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恋花繚乱  作者: 高梨鷹介
2/2

第二話・妹だからね

ペースとしては早いですが、第二話です。

よければ見ていってください

僕の初恋は失恋に終わったらしい。

まぁ初恋とはいってもその初恋の相手は昔僕が恋をしたあのすみれじゃなく、一人称は『俺』だったし口調も男っぽかったし外見もパッと見では男そのもので、あれではすみれとは言えないからあの初恋はノーカンということに、いやだけどあれは紛れもなくすみれそのもので、メンタル的にはノーカンだとしても客観的な視点から見るとやっぱりそれは初恋でそれは失恋ということになる、いや、だがしかしあの光景を見ていた人なんていないのだから、やっぱりあれは僕の胸のうちに留めて置いてあの初恋と失恋はなかったこととしよう。うん、だから今僕は全然、なんともない。

「…………どうしたの、この兄貴は」

あとから聞いた話では、僕はこの時由里が何度も話しかけていたのをガン無視していたらしい。

当然すみれのことは気になっていないから、単に聞こえていなかっただけに違いない。


すみれとの劇的というにはちょっとばかし衝撃的過ぎる再会から2日後。

今日は北高の始業式で、入学式だ。

入学式は僕等上級生よりも遅い時間から始まるから僕よりも遅い時間に出ても問題ないんだけど、今日は葵さんと一緒に行く約束をしていたので、そんな時に由里が大人しくしているはずはなく、結局僕と一緒に家を出ることに。

由里の装いはと言うと、当然のことながら制服である。

北高の制服で、オーソドックスなブレザータイプのものである。紺に近い青色のスカートに白いワイシャツ、そしてベージュのブレザー。シャツには薄い赤色の蝶ネクタイを締めている。靴は革靴に、黒いニーソックス。

まぁ、傍目から見てもなかなか可愛いデザインだと思う。身内びいきになるけど、由里自体の素材の良さも制服を際立たせているようだ。

ちなみにだが、僕が着ている男子制服は蝶ネクタイではなく普通のネクタイ。そしてまぁ、当然ながら下は女子のスカートと同じ色合いのズボンである。新品だから少しチクチクするのが気になるけど…まぁ、慣れるのを待つしかないだろう。

そしてこれが実は重要で、僕の胸ポケットの箇所には青色のワッペンに北高の校章(何かの植物に『北高』の崩し字かな?)が刺繍されたものが縫い付けられているのだが、そのワッペンの色は学年を示しているのだ。由里の1年生のものは赤色。2年生のものは青色。3年生のものは…なにかな? 察するに緑とかそこらへんだと思うけど。葵さんが来たらそれとなく確認しておこう。

さて。

時刻は8時。

マンションの一階、出入り口で葵さんが出て来るのを待つ。

「ねえねえ兄貴ー。一昨日どこに行ってたのさー」

「散歩」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「いーや! 一昨日探索から帰ってきてから兄貴ヘンだもん」

「由里にヘンって言われたくない」

というか、一昨日からこのやり取りを幾度となく繰り返している気がする。

それにまぁ、僕は嘘は言っていないのだ。

僕は単に散歩に行っただけ。そこにすみれに会いに行く、という副産物的目的があったとはしても。そしてそこで起きたことは、些事も些事。決して誰かに語り聞かせる類のものでは、断じて、ない。

たったそれだけのことなのに、由里はそこに何か理由があると思い込んでいるものだから、全く困ったものだ。

僕がそんな逃避的な思考に身を委ねていると(一応自覚はある)、

「あら? 少し遅かったですか?」

マンションの出入り口からのんびりとした声が聞こえて来た。

振り向くと、由里と同じ装いの葵さんがおっとり刀で歩いてくるところだった。だけど葵さんはニーソックスではなく黒タイツを履いていた。そしてワッペンの色は……おっ、やっぱり緑色だ。

葵さんの声に応えて、僕は腕時計に目を向ける。

約束していた時間は8時10分で、現在5分。

「まだ全然大丈夫ですよ。僕等が早めに来てしまっただけなんで」

「そうですか? でも待たせてしまって申し訳ないですね」

「いえ! お姉様を待ってる間は楽しみで、まるで一瞬のように感じられましたっ!」

さすがに嘘つけ。

由里のキラキラな目を前にして、いつもの「あらあらー」という声もどこか戸惑い気味だ。

……自分で『キラキラ』と表現しておいてなんだが、由里の今の視線は『ギラギラ』がぴったりな気がする。

「では行きましょうかー」

葵さんの先導に任せるまま、僕たちは3人並んで歩き出した。


SIDE 由里

学校への道のりを、葵お姉様と並んでウキウキ気分で歩く。

やっぱり女の子はいい。今隣を歩いているお姉様からはいい匂いが漂ってきてるし、おっとりした言動の一つ一つがどうにも可愛くてしょうがない。

男っていうのはどうにも女の子に対して見栄を張りたがる嫌いがある。もちろんその逆もあるけれど、それにしたって男の見栄の張り方は見ててバレバレだし、何よりその方向性が子供っぽ過ぎる。

それに全体的にガサツだし暑苦しいし臭いしあと、あとその他もろもろ。

……まぁ、それを考えると兄貴はいい匂いするし、あたし以外の人の前ではどうか知らないけど、少なくともあたしの前ではヘンな見栄を張らないし、几帳面だし線が細いから暑苦しい印象もなく、全然マシな部類…というか、あたしの人生で出会った中で兄貴以上の男の人に会ったことはない――というのは、照れるからもちろん兄貴には内緒だけど、これは別に誰に聞かせるでもない、自分の中の言葉だからいいだろう。

さて。

なんだかその兄貴が一昨日からヘンである。

察するに一昨日兄貴が散歩(と言い張っているのでそう呼ぶけど)に出かけた先で何かがあったんだろう、とは思う。…さらに言えば、兄貴の初恋の相手、すみれさん絡みで、何か。

ただの失恋、と言うには、何か様子がおかしい。

なんと言えばいいのかな…? 生憎とあたしの中にピッタリと合う表現を見つけることは出来なかったけど、強いて言うとするなら、現実を受け入れ切れていないのを無理矢理理解しようとしている、とでも言ったところだろうか。

「休み時間にお姉様の教室に遊びに行ってもいいですかっ?」

ま。

今は兄貴にも整理の時間がきっと必要なんだ。

だからあたしは本気で聞き出そうとはせずに、今はただ、お姉様との親睦を深めようと思う。

きっと兄貴が誰かに相談したい、って思ったら、あたしに相談してくれると思うから。


SIDE 紫音

8時5分に家を出て、学校に到着したのは8時15分。

学校までの道のりは約10分ほど、ということになる。それも葵さんや由里と話しながらだったから、1人だけでの登下校ならもう少しタイムは縮められるはずだ。まぁ、別に誰かとタイムを競ってるわけでもないからゆっくりでいいんだけど。

それから僕は由里や葵さんと別れて、職員室に向かう。

由里は新入生だから引越しとかは正直関係ないから、他の新入生と同じように入れば済む話なのだけど、僕は編入生。だからまずは職員室に行って担任の先生に会って、それからその先生と連れ立って教室に行く、という流れを踏むことになる。

義父さんが転勤族だったお陰(?)で、こんな流れはもう手馴れたものだ。

担任の先生は、まだ若い女の先生だった。

若い、とは言ってもアラサーといったところ。ただ普通に美人な先生だった。それでも敢えて評するなら、綺麗系というよりは可愛い系の顔立ち。僕は別にどうとはないけど、この顔ならさぞ生徒からの人気は高いことだろう。名前は、田道籐子。

「色々慣れないことも多いと思うけど、わたしも頑張ってサポートするから、頑張ってね。あ、でも、わたしに相談するよりも早く友達作って、その子たちに相談できたら、それが一番いいけどね」

僕が最初に田道先生に挨拶した時に返って来た言葉がこれだった。

うん、いい先生だ。僕の目がよっぽど腐ってなければ。

チャイムが鳴る3分ほど前に、僕は先生の後について職員室を出て歩き出した。

3分前の校舎というのはそこはかとない慌しさで満ちている。

遅刻しそうで走っている者。

残り少ない朝の休み時間を惜しむように友達との話題に花を咲かせる者。

…単にそれだけでなく、今日が春休み明けだから、というのも関係ありそうだけど。やっぱりどうしても休み気分っていうのは簡単には抜けない。

やがて始業のチャイムが鳴り、一瞬の慌しい空気のあと、校舎は静寂で包まれる。

そんな中で僕は別段焦ることもなく田道先生の後をついていく。こういう静かな校舎を歩くっていうのは少し非日常な匂いがして、ちょっと楽しかったり。

その内に田道先生はある教室の扉の前で立ち止まる。

上にかかっているプレートには、2‐Cとある。なるほど、僕の教室だ。

「入るよ? 大丈夫?」

はい、とだけ短く答える。

ここで普通なら緊張してしまうものなのだろうけど、さっきも言った通り僕はこれまでも結構転校を繰り返してきたから、それほどでもない。全く緊張をしないでもないけど、いつも通り無難に済ませるだけだ。

先生は僕の答えを聞いて一度小さく頷くとガラガラと音の鳴る引き戸を開けた。

「おはよう」

先生が声をかけながら入ると、それに答えてクラス中から「おはようございます」と返って来た。

が、クラスの視線は既に先生の後に続いて入ってきた僕に向けられている。そこに僕を見て何かを囁き合ってる様子は見て取れても、転校生の存在を驚いている様子はない。

よくマンガとかだと先生が「えー、今日はみんなに新しい友達が来ます。入りなさい」といわれるまで転校生の存在を知らない、というパターンがかなりの比率を占めていると思うのだが、普通そんなことは…まぁ、ない。

だって転校生が来るなら当然新しい机とかが配置されてなきゃおかしいのだから。ごく少数だけど、過去転校した学校の中には僕が来ることを知ってて事前にクラスでカンパを募って花束を貰ったこともあった。…ぶっちゃけ始末に困ったけど、まぁ純粋にその時は嬉しかったからそれに文句を言うつもりはない。

それに後から先生に呼ばれて教室に入る、というのも合理的ではないし。

とにかくも、僕は一旦クラス中を見回す。

「…………」

そこに、僕を驚愕の表情で見ている奴が約一名。

ショートカットの髪型に男物の制服を着ている、傍目からはどう考えても男にしか見えない女子生徒。白河すみれ。そっか、同じクラスだったか。というか男っぽい格好をしてるとは思ったけどまさか学校でもそうだとは。一応女子は男子の制服を着てもいいことにはなっているけれど。

昨日のパーカーとは違ってサイズがピッタリ目に作られている制服だからか、胸の箇所には確かな膨らみを感じ取れることだけが唯一、彼女が女であることを印象付ける。それがなければ、僕はすみれの性別から疑わなければならなかっただろう。

そんな僕の思考は必然的に、すみれと見つめ合う形になっていたらしく、隣の田道先生が少し戸惑ったような表情をしていたが、すぐに仕切りなおすように、

「転校生の、高岡紫音くんです。しばらくは勝手が分からないだろうから、みんなで面倒を見てあげてくださいね」

その先生の説明を受けて、すみれが何故か一瞬怪訝な目を向けてきた。……なんだろ?

すみれのその表情の意図は分からないけれど、とにかく僕の自己紹介だ。先生はその為に僕に視線を走らせている。

「高岡紫音です。趣味は読書です。以前も少しだけここに住んでいたことがありますが当時とはだいぶ環境も変わっているのでオススメの店とか教えてくれると嬉しいなーと思います。よろしくお願いします」

そう締めくくり、軽く頭を下げる。

途端、誰が始めたのか拍手が聞こえ始め、それが連動してクラス中で拍手が巻き起こった。

やっぱりこういうのは照れくさいもので、思わず自分の顔が赤くなるのを感じた。

クラスを見てみると、一応すみれも手を叩いてくれているみたいだった。


これもまたマンガとかではよくあることだけど、転校生がやってくるとその後の休み時間には転校生の周りにクラス中の人が集まってきて質問責めにする、みたいな展開も、現実ではあんなに極端なことにはならない。集まってくるのは多くて10人くらいなもの。大抵の人は距離感を掴めずにしり込みするものだ。

……いや、僕がマンガの登場キャラクターバリの美男子だったら違ったのかな? …考えると切なくなるからこれ以上は考えるのをよそう。

ともかく僕が言いたかったのは転校生が無条件にちやほやされるということではなく、僕の前に来たのは――

「久しぶり、紫音くん!」

同級生にしてはやや小さめの体躯に童顔の女子生徒。下手をすると中学生だと見間違えてしまいそうだ。とはいえ、身長は並みより少し低いくらいだろう。単にその童顔の為に幼く見えてしまうだけのような気がする。

