Ep01:鏡の中で彼は彼女となり、歯車は動き始める
この作品には
・性転換(微量)
・残酷な描写(殺し合い)
などの要素が含まれています。ご注意ください。
鏡は左右反転にした自分を映し出す道具。
故に、その中に入れば何かを反転するのは道理。
そして、歯車は回りだす。誰もが気づかないうちに、何もが動き出す。
自らもまた、その一つである事に、気がつかないまま――
「――どうして、帰ってこないの?」
少年は言った。その言葉に、両親は何も答えない。その沈黙が刃となり、少年の心に突き刺さる。その事に、両親は気づかずに黙ったまま。少年も、自らの心が壊れ始めている事に気がつかない。
「ねぇ、なんで?」
どうして、という言葉を発しているが、少年には理解できていた。――だが、どうしてもその事実だけは認識したくなかった。それを認識してしまえば、自らの心に止めを刺してしまうと無意識に感じていたから。
そして、両親はそれを知らなかった。少年の言っていた事をきちんと受け止めなかった。――否、理解できていなかった。
――だからこそ、ズレが生じる。
以後、少年は自らのズレに気づかないままに過ごすこととなる。いずれ、少年はこの事も忘れ、普通に暮らすようになるのだが、ズレてしまったものを――壊れてしまったものを元通りにする事はできない。直したとしても、修理の跡が残り、元通りにはならないのだ。
――確かに、この時、少年にとっての歯車は動き始めた。
この歯車はやがて止まる。錆びた歯車は互いに停止へと向かい、その動きを止めてしまう。
だが、もしも、手入れされ、その歯車が再び動き始めることがあったのなら。
――物語は止まらない――
鏡の中の魔法少女
Chapter01<Prologue>
Ep01:鏡の中で彼は彼女となり、歯車は動き始める
二○一二年八月七日。午前八時十五分。
日本、K県K市、K駅近辺にて。
少女が空を翔んでいた。鈍色の籠手や鎧を身につけ、漆黒のロングスカートがひらひらと揺れる。黒いというよりも玄いと言わなければならないほどに漆黒の髪の毛は肩につくくらいに切り揃えられ、前髪は切り揃えられてはいないが、目に入るか入らないくらいだ。
その適当さからか、どことなく男勝りな印象を相手に抱かせる凛とした顔は、美少女のようにも美少年のようにも思わせる。女子校に通えば周囲の生徒から注目されるタイプの美少女とも表現できるだろう。
そんな少女の飛翔する速度はあっという間に常人では耐えられない領域に達した。
少なくとも、人類がその速度を出そうとすれば、文明の利器――新幹線やリニアモーターカー、あるいは航空機などの高速な交通手段――に頼らざるを得ず、また、生身でそんな速度をだそうものなら人体が真っ先に潰れるであろう、そんな速度。
それを生身で達成しつつ、自由自在に、縦横無尽に空という戦場を飛び回り、眼下に在る少女の敵――この世界には存在しないはずの地を這い街を蹂躙しているナニカ――を見下ろし、それとの距離を一気につめる。
元々常識外れだったその速度が、更に常識から外れてゆく。
そんななか彼女の視界の隅に移る街並みは、普通と少し違っていた。
看板の文字はまるで鏡に撮されたかのように左右反転しており、字を読むのは困難となっていた。また、朝のこの街は都市部に近いこともあって人が多いはずなのだが、どうも人影が見えない。
知っている人がこの景色を見たら、違和感を覚えることは間違いない。だが、それは、今ここでナニカと戦闘をしている少女のみだった。
そんな景色を視界の隅に捉えつつ、また更に速度を上げてトップスピードを叩き出す。それほどのスピードを叩き出すと、相手の攻撃は最早存在しないのと同義。
ナニカは少女を撃墜しようとどことなく有害そうな物質を生成し、それを少女に向けて放射するのだが、そこに放射した時にはすでに少女はそれよりも先に進み、ナニカの懐へと入っていた。
「追い続け爆ぜる雷」
幼さと艷やかさを兼ね備えたアルトボイスで少女がそう言うと、少女の周囲に二つほどの金色に輝く小球が現れ、それは自然落下する。
その様を少女は見ずにナニカの懐をそのまま通り過ぎる。ナニカは鈍重そうな見た目とは裏腹に素早い動きでその小球を回避しようとする。
しかし、その小球はその動きに追従し、少し方向転換する。そして、それによって、ナニカはその小球――否、小球状の雷撃をまともに被弾し、その形状を歪め、その動きが見た目通りに鈍重となる。
そして、それを確認した少女はそのまま上昇し、その後で上下を反転――インメルマンターンを行い、再びナニカの懐に潜り込み、右手に持っていた長槍――その名を“空を支配する雷の長槍”と呼ばれる、空を制する者が持つ最強の矛を両手で持ち直し、構える。
空を制する長槍を所持する彼女こそが、この戦いに於ける支配者であり、勝利をほぼ手中にしていた。
