ピースメーカー
1月3日 午前3時45分 ルート1409769
廃墟のような場所には亀裂が何個も空いている、プレイヤーと思わしき人間は今のところゼロだった。仮説ではあるがここはアルファゼロが亀裂から現実世界に戻るときの中継地点の一つとして使用しているものだった
錆びれた街だったが、周りの廃墟とは造りの異なるドーム状の変わった建物が立っていた。
私はそのドーム状の建物の扉を開け、内部に入っていった。
建物内は薄暗く、内部は落ちたシャンデリア、腐敗した建造物の一部などが地面に散乱していた。
マスクが欲しいと生理的に思わせるほど、リアルな埃や塵が積もっているような場所を進んでいくと大広間のような場所にでた。
部屋を物色していると立派な暖炉が取り付けてあった。暖炉の奥には人ひとりが入れるような道があった。
しゃがみながらその暖炉をくぐり抜けるとそこには地下まで伸びる螺旋階段があった。
階段で降りると地下の広い空間にでたが、そこにはたった1つ木造りの扉があるだけだった。
私はその扉を開けた。
そこには来栖司が悠々と立っていた。
「やぁ御堂さん、やっぱり追ってきたね。待ってて正解!」
「来栖司、こんな地下の部屋で何をしているの?」
「え? ちょっとした実験ですよ」
「実験?」
来栖が部屋の電気をつけた。その瞬間私の目に入ってきたものはおよそ人道的なものではない。部屋の画面越しからでも分かった。それは・・・
「来栖、こんなことをして許されると思う?」
「ん~そうですね、許されるか許されないかで言えばギリギリのラインでしょうね。ただ第一次世界大戦中もどこかの国が敵対する国に勝つ為にこういった行為はしていましたし、人類が進化していく途中では致し方ないことなんじゃないでしょうか?それに僕は“阿久津さん”に言われてここを任されているだけですからね~。僕は人体実験なんて興味ないですからそこのところ誤解しないでくださいよ~」
部屋には研究所のようにカプセルが何台もあり、そこの中にホルマリン漬けになった人間が何人も入れられていた。この場所はアルファゼロの移動手段の中継地点であると同時に来栖の言うとおり、実験施設でもあるようだった。
「阿久津陽一、やはり奴もこの場所に関係しているのね。その人たちを開放しなさい。ただの一般人でしょ?」
「まあ確かに一般人ですけど、事前に高収入の治験バイトとしてちゃんと契約を結んでいますからね。この人たちは大事な被験者なんですから、解放したりなんかしたら僕が阿久津さんに殺されちゃいますよ。なのでダメでーす」
「じゃあ御堂さん、悪いですがここであなたはお仕舞です」
来栖が空間上に出現させたデータベースに接続したとき、部屋の奥から足元のおぼつかないプレイヤーが4人程出てきた。
「感染者・・・・・」
「あぁ、御堂さん、気をつけてくださいね。この感染者、レベルの高い人たちにマーダードライブを引き起こしたので強いですよ」
「スキル・ディヴァイン・サークル」
スキルを言葉に出し、大きな光輪が感染者4人に巻き付き、締め付けた。
「へぇ。なるほど拘束のスキルですか。……でもこの人たちはどうでしょう?」
来栖が研究所のレバーのようなものを操作した。
すると奥のカプセルからホルマリンのような液体が放出され、その中に入っていた大男が目覚めた。
「ぐぉぁあああぁぁああああぁ!!!!!!!!!!!!!」男は奇声を発し素手でカプセルを破壊した。
大男は頭を抱えるように苦しみだし、異形の姿に変わっていった。
「これは…」
その人間は誰の目から見てももはや人の形を留めていなかった。化物と呼ぶのが正しいのだろう。
皮膚は溶け、体は膨張し、身体のいたるところに突起が見られた。
「あはは、阿久津さん、またグロテスクなものつくっちゃったな~」
「来栖、あなたたちは一体何をやろうとしてるの?この人間の姿は何!?」
「阿久津さんによれば、マーダードライブは人の脳にちょっと電気を流して殺人衝動を起こすだけですけど、この第2感染者“セカンド”は脳を強制的に120%覚醒させた人間って言ってましたよ。なんか脳に特殊な脳波を流して普段人間が使わない筋肉を膨張させてどうたらこうたら…その辺は僕もよくわかってないですけどね」
「……そのセカンドとやらは今現実世界ではどうなっているの?」
「それが面白くてですね、全く同じ状態で暴れまわるそうですよ。ああ、勿論今この人たちは現実世界では厳重に監禁してますけどね。阿久津さんは現実世界でこのセカンドの経過観察じゃないですか?」
「来栖……」
ズドン、と腹部に衝撃が走る。痛覚を感じた。私は膝をつき、その場にしゃがみこんだ。