その女子生徒は可愛らしさあふれるソプラノボイスで、やたら親しげに話しかけてきた。

……この顔を見て、思い当たる名前は、ある。あるけど……

「えっと……草場…?」

僕の言葉を聞いて、その女子生徒は満足げに頷いた。

「覚えててくれたんだね。嬉しいなー♪」

「………」

草場霞くさば かすみ

10年前、小学一年の頃の同級生。だけど、僕が持ってる当時の印象とはだいぶ違う。

顔とかは所々昔の面影を残してはいるが、でも昔の僕に対する態度はもっと苛烈なものだった。

自称『紫音くんのライバル』。まぁ、僕の方にはそのつもりは全然なかったのだけれど、彼女の方はその自称の通り、ことあるごとに僕に対立してきたのだ。

 具体的には、給食にて、残った牛乳を誰が取るのかを決めるじゃんけんに僕が出た時には、牛乳が嫌いなはずなのにじゃんけんに出てきたり(結果、勝って泣きながら苦しそうに飲んでいた)、鬼ごっこでは僕を狙うが為にわざと鬼になったりなどなど……一つ一つ思い出していたらキリがないので割愛する。

そんな印象しかなかったから、今の目の前にいる草場には戸惑いしか生まれない。

「苗字が変わってたから、前にここで住んでたって聞くまで確信持てなかったよー」

「あー、まぁ、色々あったからねぇ」

前にここに住んでた頃の苗字は平城ひらき。さらに母さんが再婚するまでの苗字は国崎くにさきだった。…こうして見ると、こんなに苗字が変わる人っていうのは結構珍しい。

ここに至って、もしかしたらさっき先生から紹介された時にすみれが胡乱気な視線を向けてきたのは、昔と苗字が変わっていたからかもしれないと気付いた。

「あ…もしかして、デリケートな話…?」

不安そうに草場が尋ねてくる。

うーん……、ことごとく、昔のイメージと違う態度を取るなぁ。

「いや、そんなことないよ。単に親が離婚したり再婚したりってしただけだから」

「デリケートじゃん!」

思わず、と言った風情で草場はツッコむ。ツッコんでからまた「しまった」という顔になった。昔の印象とはかなり違うけど……もしかしたら当時から結構いい奴だったのかもしれない。

そんな『いい奴かもしれない』人にそんな顔をさせておくのは忍びない。

「や、ホントに大したことじゃないんだよ。前の父さんのことはほとんど覚えてないし、今の家族仲は結構いいし。周りが気にするほどデリケートな問題じゃないよ」

「そ、そうなの?」

戸惑いながらもわずかにホッとしたような声で聞いてくる草場。

「そ。だから気にしないこと」

「…うん、わかった」

草場はそう言って、

「ありがとね」

と、柔らかく笑った。

「………」

やべ、こんなに草場って可愛くなってたんだ。

少し照れくさくなって視線を逸らしながら、今度は草場にも聞く。

「草場も、随分変わったね。昔は僕に突っかかって来てばっかりだったじゃん」

「あー、あれねー……」

昔のことを思い出しているのだろう、どこか遠い目をして呟く。

そして僕に視線を戻して、とっておきのヒミツを教える時の悪戯っぽいような照れ笑いのような笑顔を浮かべた草場は、

「実はね……、私あの頃、紫音くんのことが好きだったんだよ?」

「…………」

フリーズ。

「…………」

そして再起動。

「…はい?」

「だからね、あの頃私――」

「いや待って! 言わなくていい、恥ずかしいから!」

聞こえていたさ。聞こえていたけど無意識のうちに脳が受け入れを拒否していただけだ。

「あ、そう?」

草場は悪戯っぽく舌を出す。

なんだ、その仕草で今のが本当か嘘か、一気に判別が難しくなったぞ。

その僕の内心を見破ったのか、言葉を重ねる。

「ホントだよ。私の初恋。この私の初恋の相手なんて、光栄に思うがいいわっ」

「何のキャラだ……」

「私なりの照れ隠し」

「………」

そういうことを言わないで。恥ずかしくなってくるから。

そうしているとチャイムが鳴り、草場は僕に「じゃあまた後でね」と言った後、席に戻っていった。

………まさか、草場が僕のことを好きだったとは。

むぅ。まだちょっとドキドキしてるよ。

そんな僕の内心の葛藤など関係ナシに、田道先生が教室の扉を開いた。


…そういえば。

さっきの休み時間、すみれの姿がなかったけれど、どこにいたのだろう?


