敗者
12月18日 午前9時42分
東京都港区
ビルは見上げるほど高く、その28階に来ればいいと来栖司は言った。
俺の隣にはいつもの冷静な顔でコートのポケットに白い手を入れ、エレベーターを待つヒカリの姿があった。
「なんで来栖は会うって言ったんだ? 自分の手の内を晒すだけだろ?」
「あなたにハッキングの技術で負けたからでしょ?」
ヒカリは少し口に笑みを浮かべていったような気がした。
「負けたって、俺はあのルートだけのハッキングをしただけだろ? あいつは認めたくはないけど天才的な技術をもってるはずだ」
「だからこそ気にくわないんじゃない? その天才がたった一部分とはいえあなたに負けたことに」
「なんだかな…プライドが高いのか低いのか」
エレベーターが28階を指した。
降りると目の前の大きな窓からは東京をまるで一望できるかのような光景が広がっている。
「すごいな。まだ二十歳そこそこのやつが住む場所じゃねぇ・・・」
「行くわよ」
玄関のチャイムを何度か鳴らしても返答はなかった。
「やっぱり逃げたか」
「いえ…」ヒカリが玄関のドアを開けながら言った。
ドアを開けた瞬間、ゴミが腐ったような臭いがした。
玄関からリビングまでの廊下にはコンビニやスーパーの膨らんだ袋が放置され、ヒカリも俺も土足でその廊下を歩いて行った。
リビングの扉を開けると、おそらく窓であろう場所には茶色のカーテンが掛けられている。照明も点いていない部屋では窓から差し込む太陽の光だけが頼りだった。
「なんて部屋に住んでんだ、あいつ」
リビングも食べかけたピザやペットボトルのゴミで溢れ返っている。逆に言うとごみ以外、生活感を感じられる場所を見つけるのが難しいくらいだった。
部屋にはテーブルも冷蔵庫もなく、目立ったものと言えば備え付けのキッチンくらいのものだった。
ただ一か所、家族の写真だけが異様なほど飾られている一角があった。どの写真も中央にいるのは来栖司だった。
「何でっ!」
ヒカリの声だった。それも聞いたことのない怒鳴り声で。
声のする部屋に駆け込んだとき、すぐにその理由は分かった。
「死んでる?」
「……」
来栖はコードだらけの床に仰向けで倒れていた。目は白目を向きあたりには大量の白い薬のようなものが散らばっていた。
「おいヒカリ、救急車!」
「…無駄よ。遅すぎる」
「分からないだろ!」
俺は訳も分からず心臓マッサージを始めた。やり方など分からなかったが、とりあえず出来ることをやるべきだと思った。




