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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「鎌鼬《かまいたち》の章」
16/70

〇一四 闘 衣

 新章です、よろしくお付き合いください。

「おはよう、岳臣(たけおみ)君」


「おはよう、涼子さ……三滝さん。でもその恰好は……?」


 やっぱり気になるし、目立つわよね。

 駅前で女子と男子が待ち合わせっていったら、普通はデートっていうのが相場なんだろうけど。

 実際はそうじゃない、世間で見慣れない服装ともなればなおさらね。


「外出用、っていうか戦闘用のブレザー。まあ聞かれるとは思ってたから、移動しながら説明するね」


 私が夜叉姫として覚醒してから、数日経った。

 今日は少し遠出して、新たな戦力を補強する目的のため、妖魅(ゆかり)の地を訪れようというわけだ。


 それに関しては、おじいさまからはだいぶ注意を受けた。

 やれ夜叉姫としての自覚を持て、他の地域の(やから)とは関わるな。

 (ウツロ)と出会った場合には――――

 どれも大体予想がつくことだけど、変に話の腰を折るとかえって長引くから、黙って聞いてた。


 話の締めくくりとして、おじいさまはビニール袋に入った制服一式を私にくれた。

 急な時に、お気に入りのブラウスとカーディガンをダメにしてしまったから、一応ありがたくもらっておく。

 青を基調としたブレザーで、丈の短いジャケットの腰回りに太い革ベルトがついている。

 ギンガムチェックのミニスカートの内側には、黒いフリル。

 ストッキングは、太もも部分を黒いレザーのベルトで留める仕様。

 何の心配をしているのか、専用の黒いインナーのショートパンツまでセットでついていた。

 テニスのアンダースコートと同じで、いわゆる『見せパン』。

 あちこちにベルトやジッパーがあって、派手というよりはだいぶごつい見栄えだ。右腕にも不便がないようにいろいろ工夫がしてある。


 誰がデザインしたかとか問いただしたら、

『知り合いに女性デザイナーがいるから、格安で作ってもらった』

 とか。

 疑わしげに眉間にしわを寄せていたら、証拠のつもりなんだろう、名刺やサイト、デザイナーさんが実物を持っている写真まで見せてくれた。

 普段が普段だから、これくらいでないと安心できない。


 外で目立つ心配は少ない。夜叉姫の妖魅顕現能力は戦闘用だけに限らない。日常で少し役に立つものなど多岐にわたる。

 今使役している妖魅『影女(かげおんな)』は今、私の影に擬態している。

 あまり戦闘には向かないけど、顕現者の存在感を弱くして、日常レベルで目立つ心配がなくなる。普段の私にぴったりの妖魅だ。


「だいたい説明したかな。で、今日はどこまで行くんだっけ」



 神奈川県は私鉄陽見台(ようみだい)駅前のバスターミナルで、行き先を確認する。

 さすがに市営バスだけあって、休日でもバス停前には数人並んでいた。

 品のいい老夫婦、休日に散策するであろう家族連れ、それに徹夜明けなのかな、ネクタイを外して所在なさげにしているスーツ姿の男。並ぶ人間も様々だ。


「市営バスで、鎌ヶ谷(かまがや)三丁目ってバス停で降りて、そこからは徒歩になります」


「道案内お願いするわ」


 自慢じゃないけど、私は地図とか道に少しだけ(・・・・)(うと)い。

 (ウツロ)退治なら任せてほしいけど、現在地とか目的地が分からなくなると、内心だいぶ不安になる。

 ただ人前で狼狽(うろた)えるのは好きじゃない。自分ではプライドが高いとは思わないけど、人から言わせると――――


「三滝さん?」


「え? ああ うん」


 気がつくともうバスが来ていた。付き合わせている岳臣君だけど、いつにもまして楽しそうだ。

 ジーンズにブルゾンというのは、どこにでもいる普通の格好。

 でも、ジャケット代わりに米軍とかが着ていそうな、いくつもポケットがついたタクティカルベストに、足元は登山用の編み上げブーツだ。

 バッグには彼の標準装備の液晶タブレットに革の手帳。それに県内のロードマップ。

 彼にとってはこれが休日のフォーマルらしい。

 一応道案内をしてもらってるわけだし、口出しするつもりは全くないから、女子と一緒に歩く服装には向いてないというのは黙っておく。

 バスに乗り込み後輪側の二人掛けのシートに座ると、彼は立ったままだ。空いているんだから座ればいいのに。

 みことみとらは、窓の(さん)に前足をかけて外を見ている。やっぱり風景が流れるのが楽しいのか、ふたりともしっぽを振って喜んでいる。


「で、この間調べたのがこれ」


 タブレット端末を渡される。


「今日行くのは『風切りの大楠(おおくす)』って呼ばれてるクスノキ。

 カマイタチっていう妖怪、この場合は妖魅か。けっこう日本中に分布っていうか、存在が知られてるメジャーなものらしいですね。

 ちなみにこれ、三滝さんのお父さんが調べてくれたものです」


 思わず、意識が岳臣君の話に集中する。彼は知ってか知らずか話を続ける。


「鎌鼬がいる、って思われた現象が、寒い日なんかに出歩いていて、風が吹いたって思ったとたんに脹脛(ふくらはぎ)の皮膚がぱっくり裂けていて、あとから気付くとかいうパターン。