今日は始業式なので授業はなく、これからすることと言えば、あと二時間後に開かれる入学式の準備をするだけ。それも、体育館の壁に紅白の布が張られたり幕が入学式仕様だったりするのは事前に先生たちがやってたみたいで、僕等がしたことはと言えば体育館の床にマットを敷いてパイプ椅子を並べるくらい。それだけすると今日は解散で、上級生は各自下校。

だけどその準備が終わった今、僕は体育館のパイプ椅子に座っている。

「………」

……保護者席に。

何せ今からの入学式、ウチの親は出席出来ない。だというのに母さんは「由里ちゃんの晴れ舞台なんだから、ちゃんと写真に収めなさいよー」と言ってきたのだ。まぁ仮にそれがなかったとしても、せっかくの由里の入学式に保護者の1人も来ないんじゃちょい可哀想、というのもあって僕は出ただろうけれど。

それにしても周囲の目が気になる…!

学生服でこの場にいる僕なんて、異物以外の何物でもないだろうしなぁ。

そんな不安な気持ちでキョロキョロしていると、教師陣の椅子の近くに葵さんが座っているのを見つけた。目が合い、微笑みながら手を振ってくれる。僕の方は手を振り返す訳にもいかず会釈だけ。

すると、葵さんの隣に座っていた女子生徒が葵さんに何かを話しかけていた。まぁ、察するにあそこは生徒会役員の一画。それも会長、副会長などの主要な人しか出てこないだろうから、あの女子生徒は会長さんとか書記長とかだろう。外見は芸能人、とまではいかないまでもなかなかの美人。目が大きく、その目がどこか悪戯っ子のような雰囲気を醸し出している人だった。

やがて体育館の照明が落とされ、吹奏楽部の演奏が始まる。

曲名は…聞いたことはあるけど分からない。けど、入場でよくかかるマーチ調の曲なのは分かる。音楽なんてJポップくらいしか聴かないからこの演奏の良し悪しは僕には不明瞭だけどかなり上手いんじゃないかなー。

そして体育館の入口が開け放たれ、新入生の行進が始まる。

まず担任の先生、そして2列に並んだ生徒達が、A組から順番に歩いてくる。それと同時に、保護者たちが立ち上がってカメラを構え始めた。僕もそれに倣って立ち上がり、持ってきた小さめのデジタルカメラを構える。

そういえば由里は何組なんだろうか。室内は暗いし、もしかしたら見逃してしまうかもしれない。

「んー……」

僕が小さく唸っていると、後ろから

「来たぞ」

声が聞こえた。最初は僕に言ってるとは気付かなかったけど、どうにもその声が聞いたことがあるような気がして、さりげなく振り返ると

「す、すみれっ!?」

抑えたとはいえ、驚いて大きな声が出てしまう。途端に周りから白い目を向けられる。会釈でそれらに謝りつつ、もう一度後ろに目を向ける。

「なんでいんの…?」

するとすみれはぷい、と視線を逸らしつつ

「別にいいだろ。お前が残ってるから何があんのかと思っただけだよ」

とぶっきらぼうに言ってきた。

「……人には、『俺の前に出てくんな』とか言ったくせに」

ちょっとした意趣返しのつもりで言ってみる。

すると少し怒ったような声が。

「しょうがねえだろ。まさかこっちに引っ越してきたとは思わなかったんだから。それでクラスまで一緒になったら…もうそれは撤回するしかねえだろ」

ふむ…。こうして話していると、どうやら完全に嫌われてるわけではなさそうな雰囲気だ。

「それよりいいのか? お前の目当てが歩いてるぞ」

「へ?」

と間抜けな声が口から漏れ、体育館の入口から続くレッドカーペットに視線を走らせる。

すると珍しくも緊張した面持ちの由里が列の真ん中らへんを歩いているのが見えた。

「わ、まずいっ」

もうすぐでここを通り過ぎてしまう。そうしたら後は後ろ姿しか撮れないじゃないかっ!

僕は慌ててデジカメを構えなおし、パチリと一枚。

ふぅ…なんとか顔がしっかり見える角度で撮れた…。……気のせいかアイツ、僕がカメラを向けた瞬間にきっちりカメラ目線を向けていった気がするけど。

「ありがと、すみれ」

「……別に」

どこのエリカ様ですか?

や、それはともかくとして、すみれの機嫌がさっきにも増してかなり悪い――というか、悪くなった気がする。

どうしたものか。

「…………」

とりあえず、話題を逸らすか!

