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気ままに。  作者: 咲坂 美織
種族戦争編
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愛と責任

 戦場となった地域を後にした私たちは一度族長宅へと戻ってきた。

 最後まで戻ることをごねていたトーマだったけど、そこは私がけじめをつけろと無理やり連れ帰った。おかげでトーマの機嫌はすこぶる悪い。

「なんで俺まで戻らなきゃいけないんだ。師匠だけで十分じゃないか」

「ぐちぐちうるさい。トーマにはさ、親がいるんだからちゃんと話しなさいよ」

 私の一言にさすがのトーマも黙った。ソーマさんは私の言葉に何か思ったらしいが空気を読んだのか何も尋ねてこなかった。

 それから私たちは一言も言葉を交わすことなく族長の前へと通された。

「みな、事情は聞いておる。客人よ、我らの問題に手を貸してくれたことを感謝する。して、何か言いたいことがあってここに来たのだろう。申せ」

 族長の瞳はまっすぐ私に向いていた。きっとこの人は私がこれから何を言うのかを分かっているのかもしれない。そして心も決まっているのだろう。

「……私たちが西に行っている間、トーマを、あなたの息子を、ここに置いていきたいと思います」

「師匠!!」

 私の言葉に立ち上がりかけたトーマを目だけで制する。しかしこればかりは納得が出来ないらしく、私に詰め寄ってきた。

「俺を、置いていくのかよ。俺の、俺の力はそんなに信用できないのかよ!!」

「逆よ。信用しているから置いていくの」

 言葉に詰まるトーマから目を逸らして、私はまた族長と視線を合わせた。取り乱すトーマとは対照的に落ち着き払っている。隣を見れば、ソーマさんも冷静だった。

「私はこの子を拾ってから今までずっと見てきました。この子は強くなった。あの頃とは比べ物にならに程に。……あなたの代わりを務められるほどに」

「……礼を言う。息子が世話になった」

 族長の言葉に私はにこりと笑うと、そのまま立ち上がり部屋を出た。その後をソーマさんとフィアが追ってきた。

「カランさんは、兄が引退しようと考えていたことを知っていたのですか」

「いえ。でも、私も族長の娘でしたから」

 それだけでソーマさんに私の言いたいことは伝わったらしい。一瞬驚いたような顔をして、にこりと微笑んだ。

「待てよ、師匠!」

 私たちが屋敷から出かかるあたりでようやくトーマが追いついてきた。

「どういうことなんだよ、師匠」

 追いついてきたトーマの顔は、まるで親に捨てられようとしている子供が泣き出すのをこらえるかのように歪んでいた。

「そのままの意味よ。本当はあんたも分かってるんでしょ? 責任と、愛情」

 私の言葉にはっとしたかのような顔をするトーマは、本当はずっと分かっていたのだろう。確信したのは私と兄様を見たときだろうけど、心の奥底ではずっと感じていたに違いない。

 族長として集落を守る責任、親としての子供に対する愛情。トーマの親の場合はそこに加わる個人の戸惑いと恐怖が勝ってしまっただけだ。子供を愛さない親などいない。仲間であるはずの民から恐怖の視線を浴びせられ、そこから逃れることが出来なくなる族長という立場につけたくないという親心と自分が縛られている族長という立場としての責任が、あの日、トーマが森にいた理由に繋がっているのだろう。

「一度だけでいいから向き合いなさい。自分の生まれた立場と。逃げ出していいのは努力しつくした後だけよ」

 俯いたトーマだったが、やがて絞り出すように声を出した。

「師匠のばーか。大っ嫌いだ」

 それだけ言うと、トーマは走り去った。家の中へと。

「言うに事欠いてあれか……」

「トーマはカランさんのことが好きなのですね」

「どこをどう取ったらそうなるんです?」

「そういうところです」

 くすくすと笑い続けるソーマさん。なんだか納得いかない。

「まあ、トーマは腹くくったみたいだし、いいか。おし、私たちも行くぞ!」

「約束は3日後なのでは?」

「向こうの族長とも話をつけておきたいので。それに準備をするのに早すぎることはありませんよ」

 そう言ってぱちりとウィンクする。またくすくすと笑いだしたソーマさんは笑い上戸なのかもしれない。笑いながらもソーマさんからの賛同が得られたので、私たちは簡単に装備をチェックすると、集落の出口へと向かった。

「カランさんたちはこちらに来るとき私たちの近道を利用したのでしょうか」

「ええ。トーマが案内してくれたわ」

「なら話は早い。西に行くのにも使いましょう」

「「え」」

 蘇る行きの恐怖。隣に視線を向けると目に恐怖の色をのせたフィアがこちらを見ていた。きっと私も同じような目をしているに違いない。

「何してるんです? ほら、行きますよ」

 足取り軽く集落を出るソーマさんの後を追う私たちの足取りは対照的に非常に重いものであった。




「……死ぬかと思った」

「フィアもですぅ……」

 息も絶え絶えの私たちと違って余裕綽々なソーマさん。"虎ネコ族"ってみんなこうなのか?

「大丈夫ですか? でもおかげでかなり早く来れましたよ」

 ソーマさんの言葉に視線を上げると他の種族の陰など見当たらない"斑ネコ族"の集落。ほっと一息つきかけて違和感を感じた。

「ソーマさん、"斑ネコ族"ってこんなに非友好的な部族でしたっけ」

「いえ、そんな記憶はありませんが」

「……少し、来るのが遅かったかしら」

 奇しくも私の当たってほしくない予感は当たったのである。





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