君に、伝えたい
それはいつも、大体同じ時間。
お前の集中力は、まるでタイマーか何かが付いているかのように、ある時突然切れる。
そしてすっかり宿題をする気が無くなったお前は、眠気覚ましにとか何とか理由を付けて、机に背を向けるんだよな。
で、俺を巻き込んでくるんだ。
「今日の宿題多すぎじゃね? あの髭面、マジうぜぇ」
『あははっ。ほんと、優吾はあの先生嫌いだよね』
「俺ばっか当てやがって。恨みがあるとしか思えねぇし」
むすっとした顔は、どこかあどけない。
普段はどちらかと言えばカッコイイ方だけど、こういう時ばかりは歳相応だなぁなんて思ってしまう。
「つか……もうすっかり秋だな。さみぃ」
『そうだね。紅葉が綺麗だ』
「まぁナツは暑がりだから、嬉しいだろうけど。俺はやっぱ、冬より夏のが好きだからなぁ」
『知ってるって。夏の方が、何か気合い入るんでしょ?』
俺は夏明なんて名前なのに、冬の方が好きだった。
それを良く知る優吾は、この季節がやってくる度に、いつも同じような事を俺に言ってくる。
窓の外に見える並木道は、いつの間にやら赤や黄色に染まっていた。
そんな様子を見て、また季節が巡ったんだなぁと実感する。
また……今年も、秋がやってきた。
「一緒に夏祭り行ったのが、昨日の事みてぇだな」
『……ん』
「高一にもなって、よく迷子になれたもんだよ。忘れらんねぇ」
『そこは忘れてよ』
思わずそう言ったけれど、優吾は少し笑っただけだった。
「もう、あれから一年も経ったんだな」
『そうだね……』
ヒグラシが鳴く声。
毎年変わらず、賑わう神社。
無数の屋台、行き交う人々。
――昨年俺たちは、初めて浴衣を着て、初めて二人だけで夏祭りへ行った。
何故なら、“幼馴染み”という関係から……
“恋人”という関係に、変わった年だったから。
男同士だし、と互いに一度は諦めていた恋。
それが実った瞬間は、本当に夢なんじゃないかと思った。
あの日は、ほぼ10分置きに逆ナンされて大変だったよね。
それなりに女の子ウケする俺と優吾が、二人だけで歩いていたもんだから。
それで優吾は、だんだん不機嫌になるし。
俺は下駄が擦れて、歩くのが辛くなってくるし。
挙げ句の果てには、俺が一瞬しゃがんでいる間に優吾はいなくなっちゃうし。
初めての夏祭りは、散々だった。
「俺が見付けてやった時、お前イイ歳してボロボロ泣いてさぁ」
『だって、すげぇ不安になったんだよ。もう、帰られたかとか思って……』
「つか、携帯忘れて人混みん中行くとかチャレンジャーだよな。方向音痴なくせに」
そう。家が隣だから、あの日は優吾に迎えに来てもらったんだ。
最初から二人一緒だったし、俺は優吾といる時、優吾の事ばっかり見てたから。
携帯を机に置き忘れただなんて、全然気付かなかった。
「まぁ、そのお陰で……出来たんだけどな」
『……』
泣き止まない俺の手を引いて、ひと気の無い林道へと入った優吾。
遠くに祭囃子の音を聞きながら、優吾はぎゅっと抱き締めてくれた。
それが、すっげぇ温かくて。
俺はその時、もっと泣いてしまった。
で、困った優吾は――
泣くなって。
そう一言言って、キスをしてくれたんだ。
それが、初めてのキス。
お互いファーストキスではなかったけど、すっごい緊張しちゃって。
やたらと余裕の無い優吾を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
優吾はそんな俺に怒りつつも、泣き止んで良かったって笑って……帰り道は、こっそり手を繋いで歩いた。
確かにあの時、俺たちはちゃんと恋人同士だったよね。
「なぁ、ナツ」
『……』
「もう、一年が経つな」
『……うん』
「お前は今、幸せか?」
『……』
「あの時は、幸せだったか?」
――それなら、即答出来る。
『すっごく、幸せだったよ』
「……なぁ、ナツ」
『なぁに、優吾』
「たまには……」
『うん?』
「たまには……返事、してくれよ」
『……』
「俺さぁ」
『……』
「……お前の声、忘れちまいそうなんだよ」
『……』
「あんなに、毎日一緒にいたのに」
『……優吾』
「あんなに……っ、好き、だったのに」
優吾の瞳が、揺れて。
俺の心も、震えた。
伸ばした指先は、確かに優吾の頬に触れる。
だけど――届かない。
「なぁ、ナツ……」
『……』
「好きだよ」
『……ダメだよ、優吾』
「今でも、愛してる」
『優吾……泣かないで』
こうして涙を流す優吾を見るのは、これで何度目だろう。
夏祭りの思い出も、まだほとんど色褪せていなかった昨年の秋――今と同じように紅葉が綺麗だった頃。
俺は突然、優吾の元を去らなければならなかった。
この恋人を置いて、さよならも言えずに。
「ナツ……会いてぇよ……っ」
だから、俺は決めたんだ。
俺がまだ、ここにいるから……きっと、優吾は俺を忘れられない。
だから――
『優吾、俺の声を聞いて』
「ナツ……ナツっ」
『俺も、今でも愛してる』
「う……っく……」
『だから、待ってるよ』
優吾が俺の分まで、沢山人生を楽しんで。
沢山笑って、戦って、幸せになって、生き抜いて。
そして最後に来る場所で、俺は待ってる。
そしたら、今度は。
「ナツ……、生まれ変わったらっ……また、出逢ってくれるか?」
自分の願いが、優吾の声で聞こえてきて。
俺は思わず、目を見開いた。
『ゆう……』
「絶対、絶対見付けるから」
『――っ』
「お前の事……、絶対に見付けるから」
あれから一度も、感じなかった体温。
どんなに胸を焦がしても、流れなかった涙。
『あ……』
ポロポロと零れたのは、紛れもなく俺の涙だ。
カーペットに染みは出来ないけれど、確かに溢れたもの。
『ゆう……優吾……っ』
たまらず、ぎゅっと優吾に抱きついた。
何故だろう。身体が、酷く熱い。
いつもより、優吾が輝いているように見える。
誰より強くて、優しかった恋人。
沢山笑い合った、大好きだった恋人。
俺に、幸せを教えてくれた人。
「あれ……何だ?」
窓から入り込んだ秋風に、不自然に混じった微かな香りは、俺の最後の仕業。
俺が好きだったこの香りを、優吾は覚えているだろうか。
いつになってもちっぽけな俺は、このくらいのサインしか送れなかったけれど。
君に、伝わるといいな――
「金木犀……? ……っナツ?!」
fin.
――そして、想いは時を超えて。
なんて願いを込めつつ、書きました。
愛は、時をも超えられる気がします。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました!