる。ま、戦闘中に使いこなすのは難しいけどねーー」


「思考回路を読むって……私の?」


「んーん、夜叉の浄眼持ってる相手にはガードされちゃうから、そっちのカレシくん。

 倉持(くらもっ)ちゃんにからかわれて、ちょっと(こた)えてたみたい。『僕は女心がわからないのか?』って内心もやもやしてた」


 それを聞いた岳臣君は動きが止まる。なにか都合の悪いことでもあるのかな。


「んんーー、若いねえーー、君も飲む?」


「いえ、遠慮します」


 六花はタンブラーを差し出すが、岳臣君は首を左右に振る。

 鎌鼬と契約した後、彼女白聖六花(しらひじりっか)と出会った私は彼女を家に招いた。

 一人だけでは少し不安だったんで、岳臣君に酒宴に付き合ってもらうよう話をつける。

 私と違って人付き合いのいいおじいさまは、六花と倉持という刑事を歓迎してくれた。ケータリングを頼んだらしく、座敷の平テーブルいっぱいに料理の大皿が並べてある。


「んで、夜叉姫として(ウツロ)と闘ってたんだけど、公安F課のあいつと出会って、お互い協力し合ってる」


 彼女は自分の経歴を大まかに説明してくれた。

 もともとはフランスにいたけど、夜叉の浄眼に関わりがある者から生命を救われてから、夜叉姫として闘いだした。

 夜叉の浄眼の能力で若さを保ってはいるけど、実年齢は見た目より遥かに上だということ。


「で、我々公安F課の出番というわけだ」


 倉持と名乗った男が話を続ける。なんとなくだが、この人に対してあまりいい印象がない。

 ちゃっかり家に上がりこんで、あっという間におじいさまに取り入っている。

 どこで買ったのか、木箱入りの大吟醸を二本も手土産に持ってきていた。おじいさまはほくほく顔だ。


(ウツロ)が及ぼす人的被害というのはことのほか大きくてね、

 我々としても対抗できる人員が増えるのは大いに助かる。もちろん君は学生さんだし勉学も重要だ。

 ただ、我々に協力してくれれば、学校や教育委員会と相談して出席日数や単位数は考慮させてもらう。

 進学に必要な学力が欲しい場合は、家庭教師やネットによる予備校などもこちらで手配させてもらう。

 それに未成年ではあるが、給与や危険手当、各種保障など金銭面でもバックアップは可能だ、最大限の協力はさせてもらう。

 協力してもらえた場合は捜査権などはないが、例えば私有地に入った場合や(ウツロ)との戦いで住居などを損壊させても罪に問われることは無い。我々の方で法規面でも工事の面でも処理を行う。

 ま、今日の今、決めることではもないからね。じっくり考えて結論を出してほしい。

 ちなみに、おじいさまは快諾してくれたよ。『これで孫娘も安泰だ』とね」


「はあ……」


 思わず生返事をする。どう考えても手回しが良すぎて胡散臭(うさんくさ)い。倉持の最初とは全く違う態度にも違和感を覚える。

 岳臣君は――六花の話を興味深げに聞いてはタブレット端末に入力している。


「のんきなものね」


 思わずため息が漏れた。彼に当たる筋合いは全くないんだけど……。


「そうだ、白聖(しらひじ)さん。あなたが妖具化(ぐるか)した武器っていうか、妖魅って何ですか?」


「いや、六花でいいよ。おーー、少年。いい質問だ。その質問は『技を食らいたい』ってことでいいな?」


「勘弁してください」


「まあ、それは後日やることにして、御滝水虎は見せてもらったからお返しに見せないとね」


 六花は障子を開け、黒いコートを左半身を脱いだ。縁側で夜叉の浄眼を展開する。そのまま左腕に力を込め出した。

 彼女の身体から冷気が噴き出しているのが分かった。私だけでなくおじいさまと岳臣君も身体を震わせる。


「はぁぁぁぁぁ……っ!!」


 六花の左肩、肘、腕にそれぞれ目も覚めるような純白の翼が生えた。そのまま彼女の身体はふわりと宙に浮く。


「…………綺麗……」


 私は寒いのも忘れて縁側に近づいて見ていた。

 白い猛禽類(もうきんるい)のような白い翼はほとんど羽ばたくことがなかったけど、それでも六花は浮かび上がっていた。

 それに加えて純白の大蛇が六花の身体をすり抜けるように顕現している。

 翼は白蛇の鎌首の下辺りから生えている。よく見ると翼は三枚とも左側のもの。蛇の目はルビーのように真っ赤だ。

 六花は私の方を振り向く。


「これが私の妖魅、『氷獣(ひょうじゅう)雪野槌(ゆきのづち)』。雪とか氷を(つかさど)ってる。山形県のとある山で出逢って契約した」


 彼女は左手を掲げてから真下に下ろす。稲妻が(ほとばし)ると瞬時に庭が凍り付いた。

 六花は翼をしまうとコートを着直し襟を正す。

 今度は右手を上に向けて力を込め出す。光の中から純白の両手持ちサーベルが顕れた。

 意匠は日本刀にも近いけど、護拳(ナックルガード)は今見たのと同じ鳥の翼が三枚というデザインだ。


「んでこっちが妖具化(ぐるか)した剣。名前は雪蛇刀(せつじゃとう)