 何故気づかないかっていうのは、避けたのが皮膚だけで全く出血しない。それによる説明は――――

 鎌鼬っていうのは三匹が一体の妖怪っていう説があって、彼らは自分たちの縄張り(テリトリー)を守るため、人間に独特の攻撃をするらしいです。


 やり方としてはこう。

 まずテリトリーを侵しそうな人間を見つけると、一匹目が対象を転ばせるなりして体勢を崩す。

 続けざまに二匹目が、対象の皮膚を浅く傷つけて『ここには来るな』って警告する。

 最後の一匹が、相手に気付かれないように薬を塗りつけて、出血がひどくならないように対処する。

 この一連の手順を踏むことで、鎌鼬は無用な軋轢(あつれき)を生むことなく縄張りを確保できてるみたいです。

 で、次にカマイタチの各地の呼び方ですけど――――」


 くくっという忍び笑いで、私は我に返る。

 無意識にタブレットから目を離して、みことみとらと一緒に窓から流れる風景を見ていた。

 私の視線で笑ったのが誰か岳臣君も気づく。ある意味当然だけど、なぜ笑われたのか、彼には心当たりがないみたい。

 視線が合うとなぜか近づいてきた。

 忍び笑いの主、立ち乗りしていた割と背の高い男が、後部座席側、主に私を見ている。


「君たち、付き合ってる……わけじゃなさそうだな」


 初対面で不躾(ぶしつけ)なことを言われたことで、ようやく岳臣君もこの男の不自然さに気づいたようだ。


「自分の得意な事とか、調べた事をアピールするのはいいけどさ。

 もっと相手の好きそうなこととか、興味を引く内容を交えてアピールしないと。今カノジョ引いてたぜ。

 話題は分かんなかったけどさ、もう少し緩急つけて話さないと。

 女の子っていうのは移り気だから、すぐに興味が他に行ってしまう。ユーモアとかを足さないとな」


 自然に眉間にしわが入る。

 何の話をしてるのかさっぱり分からない。見た感じはサラリーマンかと思ったけど中身は軽薄、苦手なタイプだ。


「見てな、俺が女性から興味を引くような話術を実践する。是非参考にしてくれ」


 前置きしてから私の方に向きなおった。


「お嬢さん、何か用事があるみたいだが、それが済んだら俺とスイーツでもどうだい? ここから近い鎌倉で、海が見えるいいカフェ知ってるんだ」


 満面の笑みでナンパめいた提案をしてくる。

 割と精悍(せいかん)そうな顔立ちだけど、今の誘い方でどこの誰が喰いつくっていうんだろう。

 私は相手の目を見ながら、無言でポールに設置されているスイッチを押した。


【次は、鎌原(かまはら)一丁目、鎌原一丁目。お降りの方は――――】


 バスの音声ガイダンスが鳴った。


「降りましょ岳臣君」


 彼の意見は聞かず、すぐに席を立つ。岳臣君は一も二もなく従った。


「おいしいところだし、女子は絶対喜ぶと思うんだけどなあ」


 さも残念そうな声が後ろから聞こえる。そんなにいいなら一人で行けばいい。

 バスの昇降口に来てから考える。もしかしたら――そう思って振り向くと男は笑顔で小さく手を振っている。

 やはり思い過ごしだと思ってバスを降りた。


「涼子さん、降りるのはいいけど、目的のバス停までだいぶありますよ」


「分かってて降りたから大丈夫」


 本心は大丈夫でもなんでもないけど、そう言っておかないと彼が気をもむ。

 目的地の方向はわかったわけだから、一区間くらい歩いて気分転換しないと。

 自覚している以上に、あの男にいらついていたみたいだ。


「そう。で、鎌鼬の話の続きなんだけど――――」


 前言撤回、私をいらいらさせているのは、少し後ろを歩いている彼もだ。普段から子犬みたいだからか、今日は余計にかまってアピールが強いみたい。

 あの男が言ってたのが、あながち外れていないのもいらいらする原因だ。

 初対面で名乗らないところや、ナンパするところ以外は言ってることはだいたい正しかった。

 見習えとまではいかないけど、気付いてほしい所もだいぶあった。


 岳臣君はまだ鎌鼬の話をしている。知ったことか。構わずずんずん先に行く。

 足元を一緒に歩いている、みことみとらも心配そうに私の目をちらちら見ている。ごめんね、あなたがたは悪くないの。


「涼子さん」


 なんだか色々ばかばかしくなってきた。たまの休みに私はなにやってるんだ?


「涼子さん」


 鎌鼬とやらと契約してしまえば彼もお役御免だ、岳臣君とはそこで解散しよう。


「涼子さん」


 うるさい! 少し黙って! そう言おうとして、ばっ と振り向いた。


「……道、こっちです」


「……わ、わかってるわよ! ちょっと考え事してて行き過ぎただけ!」


 彼が控えめに指さしていた方にUターンする。意識しなくても早足になった。



 耳まで赤いのを岳臣君に気付かれないように。今私が願うのはそれだけだった。

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