「えっ?」
「分かります?御堂さん?」
来栖が心底面白そうに話している。
「阿久津さんはマーダードライブの研究をさらに飛躍させていますよ。今までチクッとしか感じなかった痛みが今、あなたには現実で大男にお腹を殴られているような痛みに感じるんじゃないですか?」
来栖の言うとおり、ゲーム上でのHPの減りだけでなく、本当の痛みが感じられた。
「さて、テストをしてみましょうか?」
来栖がデータベースを操作すると、セカンドが私の背後にまわり、締め付けるように体を拘束した。
「ちなみにこの部屋はもうログアウトできないですよ。僕が事前にシステムをイジっておいたんで」
「……やはり罠だったわね」
「ええ。あなたを抹殺するための罠です。正直これ以上僕たちの邪魔をしないで欲しいので。おとなしく倒されてください」
来栖が作り笑顔を浮かべて私に近づいてくる。
「来栖、あなたは子供すぎる」
「いいですよ。子供で。ボクは毎日が楽しければそれでいいんですから」
「来栖司、2030年5月4日、東京に生まれ、何不自由なく幼少期を過ごす」
「え?」
「13歳の時、あなたは一人だった。孤独だった。だからこそネットの世界に逃げた。父親がその1年前に死去し、優しかった母親はいつの間にか壊れてしまった。そしてあなたをおいて自ら命を絶った。あなたには逃げ場が必要だった」
「趣味が悪いな。・・・・やめてくださいよ」
「あなたにとってこの世界は確かに壊れているのね。だから破壊する。単純ね。二十歳にもなってあなたはまだどこかであの頃に戻れると思ってる。自分が幸せだった子供の頃に。来栖、あなたが子供っぽく振る舞うのはそのころを忘れたくないからじゃない?」
「うるさい。黙れ」
「大人になれない子供。かわいそうな来栖君」
「黙れぇ!」
「すぐに激情する。そういうところが子供なのよ」
「イライラするなぁ。自分だってボクとたいして歳なんて変わらないのにそうやって大人びて・・・・。こういうのってスマートじゃないから好きじゃないんだけどなぁ」
来栖はふたたびデータベースを出現させた。
「セカンドはね、僕の命令を本当によく聞いてくれる。例えばあなたをなぶりながらゲームオーバーにしろって言えば、そうしてくれる」
来栖の顔が私の目の前に来る。
「怖いですか、ヒカリさん? あなたこそ、いつもその綺麗な顔の下に何があるのかを見せてくれない。本当に喜ぶことはあるんですか?本当に悲しくって泣くことって?見せないでしょうね、人の前では決して」
「・・・・でも今なら苦痛に歪み、泣き叫ぶ顔なら見られるかもしれない」
さきほど拘束した感染者たちのスキルが解除され、4体が一斉に襲いかかってきた。
「悪いけど、それはまたの機会だな」
ゲーム上の空間に声が響く。聞き覚えのある声だった。
「なんだよ、これ?」
来栖は困惑したように頭上を見上げた。
頭上の空間に亀裂が入る。瞬間その亀裂が割れ、まるで大きなステンドグラスから飛び出てくるように新藤成海は現れた。
そして私に襲いかかろうとしていた4体の感染者を次々と切り裂いた。
「どーも来栖“くん”」
「・・・・あなただったんですね新藤さん。よくシステムにハッキングできましたね。」来栖には笑顔が戻り口調にはまだ余裕があるように感じた。
「ああ、頑張ったんで」
「そうですか。では御堂さんを倒すという僕の今回の任務は失敗したみたいなんで、逃げますね。」彼は笑顔でそう言い、立ち去ろうとした。
「来栖!」私は彼を追おうとしたが、成海の手によって静止された。
「なぁ来栖、分からないのか?この部屋にハッキングした地点でここはもう俺のテリトリーだぞ?」成海は逃げていく来栖に向かってそう言った。
来栖はその足を止めこちらに振り返った。
「あーあ、僕の方がゲームオーバーですか。やられましたね」
私は驚きを隠せなかった。新藤成海はニューゲームのエリアの一部分を完全に乗っ取ったのだ。来栖が諦めたということはこの場所からはもう逃れられないと悟ったことに直結していた。
「じゃあ、セカンドに頑張ってもらうしかないか・・・。でももう僕の命令は聞かないのでどーします。成海さん?」
私を羽交い絞めにしていたセカンドの力はさらに強くなり、今にも腕を持っていかれそうな痛みを感じた。
「うっ・・・!」
苦痛に私が思わず目を閉じた一瞬、髪がなびいたのを感じた。
私の倍ほどあった腕は離れ、セカンドの大きな巨体は地面に倒れた。
「ピースメーカーか・・・・いい武器をお持ちですね」
来栖の言葉と同時に視界に入ったのは銃身のながい拳銃を片手に構えた成海の姿だった。




