マーダードライブ
BCは五感をAS内やゲームで感じるために付けるヘッドマウントディスプレイで、VR空間ASの発表とともに発売された商品だった。これには目には見えないがミクロの針が付いていた。そこからは常に微弱な電気が流れているという。
その電気信号によりAS内のユーザーは現実世界と同じように感覚を感じられると言われていた。
「マーダードライブはBCから強力な電磁波を流して人間の脳を電子的に支配する。支配してしまえば後は簡単、その人間は人形になり、自由自在に操れる」
彼女は冷酷に告げた。
「そんな・・・・・」
「しかもマーダードライブに罹り、ゲーム内でそのマーダードライブ感染者から攻撃されゲームオーバーになれば非感染者である一般ユーザーも同じように感染者になるわ。つまりただの操り人形にね」
「さあ成海、ここからが本題よ」彼女は俺の目を見て話しかけてきた。
「敵はAS内、オンラインゲーム・クエスターズをつくった運営会社アルファゼロ。勿論クエスターズというゲームは今はないけど、その運営会社アルファゼロは今や世界的な人気ゲームを運営している」
合点がいった、と俺は心の中で思った。
「ニューゲート……」
彼女は頷き、続けた。
「一年後の12月31日何が起こるか分かる?マーダー・ドライブをつかったアルファゼロによる人類支配よ」
「…それを俺に話したところでどうなる。俺にどうしろっていうんだよ」
俺は自分が思った以上に声が出てないことに気が付いた。
「運営会社アルファゼロを潰す。つまりはニューゲートの破壊。単純な話だと思うけど?」
「馬鹿か…。敵がデカすぎる。俺みたいな3流大学生に頼るな。政府のサイバー省やら警察の電脳捜査課にでも行けよ・・」
「たしかに。真っ当な人間ならそう言うわね。でも残念なことに日本政府も警察にもすでにアルファゼロの息がかかってる。大臣クラスも何人かはもう敵側よ」
「はは。絶望的だな。終わってるよ、それ」笑うしかなかった。たったこの1時間で人生のどん底まで落とされた気分だった。
「成海、あなたが過去そして今、悪徳な企業にハッキングやウイルスを流して潰していっているのは知っているわ。それはなぜ?気まぐれ、暇つぶし?」
「……」俺は黙っていた。
「答えは正義よ。あなたは心のどこかで誰かを助けたいと思っているんじゃない?気まぐれだとか、暇つぶしとかはそれを隠すための言い訳・・」
「いい加減にしろ!勝手に俺のことを語るな!」彼女の言葉を遮り俺は怒号した。
「・・・とりあえず今日はこれで十分。もし私に協力してくれるならあとで送るメールを確認して。それと5億の報酬の件は本当よ。それじゃあ、さようなら」
彼女はまるで年下とは思えないほど最後まで冷静に話し、ルームからログアウトした。
俺はしばらくその部屋のソファに座っていた。
何を考えていたのかは分からない。でも今日彼女から告げられた言葉は逃れきれない現実を意味していた。
そしてこの世界はASという媒体に縛られすぎて、いつの間にか離れられなくなってしまっていたことも。
翌朝俺はニューゲート内の近未来ステージのスタート地点、エクスサークルに来ていた。簡単に言えば空飛ぶデカイ×(ばってん)のような場所である。
近未来ステージはその名の通り未来の都市をイメージしたような造りになっている。
透明なビルが空に浮いていたり、空飛ぶクルマが普通に走っていたり、信号機が浮いていたり、とにかく何でも浮いている。
「おはよう成海。あのシンとかいうチートをつかったユーザーで来なかったのね」
俺が振り向くとそこには御堂光がいた。
「あのチートキャラでくる意味はもうないしな・・」俺はそっけなく返事をした。
「早速だけど、スカイバイクを借りてきてくれない?エリア4にあるわ」
「いきなりパシリとして使いやがって・・」だがグダグダいったところで始まらない。仕方なく俺はエリア4に向かおうと彼女に背を向けた。
