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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「御滝様《おんたきさま》の章」
13/70

〇一一 酒 宴

 いつもの鈴を転がすような声じゃなく、触れれば斬れるような鋭い声。光蔵(こうぞう)さんも僕も身体を固くした。


「な……」


 顔つきや口元が、さっきまでの無邪気な笑顔とは全然違っていた。

 眉間にしわが寄って、目つきも鋭い。口元をへの字に曲げて、不機嫌そうに髪をねじるように触っている。

 動けない僕らを一瞥(いちべつ)すると、涼子さんは座敷の上座の座布団にどかっと座った。その膝の上にはみこ、隣にはみとらが座る。

 手に持った一升瓶から、タンブラーに手酌(てじゃく)でなみなみと注いで、一息に(あお)る。


  ごくっ ごくっ ごくっ ふーーーーーーっ


 どう見ても女の人の呑みっぷりじゃないし!


「右手の甲の石の光りが(あか)い……? もしや、今のあなたは……夜叉姫様……?」


「そうだ、気付くのが遅いぞ、小童(こわっぱ)。久方ぶりの現世(うつしよ)だ。

 依代(よりしろ)()く相手がいないと、動く事も飲み食いも(かな)わん。

 この娘には悪いが少々(たしな)ませてもらう。

 ふう、しかしだいぶ()けたな、光蔵。

 本当の(わっぱ)の頃は『よわむしこーちゃん』とか、周りの(わっぱ)にからかわれていたな」


「なっ、なぜそれを!?」


「わからいでか、私は夜叉姫だぞ。浄眼からある程度の距離のことはわかる。

 それで周りの童たちに、(はや)し立てられていたな。

 でだ、見返してやるために度胸試しと称してな。そこの『大虎岩』に小便をひっかけた」


「………………!」


 光蔵さんは口を開けて呆けたままだ。


「それで他の(わっぱ)(バチ)が当たると逃げ出したまでは良かったがな。

 こいつの母親にさんざんぶたれて、泣いて謝りながら、そこの『大虎岩』を隅から隅まで洗ったんだ。まあ昔の話はいいか。

 おい、そこの」


「は、はいっ」


 僕は自然に背筋が伸びる。


「私の好みではないが、まあ、二人のうちどちらかと言えばお前になる。こちらに来て配膳や、酌をしろ」


「は、はあ」


 ……なんか、「私の好みではない」っていうのはちょっとショックだな。

 まあ、今の人格は涼子さんじゃないのか。

 隣に膝をついてタンブラーにお酒を注いだ。目の前の女性は一息に飲み干す。


「あの、りょ、涼子さ、いや夜叉姫……さん? その身体は涼子さんのものなんで、お酒を飲むのは……。第一法令違反になりますし……」


「気にするな、明日も学校なのだろう? ほどほどにするさ。それに今『涼子』は起きているぞ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ、『岳臣(たけおみ)君には悪いことをした。気を悪くしてなければいいけど』とかなんとか言ってるが……。

