〇一四 闘 衣
新章です、よろしくお付き合いください。
「おはよう、岳臣君」
「おはよう、涼子さ……三滝さん。でもその恰好は……?」
やっぱり気になるし、目立つわよね。
駅前で女子と男子が待ち合わせっていったら、普通はデートっていうのが相場なんだろうけど。
実際はそうじゃない、世間で見慣れない服装ともなればなおさらね。
「外出用、っていうか戦闘用のブレザー。まあ聞かれるとは思ってたから、移動しながら説明するね」
私が夜叉姫として覚醒してから、数日経った。
今日は少し遠出して、新たな戦力を補強する目的のため、妖魅縁の地を訪れようというわけだ。
それに関しては、おじいさまからはだいぶ注意を受けた。
やれ夜叉姫としての自覚を持て、他の地域の輩とは関わるな。
虚と出会った場合には――――
どれも大体予想がつくことだけど、変に話の腰を折るとかえって長引くから、黙って聞いてた。
話の締めくくりとして、おじいさまはビニール袋に入った制服一式を私にくれた。
急な時に、お気に入りのブラウスとカーディガンをダメにしてしまったから、一応ありがたくもらっておく。
青を基調としたブレザーで、丈の短いジャケットの腰回りに太い革ベルトがついている。
ギンガムチェックのミニスカートの内側には、黒いフリル。
ストッキングは、太もも部分を黒いレザーのベルトで留める仕様。
何の心配をしているのか、専用の黒いインナーのショートパンツまでセットでついていた。
テニスのアンダースコートと同じで、いわゆる『見せパン』。
あちこちにベルトやジッパーがあって、派手というよりはだいぶごつい見栄えだ。右腕にも不便がないようにいろいろ工夫がしてある。
誰がデザインしたかとか問いただしたら、
『知り合いに女性デザイナーがいるから、格安で作ってもらった』
とか。
疑わしげに眉間にしわを寄せていたら、証拠のつもりなんだろう、名刺やサイト、デザイナーさんが実物を持っている写真まで見せてくれた。
普段が普段だから、これくらいでないと安心できない。
外で目立つ心配は少ない。夜叉姫の妖魅顕現能力は戦闘用だけに限らない。日常で少し役に立つものなど多岐にわたる。
今使役している妖魅『影女』は今、私の影に擬態している。
あまり戦闘には向かないけど、顕現者の存在感を弱くして、日常レベルで目立つ心配がなくなる。普段の私にぴったりの妖魅だ。
「だいたい説明したかな。で、今日はどこまで行くんだっけ」
神奈川県は私鉄陽見台駅前のバスターミナルで、行き先を確認する。
さすがに市営バスだけあって、休日でもバス停前には数人並んでいた。
品のいい老夫婦、休日に散策するであろう家族連れ、それに徹夜明けなのかな、ネクタイを外して所在なさげにしているスーツ姿の男。並ぶ人間も様々だ。
「市営バスで、鎌ヶ谷三丁目ってバス停で降りて、そこからは徒歩になります」
「道案内お願いするわ」
自慢じゃないけど、私は地図とか道に少しだけ疎い。
虚退治なら任せてほしいけど、現在地とか目的地が分からなくなると、内心だいぶ不安になる。
ただ人前で狼狽えるのは好きじゃない。自分ではプライドが高いとは思わないけど、人から言わせると――――
「三滝さん?」
「え? ああ うん」
気がつくともうバスが来ていた。付き合わせている岳臣君だけど、いつにもまして楽しそうだ。
ジーンズにブルゾンというのは、どこにでもいる普通の格好。
でも、ジャケット代わりに米軍とかが着ていそうな、いくつもポケットがついたタクティカルベストに、足元は登山用の編み上げブーツだ。
バッグには彼の標準装備の液晶タブレットに革の手帳。それに県内のロードマップ。
彼にとってはこれが休日のフォーマルらしい。
一応道案内をしてもらってるわけだし、口出しするつもりは全くないから、女子と一緒に歩く服装には向いてないというのは黙っておく。
バスに乗り込み後輪側の二人掛けのシートに座ると、彼は立ったままだ。空いているんだから座ればいいのに。
みことみとらは、窓の桟に前足をかけて外を見ている。やっぱり風景が流れるのが楽しいのか、ふたりともしっぽを振って喜んでいる。
「で、この間調べたのがこれ」
タブレット端末を渡される。
「今日行くのは『風切りの大楠』って呼ばれてるクスノキ。
カマイタチっていう妖怪、この場合は妖魅か。けっこう日本中に分布っていうか、存在が知られてるメジャーなものらしいですね。
ちなみにこれ、三滝さんのお父さんが調べてくれたものです」
思わず、意識が岳臣君の話に集中する。彼は知ってか知らずか話を続ける。
「鎌鼬がいる、って思われた現象が、寒い日なんかに出歩いていて、風が吹いたって思ったとたんに脹脛の皮膚がぱっくり裂けていて、あとから気付くとかいうパターン。