後は、止めをさすのみ。
「――これで決めるぞ」
少女はそう呟くと、彼女は長槍をそのままナニカに突き刺す。
ナニカの動きは鈍重。
故に、この距離であれば、この一撃は必中。
そして、この戦いを制するものの一撃は即ち必殺。
一撃必中であり一撃必殺という二面性を持つ一撃が、今、放たれる――
「――“空を支配する雷の長槍”ァァァッ!」
これが、止めとなる。
ナニカに長槍が突き刺さり、そこから紫電が迸る。そして、それが周囲へと漏れ始める。
それと同時にナニカを紫電が包み込み、そのままナニカを焼いてゆく。
そして、光が周囲を覆い尽くし、それが消え去った時には、ナニカも姿を消していた。
文字通りの一撃必殺。
必中であり必殺という一撃で、勝負を決めたのだ。
ナニカが消滅すると、そこから小さな球状の物体が現れた。
それが突き出したままになっていた長槍に吸収されてゆき、長槍の輝きが先程よりも増したのを確認したあとで、長槍を左手に持ち直し、少女は右手首に目をやった。
そこには、猛禽類の紋章の入った籠手があった。そして、少女はそれに向かって話しかける。
「……これで終わりでいいんだろ、“ラプター”」
『うん、これでいいよユウキ。大分、慣れてきたね』
独り言のようにも見えたが、返答があった。籠手に入っている猛禽類の紋章がチカチカと光りつつ、鈴の音のようなソプラノボイスが、少女の耳に返ってくる。
そんな返答を寄越した声の主は通称“ラプター”。空を支配する存在をモチーフとしたこの世には本来ならば存在し得ない神聖な存在。
現在は、彼女のイメージに近い猛禽類の紋章に身を宿している。そして、そんな彼女が少女に力を貸している。だからこそ、少女は先ほどのような戦いをして、ナニカを倒す事ができたのだ。
「……まあな。この身体には慣れないってのを除けば、戦闘には大分慣れたさ」
『ごめん。私がこの世で顕現できればこんなことにならなかったのに……』
彼女は力のない声でそう言った。
“ラプター”は元々、空を支配する存在であり、そもそも本来であれば少女ではなく彼女自身がナニカと戦闘を行い、その高い実力であっという間に勝負を決める事ができたはずだった。
しかし、今の彼女には本来の力を出す事ができず、誰かに憑依し、その誰かが彼女の力を行使する、という形でしかナニカを処理できないという状況になってしまった――と、少女は聞いていた。
「別にいいさ……どうせ俺は日常に飽き飽きしてたんだからな。この体だって、“鏡の中”でだけだろ?」
と少女は言いつつ、左手に持った長槍を前方に向けながら、適当なところに着地する。
そして、「帰還」と呟くと、世界は左右反転した――否、左右反転していた世界が元に戻った。それと同時に、世界に人々が戻ってくる。
それと同時に、少女の身体が変わってゆく。まずは身につけていた衣装のうち、スカートはズボンになってゆき、鎧や籠手、長槍は霧消しつつ半袖のシャツと上着へと変化してゆく。
そして、小柄な少女は徐々にその身体を大きくしつつ、そして滑らかな曲線で凹凸を作り出していた身体は直線的になってゆき、髪の毛は短くなる。鎧の中に控えめ存在していた双丘も、胸板へと変わる。――そして、変化が終わった頃には――否、鏡の中から抜け出し、元の姿に戻った時には、その身体は少女ではなく、少年のものとなっていた。
「……これでもと通り。日常生活じゃ今まで通りでいれるんだから、問題ないって」
そう言って、口元をにやりと少し歪ませたのは、先ほどまで――鏡の中――では少女であった、ユウキ――茂北悠希。K市にある公立高校に通う男子高校生。人並みに真面目で不真面目。学力は科目によって得意不得意こそあれど平均より少し上、体力は運動部に所属する同年代の男子生徒の平均程度――つまり、同年代の男子生徒の平均より少し上。そんな、どこにでもいる高校男子の一人だ。
せいぜい、若干中性的なその顔と、校則違反ギリギリの男子にしては長い黒髪が彼の個性を作っていた。
『とは言っても、鏡の中で死んだら、こっちでも死ぬんだよ?』
「それも問題無い。どうせ、こっちには刺激がないんだしな。そんなだから、別にあっちで死ぬことに恐怖はない。寧ろ、ずっとあっちにいたいかもしれない。……身体がこのままであれば、だけどさ」
『でも、〝鏡界”は反転するから無理だよ、それは……』
鏡の中――〝鏡界”とは、先ほどのナニカが現れる世界である。また、本来の世界と違って全てのものが左右反転した、この世から少し外れた世界。そんな世界に本来ならば一般人である悠希は入ることができない。しかし、“ラプター”の寄り代となれる彼は、性別を反転させる事によって――特殊な少女、所謂“魔法少女”とも言える少女の身体になる事によって、鏡の中に入り、ナニカを駆除する事ができるのだ。
