正体
少々残酷描写が入ります。
苦手な方はご注意ください。
「リノ……?」
その声にはじかれたように振り返ると、そこには真っ白なよく見知った少年が立っていた。
その瞳に私たちは映っていない。ただその先にいる少女を見つめていた。
「ああ、お兄様。やっと来てくださいましたのね」
先程の無表情が嘘であったかのようにまた愛らしい笑みを浮かべると、リノは立ち上がった。そしてそのまま両手を広げた。
「お兄様、ありがとうございます。わたくし、こんなに動けるようになりましたのよ」
そう言ってくるりと1回転してみせた。夜風にひらりとスカートの裾が舞った。
リノのそんな様子を見たリアは安心したように微笑むと、私たちには目もくれずにリノの傍へと向かった。
「リア!!」
リアが私の横を通り過ぎようとしたとき、思わずその手を掴んだ。ゆっくりとリアが振り向いた。
リアの目が私を捉えたとき、私は固まった。何の感情も映さない、ひたすら冷たい目。リアは再び私からリノに視線を向けると、固まった私から手を振りほどき歩き出した。私はただそれを見ていることしか出来なかった。
リアはあっさりと森と広場の境界を超え、リノの手を取った。
「リノ、手が冷たい」
「花の力が弱まっているのかしら。……また血を与えればいいのかしら」
リノの言葉に、リアの目がこちらを捉える。リノもリアの視線を追って、さも今思いついたとでもいうように満面の笑みを浮かべて言った。
「そういえばカラン様とソーマ様は族長の血縁の方々ですわよね。きっとお二人の血でも花は十分な力をくださいますわ」
リノがそう言うや否や、リアがこちらに向かって跳んだ。ソーマさんはその速度に一瞬目を瞠ったが、すぐに回避行動を取った。しかし、その私とフィアからの一瞬の遅れによりリアに目をつけられたらしい。リアは懐に手を突っ込むと、引き抜く勢いのまま何かをソーマさんに投げつけた。
「危なっ!! これ全部ナイフですか」
ソーマさんは紙一重で全てかわしたらしく、足元には十数本のナイフが地面に突き刺さっていた。
リアは勢いを殺さずそのままソーマさんに突っ込んだ。走り際に地面に刺さったナイフを回収し、一振りでついた泥を落とすと、今度は時間差をつけて投げた。
ソーマさんは木やステップをうまく使いながら避けていたが、足場の悪い森の中ではきついのか、とうとう広場の中にまで追い込まれてしまった。
「ソーマさん!!」
私は懐から自分の短刀を抜くと、リアとソーマさんの間に割り込んだ。自分の反射神経を頼りに全てのナイフを叩き落とす。
その一瞬の間に体勢を整えたのか、ソーマさんが少し間を開けて隣に立った。
しばらくリアとの睨みあいになる。相変わらずリアの瞳には感情の1つも見えず、呼吸1つ乱していない。
私たちが探り合いをしている時、唐突にリアの目が見開かれた。
「リ、ノ……?」
リアのただならぬ様子に私たちも振り返る。そこにはフィアしか立っていなかった。
フィアも何かに相当驚いているらしく、目を見開いている。その視線の先には、地面に転がるリノがいた。……正確には、リノの首がない身体が転がっていた。
「嘘……」
一瞬全てのものが動きを止めたかのような静寂が訪れた。そして、その静寂を破ったのは鈴を転がしたような愛らしい声だった。
「あら、取れてしまいましたわ。うふふ」
信じられないような気持ちで声の発生源を探すと、リノの頭が見えた。口元にはあの愛らしい笑みを浮かべている。
全員が固まる中で、事もなげに頭のないリノの身体が立ち上がると、自分の頭を拾い上げた。
その姿に思わず私とフィアが口元を押さえてうずくまる。ソーマさんも顔をしかめていた。
「やっぱり死人の身体はガタがきやすくて駄目ですわね」
「死人……?」
リノは重篤の病気だったのを花の力で治したのではないの?
「お兄様、ごめんなさい。わたくし、ずっと前に死んでいますの。お兄様が帰ってくる前に」
「リノが、死んでいた? ……それじゃあ、僕がやっていたのは」
「ただの殺戮ですわ。でもおかげでわたくしはこんなに力を手に入れましたのよ。だからお兄様には感謝していますの。最後にお兄様に受け継がれる始祖の血の全てをわたくしにくださる?」
そう言ってリノはリアに向かって手を伸ばした。
それをリアは、感情の戻った瞳で睨み、手を払った。
「僕は妹のためだからずっとやってきたんだ。……お前は誰だ」
手を払われたことに呆然としていたリノは、唐突に笑い出した。
「あははははははははは! わたくしが誰かですって? わたくしは"白ネコ族"元族長の娘で現族長の妹、"白ネコ族"の全てを喰らい尽くしたリノですわ!」
「全てを喰らい尽くした、だと?」
リアは茫然と自分の妹であった存在を見つめた。
「わたくしがまだ生きていたころ、体の弱かったわたくしはわたくしに強い身体を望みましたの。"白ネコ族"全ての血と引き換えに」
そう言ってリノはまた狂ったように笑い続けた。