何故気づかないかっていうのは、避けたのが皮膚だけで全く出血しない。それによる説明は――――
鎌鼬っていうのは三匹が一体の妖怪っていう説があって、彼らは自分たちの縄張りを守るため、人間に独特の攻撃をするらしいです。
やり方としてはこう。
まずテリトリーを侵しそうな人間を見つけると、一匹目が対象を転ばせるなりして体勢を崩す。
続けざまに二匹目が、対象の皮膚を浅く傷つけて『ここには来るな』って警告する。
最後の一匹が、相手に気付かれないように薬を塗りつけて、出血がひどくならないように対処する。
この一連の手順を踏むことで、鎌鼬は無用な軋轢を生むことなく縄張りを確保できてるみたいです。
で、次にカマイタチの各地の呼び方ですけど――――」
くくっという忍び笑いで、私は我に返る。
無意識にタブレットから目を離して、みことみとらと一緒に窓から流れる風景を見ていた。
私の視線で笑ったのが誰か岳臣君も気づく。ある意味当然だけど、なぜ笑われたのか、彼には心当たりがないみたい。
視線が合うとなぜか近づいてきた。
忍び笑いの主、立ち乗りしていた割と背の高い男が、後部座席側、主に私を見ている。
「君たち、付き合ってる……わけじゃなさそうだな」
初対面で不躾なことを言われたことで、ようやく岳臣君もこの男の不自然さに気づいたようだ。
「自分の得意な事とか、調べた事をアピールするのはいいけどさ。
もっと相手の好きそうなこととか、興味を引く内容を交えてアピールしないと。今カノジョ引いてたぜ。
話題は分かんなかったけどさ、もう少し緩急つけて話さないと。
女の子っていうのは移り気だから、すぐに興味が他に行ってしまう。ユーモアとかを足さないとな」
自然に眉間にしわが入る。
何の話をしてるのかさっぱり分からない。見た感じはサラリーマンかと思ったけど中身は軽薄、苦手なタイプだ。
「見てな、俺が女性から興味を引くような話術を実践する。是非参考にしてくれ」
前置きしてから私の方に向きなおった。
「お嬢さん、何か用事があるみたいだが、それが済んだら俺とスイーツでもどうだい? ここから近い鎌倉で、海が見えるいいカフェ知ってるんだ」
満面の笑みでナンパめいた提案をしてくる。
割と精悍そうな顔立ちだけど、今の誘い方でどこの誰が喰いつくっていうんだろう。
私は相手の目を見ながら、無言でポールに設置されているスイッチを押した。
【次は、鎌原一丁目、鎌原一丁目。お降りの方は――――】
バスの音声ガイダンスが鳴った。
「降りましょ岳臣君」
彼の意見は聞かず、すぐに席を立つ。岳臣君は一も二もなく従った。
「おいしいところだし、女子は絶対喜ぶと思うんだけどなあ」
さも残念そうな声が後ろから聞こえる。そんなにいいなら一人で行けばいい。
バスの昇降口に来てから考える。もしかしたら――そう思って振り向くと男は笑顔で小さく手を振っている。
やはり思い過ごしだと思ってバスを降りた。
「涼子さん、降りるのはいいけど、目的のバス停までだいぶありますよ」
「分かってて降りたから大丈夫」
本心は大丈夫でもなんでもないけど、そう言っておかないと彼が気をもむ。
目的地の方向はわかったわけだから、一区間くらい歩いて気分転換しないと。
自覚している以上に、あの男にいらついていたみたいだ。
「そう。で、鎌鼬の話の続きなんだけど――――」
前言撤回、私をいらいらさせているのは、少し後ろを歩いている彼もだ。普段から子犬みたいだからか、今日は余計にかまってアピールが強いみたい。
あの男が言ってたのが、あながち外れていないのもいらいらする原因だ。
初対面で名乗らないところや、ナンパするところ以外は言ってることはだいたい正しかった。
見習えとまではいかないけど、気付いてほしい所もだいぶあった。
岳臣君はまだ鎌鼬の話をしている。知ったことか。構わずずんずん先に行く。
足元を一緒に歩いている、みことみとらも心配そうに私の目をちらちら見ている。ごめんね、あなたがたは悪くないの。
「涼子さん」
なんだか色々ばかばかしくなってきた。たまの休みに私はなにやってるんだ?
「涼子さん」
鎌鼬とやらと契約してしまえば彼もお役御免だ、岳臣君とはそこで解散しよう。
「涼子さん」
うるさい! 少し黙って! そう言おうとして、ばっ と振り向いた。
「……道、こっちです」
「……わ、わかってるわよ! ちょっと考え事してて行き過ぎただけ!」
彼が控えめに指さしていた方にUターンする。意識しなくても早足になった。
耳まで赤いのを岳臣君に気付かれないように。今私が願うのはそれだけだった。