「でもすみれ、なんで僕が撮ろうとしてた相手分かったの?」

「…この前、一緒に歩いてんの見た。で、ソイツが歩いてるの見えたから、あれが目的か、って思っただけ」

おや? ますます機嫌が悪くなった。話題のチョイスミスったか。

でも今更話題を変えるわけにもいかず、そのまま続ける。

「そっか。そういえばこの前道ですれ違ったんだよね」

すると小さく「気付いてたのかよ…」と呟くのが聞こえ、次いで

「随分、仲良さそうだったじゃねえか」

「まぁ、妹だからね。仲は結構いいと思うよ」

「そうか。お幸せに――って……いもうと…?」

きょとん、とした声で、今までの不機嫌なオーラが一気に霧散して聞いてくる。

「そういえば、まだ話してなかったっけ。アレ、僕の妹の由里」

「ウソ!」

そして今度はすみれが周りから白い目を向けられる番だった。それにすみれは会釈で謝り、

「だって昔、妹なんていなかっただろ?」

「や、だから母さんの再婚相手の連れ子」

「待て。…再婚…?」

あ、そうかそこからか。

そういえば昔ここを離れる時も、親の離婚で引っ越すとは話してなかった気がする。

けれど説明するにはちょっと周りに迷惑か。

「これの後で、ちゃんと説明するよ」

すみれと話してる間に入場は終わり、校長の面白くもない話が始まっていた。


「10年前にここを離れた時の理由は、親の離婚だったんだよ」

学校からの帰り道、満開の桜の並木道をすみれと並んで歩きながら説明をする。

由里は入学式の後でクラスに行かなきゃいけないみたいなので、ここにはいない。いたらいたでめんどくさいからいいんだけど。

「で、母さんに引き取られて、その先で母さんが再婚して、由里が妹になりましたとさ」

だいぶはしょった説明だったけど、状況を伝えるには充分だっただろう。一応すみれには伝わったらしい。

「そっか。……大変だったんだな」

むぅ、草場にしろすみれにしろ、みんな似たような反応するなぁ。

「特に大変でもなかったんだよ、強がりとかでもなんでもなくて。父さんのことはほとんど覚えてないし、新しい義父さんと由里との関係も普通にいいし」

「そっか…。ごめん、俺てっきりあの子が――」

「由里が?」

聞き返すと一気に耳元まですみれはカーッと頭を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「ッ! なんでもねえよっ!」

心なしか歩調を速めだした。なんとか足を早く動かしてすみれに並ぶ。

「ちょ、すみれー」

「あと、もう『すみれ』なんて女の子女の子した名前で呼ぶなよ」

「……なんで?」

そう言うと、僕のことを横目でチラリと見て、話を続ける。

「なんでって、こんな男っぽい奴には似合わないだろ」

「…気にしすぎじゃない?」

僕の名前、紫音だって女の子にもありそうな名前だし、その上よく言われることだけど僕は全体的に線が細い。外見と名前にコンプレックスがあるのは僕だって一緒だ。でもそんなの一々気にしてても仕方ないことだと思う。

「僕は『すみれ』って名前、綺麗だし好きだよ」

「っ!」

少し驚いたように肩をビクっ、とさせたすみれは、これ以上赤くなりようがないと思われていたその顔をさらに赤くし……

その次の瞬間には、走り出していた。

「すみれ?」

慌てて呼びかけるも、すみれは止まらない。

「うっせぇバーカ!」

代わりにこんな言葉が飛んでくる始末だ。むぅ、機嫌を損ねてしまったらしい。

「白河ーっ」

仕方ないので、苗字を呼ぶ。

……と、走っていたすみれがピタ、と立ち止まった。

そして振り返る。

「………いいよ」

あまりにも小さい声で聞こえない…。

「え…?」

「ッ! すみれでいいっつってんだよっ! 何度も言わせんなバカっ」

それだけを捨て台詞に、今度こそ本当にすみれは走り去って行った。

「…………」

うーん…。どうにもすみれの怒りの沸点が分からないなぁ。

まぁともかく。

どうやら思ったよりは、すみれに嫌われてないみたいだ。

いかがでしたでしょうか。

この作品で少しでも皆さんの時間に彩りを添えることができたなら幸いです。


ここまでお読みいただいた方、ありがとうございます。

読んだ感想など送ってくださいますととてもうれしく思います。


前回のあとがきにて、段落空けがきちんと出来ていない、という旨を書いたと思いますが、どうやら一応見にくいですがこれでも一つ分の段落は空いてるっぽいので、引き続きこの形で投稿を続けていきます。


どうしても見にくいから直してくれ、という方いらっしゃいましたら意見ください。


さて、あとがきであれこれ語るのも野暮だと思いますので、この場はこの辺で…


また次のお話でお会いしましょう。

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