来栖司
今まで風間葵名乗っていた女は来栖司という男だった。
ただどう見てもこいつは女のような顔をしているんだが・・。
「お前、えっと来栖?なんで風間葵なんて名乗ってたの?」
「えっ、だって面白いんですもん。新藤さんのリアクション」
なるほどただ単に俺は面白がられていただけか。
「で、今度はヒカリに聞くけど、なんでこいつから離れなきゃいけないんだ?まぁたしかに性格はねじ曲がっていてはいるが」
「・・・成海、教えてあげるわ。そいつは来栖司、運営会社アルファゼロの幹部よ。つまり私たちの倒すべき敵」
「は・・?何だって・・・?」
「いや~、なるほど。まさか新藤さんがあなたのお友達だとは思いませんでしたよ、御堂さん。どこから付けられていたのかは知りませんが相変わらずしつこい人ですね、あなたは」来栖が言った。
「おいおい、まじでアルファゼロの人間なのかよ」
「ええ。そうですよ」
「じゃあなんでこのギルドに来る必要があった?俺はこのギルドがアルファゼロに関係しているかもしれないって思ってきたが、ただのエセ宗教団体だったろ?」
「あはは、たしかにロクでもないギルドでしたね。ここに来たのはただの興味本位ですよ。神の力を使って一体どう人間を救えるのかって思いますよ。ね、新藤さん、神様なんているわけないでしょ?」
来栖は笑ってそう言った。
「ああいう腐った人間がいるから世界はどんどん悪くなっていくんですよ。この世界には悪い人間はまだまだたくさんいます。どうやって処理していきます?警察に駆け込みますか?神様にお願いしますか?政治家に頼りますか?無理ですよ。そんなことでは世界はいつまで経っても変わらない」
「いきなりどうしたんだよ、語りだしやがって」
「新藤さん僕はね、このニューゲートを使って全てを変えることができるって思ってるんですよ。神様はいないけど、それに変わって僕らがその象徴になりますよ」
「はは・・だいぶ歪んでんな、お前。とりあえずあれだ、精神科に行くことを全力でオススメする」
笑顔で神様に成り代わるといっている人間がリアルにいるとは思わなかった。重度の中二病患者である。
「いやいや新藤さん僕は至って正常ですよ?」
「成海の言った通りよ。あなたたちの考えは歪み過ぎている。それにただのネットゲーム運営会社が世界の神になるなんて笑わせるわ」
「笑わせるですか。ふーん、でも御堂光さん、あなたが出てきている時点ですでに笑い事でもないんじゃないですか?動き始めてるんですよ、もう世界は」
「・・・・」
ヒカリはそれに反論しなかった。むしろバツの悪そうな顔をしていたことが驚きだった。
「じゃあまた。新藤さんなかなか楽しかったですよ」
そう言って、来栖はロシナンテ通りの小道に走っていった。
「逃がすか!」ヒカリもそれを追うように小道に消えていった。
完全に乗り遅れた俺、正直展開の早さについていけない。とりあえずヒカリのあとを追うように俺もその小道に入っていった。
50mほどいったところで道は行き止まりとなっており、ヒカリがそこに立っていた。
そしてその中世の景観を切り裂いたかのような1m四方の亀裂がそこにはできていた。
「これが亀裂ってやつか・・」
「成海・・・今すぐログアウトしてこの亀裂からやつの足跡を辿ってみて」
「ああ・・分かった」
俺は言われた通りその場からログアウトして自宅からニューゲートのシステムにハッキングし始めた。
「あー、くそっ!!」
自宅でハッキングをしながら正直俺は自分の行動に後悔していた。
おそらくヒカリは来栖司を追っていて俺が来栖と接触をとらなければ、もっと運営の深部に近づけた可能性もあった。
20分後ハッキングは終了し、ヒカリに招待されたルームに入室した。
「ヒカリ、さっきは悪かったな」
「いえ、あなたに非はないわ。そもそも私もあなたから連絡をとってくれていたことを無視してたわけだし」
「無視してたのかよ・・・」
「正直こっちも余裕がなかったの。成海から黒いフードの人間の情報を聞いたときすぐにアルファゼロと関係があると思ったわ。だからすぐに近未来ステージに行って情報を集めていたのよ」
「・・あんな俺と対して歳の変わらない奴が幹部なのか?男の娘みたいな気持ち悪い奴が」
「来栖司は組織の中でも特殊だと思うけど。やつは13歳のときにニューゲートのシステムのレベル4まで破って、それがアルファゼロの幹部に目にとまって14歳で運営会社に入った天才みたいだし」
「あのわけのわからんシステムをか・・」
「それよりもやつの足取りは?」
「ああ、あの亀裂から一回現実世界にログアウトしたみたいだ」
「そう。じゃあ来栖の足取りは・・」
「いや、それが掴めた」
「え?」
「ニューゲート内にログインしたのは間違いないんだけど、来栖が向かった場所は”存在しないステージ”なんだよ。ただその場所に移動したログは確かに残ってる」
「ニューゲート内の座標は?」
「ルート14097601っていう場所」
「そこに行くわ」
「待て。あんた本気か?どう見ても罠だろ。あんたから聞いた話じゃ来栖司は俺なんかよりもずっとネット技術に精通してるだろ? そいつが自分の痕跡を消さずにわけの分からない座標に留まっているってことはそこに罠をはってる以外の何ものでもないだろ。俺にだってそんなこと分かる。冷静に考えろよ」
「冷静よ、私は。冷静に考えて奴らに接触するチャンスは今しかないの」
「ふざけんな。なんか対策があるならまだしも無謀すぎるだろ。やつらがその場所に入ったらログアウトできないようなシステムをその場所に仕組んでいたらどうする」
「大丈夫よ」
「なんで言い切れる?」
「あなたがいるもの」彼女は口元に笑みを浮かべそう言った。
「なんだよ、それ・・。俺がいたとしてどうなる」
「もしあなたの言うようにその場所にログアウトできない罠が仕掛けられていたとしてもそんなのシステムの一部に過ぎない。なら破ることだって可能でしょ?」
「まだ会って間もない俺をそこまで信用するか?」
「ええ。信用できる理由があるから」
「?なんだよ、その理由って。」
「成海って飄々としているように見えるけど、プライド高いでしょ?このまま来栖司に馬鹿にされて黙ってるような性格してない」
「・・・なるほど、よく人を見てるよ、あんた」
俺は笑って言った。