「来てくれてありがとう。よろしくね、成海」彼女はそう言った。
「ああ、よろしく・・。」
かなり意外だった。まさか彼女から感謝の言葉が出てくるとは。
あの空飛ぶクルマはスカイバイクというらしい。それを3000マネーでレンタルし、彼女の下まで運転していった。
4人乗りのスカイバイクだが彼女は有無を言わさず助手席に座り、俺に指示をしてきた。腹が立つことに完全に俺が運転手の立場になっている。この世界では免許は不要なので誰もが運転できるはずなのだが。
「で、お嬢さん、どちらに向かえばいいんでしょうかね?」
「近未来ステージのマグナポリスにある”亀裂”を探しに行くわ」
「亀裂?」
「ええ亀裂って勝手に呼んでるだけだけど、明らかにゲームの景観上ありえないシステムの不備がある場所のこと。それはアルファゼロが無理やりこじ開けないとできないような重要な足跡だから、そこを辿っていけばやつらの現実世界での居場所が分かる」
「つまり現実世界でのアルファゼロの消息自体は分からないってこと?」
「ええ。東京都の新宿区にアルファゼロのご立派なビルが立っているけれど、あれはただの建前的な建造物でしかないわ。アルファゼロが金で雇ったただの契約社員しかいないわ」
「まじか・・・」
「成海、前!」
「え?」
彼女に指摘されて前に信号で空車が止まっていたことに気づき、慌ててブレーキを踏む。
「うぉぉ!」
身体がグンと引っ張られシートベルトなどないので彼女の方に身体が持ってかれた。
「あ、ごめん」
「・・・・・・・いいから右手をどけて」
彼女に言われた右手はというと彼女の右胸を思いっきり掴んでいた。
毎度言わせてもらうがBCのおかげで感触は勿論ある。
「いや、これはあれだ。よくある不可抗力ってやつで・・」俺は半笑いでいった。
「こんなことがよくあったら世の中、女の子に触りたい放題ね。変態ひきこもりがち童貞学生の新堂成海くん」
なにかとんでもないワードが混じっていた気がするが、彼女の恐ろしいほど冷たい目は反論なんぞ許さないという意思がこもっていた。
「すみませんでした・・・・」
20分ほど空車で走るとマグナポリスという都市に着いた。
「成海、あそこに降りて」
「了解」
ヒカリが指差す方向へ空車を走らせ、駐車場のような場所に空車を置いた。
「ここからは歩きね。」彼女は歩き出した。
「その亀裂の詳細な場所ってのはわかってるのか?」
「成海、あなたの出番よ」
「ダンジョン解析しろと?」
「あなた昨日時計塔で50階まで来れたってことはゲームのシステムにハッキングしたんでしょ?」
「まぁ、レベル2までだったけど」
「十分よ。ダンジョン解析さえすれば、システムの異常がある場所はすぐに分かる」
「分かったよ。15分くらい待っててくれ」
「ええ」
一旦俺はログアウトし、自宅から昨日と同じようにシステムへのハッキングを実行した。
パソコンでハッキングしている間、昨日のことについて俺は考えていた。
ヒカリには正義とか何とか言われたがそれは認めていない、ただ真実だけは知る必要があった。そしてアルファゼロがその元凶であるのなら、どんな手段をつかってもぶっ潰すだけだ。
ニューゲートにログインし彼女の元に戻ると何人かの若い男に囲まれていた。
まあ正直あの顔だし、黙っていれば相当な美少女であることに変わりはないので声をかけられない訳はないだろうなとは思っていたが、面白そうなので少し遠目から観察することにした。
「ねぇこれからどこにいくの?よかったらさ一緒にクエストいかない?」
チャラ男Aに続けて隣の好青年Bが声をかける。
「そうそう。やっぱりさ、女の子一人だと難しいダンジョンとかもあるし、俺たちが盾になるからさ」
「そうね。じゃあ折角だし私の盾にでもなってもらおうかしら。ねぇ成海」
「げっ!」どうやらバレていたようである。
「なんだ。男いたんだ」とお決まりのセリフをいうチャラ男A