 ああ、今『引っ込んだ』。まあいい、今様(いまよう)の食事を楽しみたい、小僧、給仕を頼む」


 言いながら夜叉姫さんは、並べられた料理に舌鼓を打ちつつ、光蔵さんにビールを頼んでいた。あっという間に一升瓶を空にする。すごい酒豪だ。


「岳臣、といったか。済まなんだな、巻き込んで」


「え? い、いえ」


「ただ、涼子はお前の情報収集能力は多少買っているらしい。あくまで多少、だがな」


「あ、いえ」


「これから(ウツロ)との戦いは激化する。が、手立てがないわけでもない。

 そこいらは涼子本人に渡しておく。酒は十分楽しんだ。私は『落ちる』ぞ」


 そう言うと、夜叉姫さんは一度前傾姿勢を取った。

 あぐらをかいていた足を閉じた。ゆっくりと顔を上げる。


「んん、あ、たけおみ君。改めて、だけど……」


「りょう……こさん。は、はい」


「ありがとう、自転車、持ってきてくれて」


「ああ、いやどういたしまして」


 ――自転車……ね。


「夜叉姫が言うには、日本にはまだ御滝水虎(おんたきすいこ)と同じように強力な妖魅がいくつも()るみたい。

 順に契約していけば、私が今一番知りたいことも、分かるんだと思う。

 妖魅たちの所在を調べてほしいの。

 こんなこと、ほかに頼める人、いなくって」


「……わかった、やってみます」


 前向きに取れば『岳臣君しか頼れる人がいない』だけど。

 そうじゃなくって、妖怪とかオカルト関係で頼める人を、他に知らないってことなんだろうな……はあ。

 それにしても――――

 今の涼子さんは、彼女本来の人格なんだろうな。

 普段よりゆっくりした動きではあっても、僕にも気を遣って料理を取り分けたりしてくれてる。

 光蔵さんは、大昔の悪行を夜叉姫さんに暴かれたのが応えたんだろうな。くだを巻きながら一人酒しだした。

 小さいトラの、みことみとらはお皿のローストチキンをむしゃむしゃ食べてる。すごい食欲旺盛だな。


       ぐるるるるるるるるる。     ぐるるるるるるるるる。


 お腹いっぱいになったらごろごろしだした。ここは普通のトラと一緒だな。

 自分のバッグからタブレット端末を取り出す。


「話からすると、妖怪ならなんでもいいってわけじゃないみたいですね。

 御滝水虎なら『水』とか、古典的だけど、なんらかの属性を持った妖怪に絞った方がいいと思います。

 それでいくと――――こんな分類ですかね」


「ふーーん、見た目とか、現象とか、史実上の人物? それに地域別の呼び方……。

 データベース化してるんだ。これ全部岳臣君が作ったの?」


「ああはい、既存の妖怪図鑑に手を加えて。こういうのははるか昔からあります。

 怪異や妖怪を分類するのを、民俗学とか本草学(ほんぞうがく)とかいうみたいですね。

 で、どの属性から調べますか?」


「んじゃ、『風』で」



 ……ぜんぜんしらべるのにしゅうちゅうできない。

 涼子さん、家ではいっつもこんな感じなのかな。

 顔とか肌はお酒入ってるから桜色に上気してるし、ポニーテールにしてるから首元が見えてる。細くて長いよな。

 すごく距離が近いし。タブレットに触る指も細長いし爪もきれいだ。

 目つきはとろんとして妖しいし、とっても甘い匂いがする。それになにより……。

 なんで男物のワイシャツ着て前はだけてるんだよ! そもそも誰のなんだ?

 目のやり場に困るし。変に指摘したら『見てたの?』とか怒られそうだし!

 涼子さんはそういうの気にしないのかな。それとも男として認識されてないのか。

 どっちにせよやりづらい……。


 涼子さんは身を乗り出すようにしてタブレット端末を見ている。学校では髪を結んでないからな。

 襟足(えりあし)(おく)()を見られるなんてめったにない。

 はあ、やっぱりかわいい。

 目に焼き付けとこう――――いやいや。慌てて目を上に向ける。

 そういえば、とさっきの出来事が脳内に蘇る。

 でかいアメンボみたいな化け物を操ってた子供が、去り際に言ってたな。

 確か、

 「ヴェーレンが言ってた『ゴリョウ』の能力(ちから)は確認できた――――」

 少なくても、単独行動じゃなく仲間がいるってことだよな。

 それに、『ゴリョウ』-―――? 涼子さんが変身したすごく強い状態のことか? 妖怪の名前でそんなの見たことないし。

 涼子さんに直接聞くわけにもいかないから、後で調べよう。



「――――へえ、鎌鼬(かまいたち)か、私でも知ってる。この場所だと、家からそんな遠くないんだ。バスで行けるねーー。

 んじゃ今度の休みに、ここに一緒に行きましょ」


「えっ!?」


 目線をタブレット端末から僕に向ける。上目遣いで僕の目を見てきた。


「なんか予定あるの? それとも、イヤ?」


「いっ、いやっ!! ぜんぜん! よろこんで!」


「ありがと」


 涼子さんがまた手を握ってきた。じっと目を見てくる。手汗とか大丈夫だよな? 僕。


「んじゃ(とこ)敷くから手伝って」




 残った赤飯とか料理をタッパーに詰めて、四角い卓袱台(ちゃぶだい)を片付ける。会話がない、っていうか間がもたない……。



   ***



「……んじゃ、おふとぅん出すから」


(おふとぅん?)


 涼子さんは押入れを開けて、客用の寝具を出す。

 だけど掛布団と敷布団を一人分、一気に出そうとしたから後ろに大きくのけぞった。


「――わ、あぶ……!」


 僕は反射的に、涼子さんを背中から支えようとした。

 だけど、涼子さんは僕が支えるより先に態勢を立て直して、うまく左に体重移動する。

 一方の僕は涼子さんをつかめずに、前につんのめって押入れに顔から突っ込んだ。


           どすっ


「――――ぐふっ」


「なにしてるの? お客さんなんだから、押入れで寝かせたりしないわよ」


「いや、そーじゃなくて」


       ぐるるるるるるる。    ぐるるるるるるる。


 涼子さんの足元にはみことみとらがいた。僕を(にら)みながら背中の毛を逆立てている。


 (キサマ、りょうこに よこしまなきもちをいだいているな?)


 (りょうこに ふらちろうぜきをはたらくもの、ワレラがゆるさん。)


「何やってんの? シーツは一人でむりだから手伝って」


 僕は言われるまま、布団を挟んで涼子さんと向き合う。

 呼吸を合わせてシーツを上下させる。

 と、それに合わせて涼子さんの胸も上下しだした。


「――――っ!」


 僕は反射的に横を向いた。


「もう、タイミング合わないとシーツに(しわ)が寄るから。顔そらさないでまじめにやって」


 ――どうすりゃいいんだよ。


「これでいいわね。んじゃ、私自分の部屋で寝るから……おやすみな」


 そのあとの声は聴けなかった。布団を敷き終えたことで安心したのか、涼子さんはその布団に倒れこんでしまった。すでにすやすやと寝息を立ててる。


 ――――寝顔とかやっぱりすごい可愛い。

 スマホで撮りたいけど……盗撮に……なるよな(バレたら怒られるし)。


     がるるるるるるるる。        がるるるるるるるる。


「布団かけるだけだから、なっ?」


 涼子さんに触れようとすると、威嚇してくる みことみとらを何とかなだめて、涼子さんに掛布団をかける。


「あの、光蔵さん、他の寝床を……」


 光蔵さんはいつの間にか自分の部屋へ帰っていた。みことみとらはまだ僕を威嚇してくる。


 ……どうしよう……。




 ――――結局、その晩僕は押入れに入って寝るしかなかった。

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