 威力とかは、涼子が一番よく知ってるよね。

 いわゆるあれだ、

 『ねんがんの アイスソードを てにいれたぞ!!』」


 六花は刀を高々とあげる。岳臣君は何か納得したみたいにうなずいてるけど、私とおじいさまには意味がわからない。その光景を黙って見ていた。

 当の六花は今のでなにか満足したのか、雪蛇刀の妖具化(ぐるか)と顕現を解く。


「この氷ははしばらくすると溶けるから。それに雪野槌は地味だけど結構便利な能力があるから。

 じゃあ飲み直そう」


 六花がコーラのペットボトルを握るとそれだけで表面に霜が降りた。


「はーー、すごいですね」


「でしょ? 少年、あんたの(Chill)頭も(out)冷や(or)そうか(DIE)?」


 岳臣君はまたも首を左右に振る。倉持が六花を取りなしにかかった。


「おい、あんまり若者をからかうなよ。俺はもう上がるが、よそ様の家で羽目を外すな」


「わかってるって、んじゃお疲れ――」


 おじいさまが倉持を見送ってから、六花が唇を尖らせて毒づきだした。


「まったく、男の癖に小姑(こじゅうと)みたいに口やかましいんだから。

 涼子、あんたも飲む?」


 不意にタンブラーに注がれた焼酎が目の前に出された。


「せっかくだけど、私は高校生で未成年だから――――」


 お酒のグラスを見た途端、急に眠くなってきた、というかふらふらしてきた。


「お酒は……飲めな――――」


 私の意識はここで途切れた。



 

   ***




「だ、大丈夫ですか? 涼子さん」


 涼子さんはいったんは頭を下げていたけど、むくりと起き上がる。


「夜叉姫から()がれた酒を固辞するのは同じ夜叉姫として沽券(こけん)に関わる。遠慮なくいただこう」


 涼子さんは、いや夜叉姫さんは六花さんから渡されたタンブラーを一息に(あお)った。

 ひとつ息を吐くと、同じタンブラーに焼酎を注ぎ返して六花さんに返す。


「同じ時代同じ場所に夜叉姫が二人集うとはな。これ(わっぱ)、小姓の代わりにもならんが、せっかくいるのだ、酌をせい」


「は、はい」


 僕は六花さんに渡された、凍ったタンブラーに焼酎を注いだ。

 光蔵さんが戻ってきたけど、涼子さんでなく夜叉姫さんに人格が切り替わったってわかると、すぐ引っ込んだ。

 すっ、とこっちに紙切れが飛んでくる。

 見るとチラシの裏に筆ペンで

 『儂では力になれん、悪いが二人を頼む』

 と書いたメモをこちらによこした。よっぽど苦手らしい。

 子供の頃の悪行を暴かれるのがイヤだからって、僕に全部押しつけなくても。


 それにしても、涼子さんは涼子さんで怖いけど、夜叉姫さんはなんか別格というか、逆らったら何されるか分からない。

 でも同じ顔でも、夜叉姫さんはなんかすごい色気があるっていうか、大人の女って感じがする。

 まあ、出てくるたびお酒飲んでるからっていうのもあるだろうけど。


「おい、(わっぱ)(さかな)が足りんぞ。持ってこい」


「うん、頼むわ少年。代金はあとで精算するからおつまみ持ってきてーー」


「わかりました」


 六花さんってナチュラルに人使い荒いな。





「持ってきました。

 ――――って、うわっ!! な、なにしてるんですか!?」


「なにって……着替えだ」


「おーーーー、少年。おつまみ持ってきたか。いい子だ、あとでおだちんをあげよう」


「じゃなくて、いつの間に着替えさせたんですか!?」


 僕は夜中にもかかわらず大声を上げた。

 涼子さんは、いや夜叉姫さんは戦闘用とかの青いブレザーじゃなく、白い男物のワイシャツの下にランジェリー一式。

 白いシルクのブラジャーとショーツ、それからストッキングとガーターベルトというきわどい姿になっていた。僕は目をそらしながら六花さんと話す。


「あーー、どうしても『当世代の下着が着てみたい』っていうから着させた。こういうの好きでしょ? 少年」


「き、着替えさせるって、この短い時間でどうやって!?」


「よくぞ聞いてくれました。戦闘力はないけど、お着換え専用の妖魅がいて、そいつにお願いしてる」




 そういうと六花さんは左手を掲げた。うすい(もや)の中から何かが現れる。

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