秘密と素性
午後13時42分、江東区、首都中央病院
病院のロビーは看護婦や診察待ちの患者、医者であふれている。
珍しく取り乱していたヒカリは落ち着きを取り戻し、ロビーのソファに腰を掛けていた。
「ほら、コーヒー。ブラックと微糖どっちがいい?」俺は自動販売機で買ってきた缶コーヒーを彼女に渡した。
「ブラックで」彼女が受け取る。
「…また振り出しに戻っちまったって感じか?」俺は聞く。
「…いえ、振り出しではないわ」両手で持った缶コーヒーに目線を落としながらヒカリは言う。
「どういうことだ? お前の目的は来栖から情報を聞き出すことだったんだろ?」
「残していった。このUSBに」
ヒカリはコートのポケットからUSBを取り出した。ストラップには有名なアニメのマスコットキャラがぶら下がっている。
「どんな情報が入ってるんだ?」
「…見てみないと分からない。でもおそらくは来栖が知り得る組織の情報が入っていると思う」
「あいつ、なんで死ぬ前にそんなの残していったんだ?罠か?」
「来栖はどこまでも子供だった。結局は奴にとって現実はバーチャル、ただのゲームだったのよ。あなたに一部でも負けた地点でゲームオーバー。だから命を絶った。そんな人間にとって死んだあとの世界などどうでもいい。罠なんて残していくとは思えない」
「…理解できないな。最後に俺たちに協力したってことか?」
「見てみれば分かるわ。…成海、今日は帰ったほうがいい。来栖が死んだことを伏せるのは不可能だわ。……色々な人間が動き出す」
「色々な人間?」
「噂をすれば…」ヒカリの目線の先には俺のよく知る人物がいた。
こちらには気付いたのか電脳課の川内和真は驚いたような顔でこちらを見た。
「成海?」
「おす…」俺は小さく返事をした。
「どうしたよ、こんなところで~。怪我でもしたのか?」
「カズ兄こそ、何の用だよ…」
「いや、ちょっと…な」
川内が俺のとなりにいるヒカリに気づいたのか、目を丸くしていた。
「おいおいおい、ついにお前にも彼女か~?え?かわいいじゃんか、おい~?」川内はにやにやしながら聞いてくる。
「ち…」違うと否定しようとしたとき、ヒカリが口を挟んできた。
「そうなんです。今日、成海とこのあたりでデートしていたんですけど、途中で体調を崩しちゃって。この病院、たまたま私の知り合いの医者が働いていて見てもらったところだったんです」
こいつよくもこんな嘘を…。川内がこんなんで騙される訳…。
「なーんだ、そうだったのか!いい彼女じゃねぇか!大事にしろよ、成海!じゃあ、俺は仕事があるから、またな!」と、軽い足取りで病院の奥に歩いて行った。
単純すぎるだろ、川内よ。
「おい…お前、カズ兄を知ってるのか?」
「ええ。目障りな人間の一人ってだけだけど。電脳課では有名でしょ?……病院、早く出るわよ」
ヒカリとはUSBの中身を調べると言って、駅で別れた。
明日、うちにまた来るらしい。
部屋のベットに寝そべる。カーテンからは西日が漏れてきて眩しかったが、昨日から一睡もしていないからかすぐに眠気が襲ってきた。
プルルルル…
スマホからの着信で目が覚めた。時刻はすでに22時を過ぎていた。
「カズ兄…」着信は川内からだった。
「もしもし…」あくびをしながら答えた。
「なんでお前があの女といる?」川内の言葉は鋭く、冷静だった。こうなっているときの川内に誤魔化しは通用しなかった。
「なんだよ、いきなり。あいつが何なんだ?」たしかにヒカリは川内のことを知っていると言っていたが。
「あの子と一度だけ会ったことがある」
「どこで…?」
「ASの重役が集まる懇談会。帝国ホテルを丸々貸し切って行われた盛大なパーティだよ」
「なんでそんなところで?」
「俺の記憶が正しければ、あの子はアルファゼロ社長・古谷丈一郎のご令嬢・古谷光だ」