“ラプター”の仕事は本来ならば〝鏡界”よりも先の世界にいるナニカによる、この世への進行を阻止するために、〝鏡界”にてナニカを駆除し、その際に現れる球状のものを改修する事である。本来の力を発揮できない彼女には、こうして誰かの力――この場合は悠希の力を借りることでしか、その役割を果たせない――と、それが真実か否かを判断するすべを、彼は持ち合わせていないものの、悠希はそう聞いていた。
「そっか。でもいいさ。アレがこっちに来たら俺たちも危ないんだろ?」
『そうだね。だから私が派遣されたんだけど――本当にごめん』
「だから気にするなって“ラプター”。そんなのは何度も聞いてる」
悠希は彼女の謝罪にそう返し、歩き始める。ナニカの駆除のために朝早くから外出したはいいものの、特に他に用事があるわけでもない以上、何をするかすら何も決まっていない。今すぐ帰宅するにも、〝鏡界”での時間の流れは悠希にとっての現実世界とは違い、そんなに時間が経っていない。自宅を出てまだ十五分も経っていないというのに、家に帰るというのも、彼は微妙と思い、街を歩くことにした。自分で守りきった、街を。
茂北悠希は別に、元からこのような生活を送っていたわけではない。一般的な学生と同様に学校に行き、学び、帰宅する。基本的にはそのような生活を毎日送る。人よってはそこに部活動だとかそういったものが入るのだが、彼にはなかった。彼にはやりたい事がなかったのだ。せいぜい、家でネットサーフィンをするか、テレビゲームを極める事くらいしか、彼の興味の内になかった。そんな彼にとって、部活動などただの時間の浪費でしかなく、また、そのような状況であるがために、そのうちネットサーフィンやテレビゲームも飽き始めてしまったのだ。いくら好きなものだとしても、毎日そのような生活であるのなら、飽きるのは必然だった。そんな彼は、刺激を求めていた。そんな中で彼が出会ったのが、“ラプター”だったのだ。
「それにしても、最近、体調が優れないんだよな。寝不足だからか?」
『そうかもしれない。鏡の中にいる分、起きている時間が若干伸びていると考えていいから』
「そういやそうだったっけな。あの中tって時間の流れが速いんだよな?」
『うん。どういう原理なのか、というのを説明してと言われても、君には理解できない概念でしか表現できないから、君が理解できなくてもいいという条件付きでなら説明してもいいけど、それって説明とは言わないよね?』
「まぁな。つか、そんな説明は眠くなる授業と同じだぞ」
『……それもそれで問題だと思うけど、ユウキ』
「いーんだよ、別に。どーせ、俺は飽きちゃってるんだからな。……ホント、どーしよーもない」
悠希は軽い感じでそう言った。だが、彼女――“ラプター”には、どことなくその言葉に重みを感じていた。だが、籠手に刻まれた紋章――今ではただのリストバンドの模様である彼女には、彼の言葉を聞き取ることはできても、その顔までは見る事ができなかった。科学ではなく魔術や霊的なもの――要はオカルトの力に分類される彼女らの力を以てしても、その状況では悠希が本当は何を考えているのか、どんな表情をしているのかを“ラプター”には知る事はできなかった。そして、その逆もまた然りだった。“ラプター”の表情というものを悠希は見る事ができない。そうなっている以上、どんな表情をしているのか、どういった感情なのかを完璧に把握する事など、できるわけがないのだ。
――だからこそ、この契約は成立する。
それを知っている“ラプター”は悩んだ。教えるべきなのかと。だが、知ったところで無意味だと気づき、悠希には何も言わないことにした。願わくば、その真実に気づく事がないまま、この仕事が終わってくれれば、と。
――後に、彼女は知ることとなる。彼女の知っている以上に、現実は無情である事を。
その事を、彼と彼女は、まだ知らない――
「さて、と。今日は帰るとするか」
『そうですね、ユウキ』
だからこそ、彼らはこうして日々を過ごしている。そんな日々が崩れるまで、そう時間がかからない。
その事に、彼らは気づくべきだった。でも、気づいたところでもう遅いのだ。
――既に歯車は動き出し、賽は投げられているのだから。
To be continued......
見切り発車ですが、投稿してみました。戦闘シーンに自信がなさすぎです。
どうも、YBFです。普段は二次創作や野球小説を書く合間に本業の一次創作を執筆している大学生(2012.8.22現在)です。だいたいそんな感じ。
大まかなプロットしか立てていないので、今後の展開が最初のプロットからどんどん離れていく可能性が捨てきれないのが怖いところ。
そうなると、更新間隔とか怪しくなりそうです。……目標は年内完結、ってところでしょうか。全20話を想定しています。長編というか中編くらいですかね。
とりあえず、今回はこの辺で。
では。
2012.8.22 一部修正