おかえり
「そもそも、わたくしの身体がこんなに脆いのはお兄様のせいですのよ」
そう言って拗ねた顔をして見せるリノは、やがてその表情を保つのが難しいのかまた満面の笑みに戻った。
「一番濃く血を受け継いでいるお兄様が戻るまでなんとか命を繋げようと"白ネコ族"のみんなを食べましたのに、お兄様はちっとも戻ってきてくださらないんですもの。お兄様の血なしにあれほどの死体を操るのは大変でしたのよ?」
リノは手に抱えた自分の頭をまた身体の上に乗せた。すると、みるみる傷口が消えて首は繋がった。
「やっとお兄様の血が手に入って安心かと思ったら全然足りませんでしたもの。あらかじめ戦争の準備をしていて正解でしたわ。全ての部族の長から血をいただいて、あれほど大量の死体を操るのもだいぶ楽になりましたわ」
そこで何がおかしいのかリノはくすりと笑った。
「それじゃあ、今生きているように見える"白ネコ族"のみんなは既にもう死んでいるというの?」
「そうですわね。リアお兄様以外はいくら食べても満たされなくて吸い尽くしてしまいましたもの。生き残っているはずがありませんわ」
つまり、"白ネコ族"はリアを残して絶滅したというのか。
「お兄様はわたくしのためにたくさんの血をくださいましたもの。わたくしのためなら何でもしてくださるのでしょう?」
ニコニコと笑いながらリノは手を組み、夢を見るようにうっとりと言った。
「ようやくわたくしの身体は丈夫で完璧なものになるのですわ。そのためにはお兄様、お兄様の命をくださいまし」
「駄目よ!」
リアに向かって再び手を伸ばしたリノの前に立ち塞がるように私は身体を割り込ませた。
「他人の命を犠牲にして自分だけ生き残ったって何にもならないわ。そんなの虚しすぎる」
リノを正面から睨みつける。
私の言葉を受けたリノの顔からその愛らしい表情が徐々に消えていった。
「あなたに、……丈夫な体をもつあなたにわたくしの何が分かるっていうのよ!!」
愛らしい笑顔から一転、般若のような表情を浮かべた少女からおぞましい気が溢れだす。
「わたくしは小さいころから外に出ることも許されず、唯一遊び相手となれるはずだったお兄様と引き離され、命が消えていくのを日々感じるしかなかったのよ! そんなのもういや!!」
吐きだされる言葉が激しくなっていくのにつれて、溢れだすおぞましい気も増していく。
正面に立ってもろに気を浴びている私の足は早くも震えだしている。
「そうですわ。全て健康な身体を独り占めしているあなたのような存在が悪いのだわ。幸い、あなたも族長の家系でそれなりの力を持っているのでしょう? その力をわたくしにくださいな」
おぞましい気はそのままに、再びリノに愛らしい笑顔が戻る。しかしそれはもうどんなに見た目は愛らしくとも狂人の笑みにしか見えなかった。
「あなたが言うようになにもお兄様の命をいただかなくてもいいのですわ。そうすればずっとわたくしはお兄様と一緒に居られるんですもの」
自分の思いつきに酔いしれるかのように、リノはうっとりと目をつぶった。
そしてリノがその目を開けた時、私は自分の意志ではまったく動けなくなっていた。
「何、これ」
「死人を操るのと同じような力ですわ。生者には少々効き目が薄いのですが、足止めくらいなら十分ですの。さあ、痛みなどないようにして差し上げますので少しじっとしていてくださいね」
リノ手が伸ばされる。
ああ、ここで死ぬのだろうか。
ただ、何も出来ずに死んで行くのが悔しかった。
「勝手に諦めないでください!」
あと少しでリノの手が触れるという時、後ろから強い力が私を引っ張った。
リノの目が驚きで見開かれるのと同時に、私の手足に意思が戻った。
「リ、ア……?」
振り返ると、目の前には目に涙を浮かべたリアがいた。やっと、戻ってきた。
「お帰りなさい、リア」
「……ただいま、です」
そのままリアは私に抱きつくとしばらくそのまま動かなかった。
「……どうして、どうしてですの? お兄様だけはわたくしの味方だと思っていましたのに」
小さく呟く声が聞こえて視線を上げると、そこには身体を震わせてうずくまるリノがいた。
「いや、いやよ。また独りになるのは。いや、いや!!!」
リノが叫び声を上げると、どこからかつるが這ってきて、まるで根を張るようにリノの体に絡みついた。
「……一体何なの?」
私たちの前にはいや、いや、とうわごとを繰り返す、もはや植物と化したリノがいた。