「というかさ、なんでこんなのと付き合ってんの?どうみても君と釣り合わないっしょ?」ととんでもなく失礼な好青年B。
「まず第一にあのガリガリは私の彼氏でもなんでもないし、さらに言わせてもらえば君たち2人とも私にはどう見たって釣り合わないわ。とっとと私の目線から消えてくれないかしら?」とさりげなく俺を罵倒しながら、男たちにも精神的なダメージを与える美少女という皮をかぶった悪魔・御堂光さん。
「なんだ、この女。おい、行こうぜ」と言って去っていったナンパ師たち。
「で、後ろで見ていたガリガリ、目的地は分かったのかしら?」
「ああ、ここからそんな遠くないよ。多分マップを見た感じだと細い通りにある住宅街の1つみたいだな」
「なら、とっとと行くわよ。」
「はいはい」
大通りから細い小道に入り、明らかに人の通りが少ない場所に目的の住宅はあった。
「ここだな。多分」
「そう」彼女は何の躊躇もなくドアに入った。
「なんかここって慎重にいくとこじゃね?」
部屋は近未来的な造りで精巧につくられていたが亀裂というかそういったものは全くといってなかった。
しかし、そこには俺とヒカリ以外にもう1人、ユーザーが立っていた。
後ろ姿は中肉中背の男だったが瞬間男は振り返り俺たちに襲いかかってきた。
「なっ!」
「マーダードライブ!感染者よ!!」ヒカリが叫んだ。
「こいつが!?」どうみたってなんかクスリをやっちゃって気が狂っているオジさんである。
「どうすりゃいいんだよ!これ!」
「ここで止めて!彼がゲーム内で暴れているってことは今現実世界でも暴れまわっているってことよ。こっちの世界でダメージを与えれば、現実世界でも倒れる!」
「ただ前にも話したけどくれぐれも気をつけて!ゲーム内で自分たちもマーダードライブに攻撃されて万が一倒されたら、こっちにもBCから同じ電磁波が流れる」
「つまりはこっちで攻撃されてゲームオーバーになったら、この狂ったオッサンの二の舞になるってことだろ!」
最悪だ。状況は宜しくない。というかなんでこのオッサンは俺しか狙ってこないのか!男好きかこの野郎!
「ヒカリ、武器!」
「これつかって!」
手渡されたのは刀だった。刀の横に電子文字で名前が表示される。
九八式軍刀!よくわからないが軍の刀なんだからとりあえず強そうだ。
「ごめんな、オッサン!」
俺は九八式軍刀を振り下ろした。
軍刀がオッサンの肩から胴を切り裂き、オッサンはその場に倒れた。
「はぁ、焦った。まじかよ、いきなり襲ってきやがった・・。なんでそのマーダードライブがここにいるんだよ」
ヒカリは倒れたオッサンの元に歩いていき、自分のデータベースをいじっている。
「おーい、聞いてんのか?」
「丸井良夫。ただの一般人ね。おそらくここに偶然入り込んで亀裂を発見して触ったのね。そして運営に見つかり処分のため電磁波を流されてマーダードライブを引き起こされた」
「初耳だな。亀裂に触れるとアルファゼロに気づかれるのか?」
「ええ。亀裂はやつら運営が無理やりこじ開けたものって言ったでしょ?そこに運営以外の人間が入ろうとすれば気づかれるのは必然でしょ?」
「でもあんたがやろうとしてたことはその亀裂から運営の足取りを掴むことだろ?亀裂に侵入せずにどうやって奴らをさがすんだ?」
「亀裂があるルームには運営が使った微弱な磁場の歪みがある。それをこっちで解析して奴らが隠れている現実世界を逆探知するだけ」
「簡単に言うけど、誰がやるんだ、それ」
「あなたよ、成海。なんのためにあなたを仲間にしたと思ってるの?」
「さも当然のように言うな、小娘」
「でもおそらく、ここの磁場の歪みはもうないわ。この丸井っていう人間のせいで運営がすでに亀裂自体を直したんでしょうね」
「悔しいけど、また振り出しに戻った・・・・」彼女は珍しくバツの悪そうに言った。
「いや、でもここまで追い詰められただけすごいよ。普通の人間じゃここまでいけない。少なくとも俺の知ってる電脳課よりかは優秀だよ」
「・・・そうね」