忍び寄るもの
時刻は20時30分。
大輔の情報では”リレギオンバース”というギルドの集会は木曜と土曜日の21時からニューゲート内の中世ステージのロシアンテ通りというメイン通りのグランミンスター通りから少し離れた場所の一角で開かれているらしい。
ただその集会は、その場所に直接いっても門前払いをくらうだけのようで、まずはバナリナの酒場というところでギルド募集のデータベースにアクセスしギルドへの入会申請をする必要があった。
ヒカリにAS内から連絡をとっても返信は来ないので俺は一人でその場所に行ってみようと思った。
中世ステージにログインすると、城下町の噴水広場のような場所に転送された。
石畳の道、木組みの家など中世映画の世界にそのまま迷い込んだような景観である。
遠目には王様が住んでいるのかどうかは知らないが、荘厳な城が立っていた。
馬車が目の前を通り過ぎていったが、その馬車に乗っていたのはチャラ男とギャルという早くもレトロチックなイメージがぶち壊しである。
バナリナの酒場はかなりのユーザーで溢れていた。丸いテーブルを囲みこれからクエストに出発するようなサラリーマンや、ただ集まって談笑しているような学生もチラホラ見えた。
その奥にギルド募集のチラシが貼ってある掲示板があり、それに目を通すと右下のほうにリレギオンバースのチラシはあった。
「あの・・・」
俺が募集要項に目を通していると隣から小さい声で声を掛けられた。
「あなたもリレギオンバースに興味があるんですか?」
隣を向くと、そこには大学生くらいの女の子が立っていた。
片目に髪がかかっており、茶髪の髪には軽いウェーブのようなものをあてていた。服は青いタートルネックのセーターに下はジーンズを履いていた。
「ああ、まあ・・・」
そう俺が答えると彼女は満面の笑みになり
「そうだったんですね!それじゃあ一緒にいきません?僕もこのギルドすごい興味があったんです!」
笑顔でぴょんぴょん跳ねる、いったい何歳なのか。しかもボクっ娘とは、恥ずかしくないのだろうか。
「いや、いい。一人で勝手に行ってくれ」
「えー、なんでですか?ただの下見なんで一緒に見に行きましょうよ。それにボク一人で行くの怖いですよぉ」
「怖いと思うなら行くなよ・・しかもな俺はお前みたいにブリブリした奴が大嫌いなんだよ」
「もう、意地張ってないで行きますよ~、ほら~」
彼女は半場強引に俺の手を引いていった。
「あー、もう面倒臭いな。分かったよ。ただ俺といるときはキャピキャピするなよ」
「わー、ありがとうございます。ボク風間葵っていいます。よろしくお願いしますね!えっと・・・?」
「新藤成海、よろしく」
自己紹介をし返すと彼女はまたニッコリ笑い「はい!」と言った。
ロシアンテ通りはメイン通りから離れているということもあり、どことなく錆びれた景観が目立つ通りでゴミも石畳の道に散乱し、カラスがそれを突くというそこまで再現する必要はあるのかというリアルさがあった。
「う~、怖いですね成海さん、絶対これなんか出てきますよね」
「怖いのは分かったから引っ付くな!」
ロシアンテ通りに入ってから風間葵はずっとその身体を寄せてくる調子である。
「ね、ね。成海さんは彼女さんとか今いるんですか?」といかにもな質問をしてくるこの女。
「いないよ」
「へぇ~」
そうこう話しているうちにそのギルドがある住宅の一角まできた。遠目だが少し先で俺たちと同じように何人か古びた協会に入っていくのが見えた。
「あそこですかね?」
「多分な」俺たちもその協会に足を踏み入れた。
協会に入ると先ほど酒場の募集要項で予約した名前を確認され「これを」と言って目から鼻下まで隠せる仮面が案内員のような黒づくめの人間から手渡され、それを着用した。
協会の奥まで進んでいくと黒づくめの俺たちと同じような仮面を被った人間が何人も立っていた。その中心に明らかに服飾が違う人間が一人立っていた。まあおそらく奴がギルドのリーダー的なポジションで教祖なのだろう。
「皆さん、よくお集まりくださいました!このギルド・リレギオンバースは皆さんの現実世界での恨み攣らみを私たちが神の力を使い解決していくために3年前から発足したギルドであります!」
その教祖的な奴は大声でギルドのことを話し始めた。
「ここに今日集まった皆さんはきっと現実世界に不平不満を持っているからきっとこの場所に足を運んできたのでしょう!ええ、そうでしょうとも!ここにはその全てを晴らす術があります!」
他のギルドメンバーから拍手が巻き起こる。
その教祖から話されるのは現実世界への恨み、それを自分たちが解決するという如何にも宗教団体が口説き文句につかうような文言ばかりだった。
ただ話す能力はあるからそれっぽく聞こえるだけ。
正直言って運営会社アルファゼロの手がかりなど何一つこの場所にはなかった。
「そう!入会のチャンスは皆さん平等にあります。まずは入会金だけお支払いください。そうすればあなたたちの人生は劇的に変化していくでしょう!!」
話が終わったのかふたたびギルドメンバーが拍手をする。この話しを聴きに来た一般ユーザーからもチラホラと拍手が起こる。
こいつらは阿呆かと思い、隣にいる葵に声を掛けた。
「おい、帰るぞ。ここにいても金をむしり取られるだけだ」
「はい、そうですね」葵は素直に頷いた。
「待ちなさい!!」
俺たちが背を向けて協会をあとにしようとしたとき後ろから声がかかった。
「あ、俺たち入会する気ないんで、帰りますわ」
「なぜです!あなたは神を信じないのですか!?」
「はい、信じません」
「なんと哀れな、神を信じず、ふたたび現実という悪の巣窟に戻っていくとは・・」
「可哀想なのはあんたらだろ。現実でまともに布教ができず、こんなゲームの中で細々と布教活動、宗教団体じゃなくて阿呆の集まりだろ。ついには入会金という名目で騙された馬鹿どもの金は宗教団体に消えていくと」
俺はそのギルドメンバーと騙されたユーザー立ちめがけて言い放った。
すると一般ユーザーは「やっぱり今回は・・・」「やめときます」と言って続々と協会をあとにしていった。
「帰っちゃいましたね、みんな」となりでニコニコと葵が言った。
「求心力のない団体なんてこんなもんだろ」俺は言った。
「貴様・・・よくも折角入信しようとした人間を・・・・!許さんぞ・・きさまぁぁぁぁぁ!!」
教祖、半狂乱である。
「おい!!ケルベロスを召喚しろ!!」
「ケルベロス?」俺は聞き返すようにして言った。
「少し痛い目を見てもらうぞ餓鬼ぃ!!」
その瞬間協会の中心に魔法陣が浮かび上がりそこから3mはあるかという双頭の犬が出てきた。
「わーーーー!!!なんか出てきましたよ、成海さん!!?」隣にいた葵が叫んだ。
「よし、ログアウトしよう!」俺は即答し、右上にあったデータベースを操作したがログアウトのボタンがなぜか押せない。
「あれ・・・?」
「馬鹿め!!戦闘中はログアウトできないのも知らないのか!!」
ケルベロスの首の一頭が噛み付こうとこっちに襲いかかってきた。
「それは知らなかったわ」
俺は即座に葵を引っ張り協会の柱の裏に隠れた。
しかしケルベロスは柱をその頭で突進し粉砕した。
ふたたび俺は葵をつれて隣にあった柱の裏に隠れた。
「どうしましょう、成海さん」
「お前はここに隠れてろ」
「え?成海さん?」
俺はケルベロスのもとに出て行った。
「ふん!出てきてどうする?このケルベロスはLV50越えの上級モンスターだ!ログアウトの仕方もロクに知らない餓鬼になんぞ一生かかっても倒せないぞ!」
「”オープン”九六式軍刀」
2秒もかからず俺の手にヒカリから貰った軍刀が現れた。
オープンという言葉はデータベースにアクセスせずに自分の所持武器を出現させるショートカットの言葉だった。
「グォォォォォォ!!!!!!!!」
俺を切り裂こうとケルベロスがその場から跳躍する。
スキル発動
「零臥抜刀」
刀を抜刀したと同時に九六の斬撃がケルベロスを木っ端微塵にした。
血しぶきが協会に降り注ぐ。
中二病すぎて恥ずかしいが、スキルは言葉にしなければ発動できないというわけの分からない設定なので到仕方ない。
「馬鹿な、ケルベロスが一撃で・・・」教祖は顔面蒼白である。
「ケルベロスがレベル50?舐めるなよ、こっちはレベル150越えだ!」
勝ち誇ったように俺は言った。勿論思いっきりチートだが。
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「すごかったです!成海さん、まさかあんなに強かったなんて!」葵がキラキラと光る目で俺をみてくる。
「はは・・そんな強くないけどな・・」
ただ単にチートを使い自身のレベルを150まで上げていただけの話しである。
「そうかなぁ、かっこよかったですよ。本当に」
「はいはい、どうも」
全く何やってんだかな。また何の手がかりもないまま終わっちまった。
「成海。その隣にいる奴から離れて」
「は?」声のする方に振り向くとそこにはヒカリがいた。
「あ!お前一体何処いってたんだよ。俺はなぁお前と連絡がつかない間・・」
「いいから早くそこの隣にいる男から離れなさい」
俺が言葉を遮るようにしてヒカリはそう言った。
「どこに男がいるんだよ。俺の横にいんのは風間葵っていう女だけだろ?」
「風間葵・・女・・ああ、なるほどね」
彼女は何か納得したように葵の方を見て言った。
「成海、教えてあげるわ。”彼”の本当の名前は来栖司、歴とした男よ」
「男?」俺が反復し、葵、いや来栖司のほうをみるとそいつはさっきと変わらな笑みを浮かべて答えた。
「どうも、新藤成海さん、来栖司です」
「おとこぉぉぉぉぉぉぉ!!??」