兄妹
3人で走ること数分で景色がかなり変わり始めた。ところどころで鼻につく焼け焦げた臭い。私は思わず鼻を覆った。
「思ったよりひどい。早くトーマのもとへ」
「ええ。これはもうあの子1人でどうにかできるレベルではないわ」
私たち3人の足の回転速度がさらに上がる。しかしさすがというべきか遅れるどころか息を乱してる者は1人もいない。
「カランさん、あそこ!!」
フィアが指さす先に確かにいくつかの小さな影が見える。私は影に集中する。だんだんはっきりとそれが私の目に映し出される。私はしっかりとうなずいた。影の1つはトーマに間違いない。
「小さな怪我はあちこちにしているみたいだけど大きな怪我は見当たらないわ。それに今は睨みあってるみたい。割り込むなら今よ」
そういうなり私は地面を蹴った。走るよりも跳んだほうが速い。
脇に目をやると同じように跳んだらしいソーマさんとフィアがいた。……つくづくこの人たちどんな反射神経してるのよ。
「トーマ!!」
ラスト一歩を思いっきり跳んでトーマの前に差し掛かったところで急ブレーキをかける。
体が制止するのを待って顔を上げると、後ろには驚いた間抜け面を晒しているトーマと正面に感情というのものが一切抜け落ちたような表情をしているリア。
私の胸にチクリと小さく痛みがはしる。
「師匠、どうしてここに」
「あんた1人でなんか行かせられるわけないでしょうがこの愚弟子」
「うぐぅ」
背を向けたまま言い放つと後ろでトーマが奇妙な声をあげた、がこの際無視だ、無視。
私は金色の瞳をすっとリアへ向けた。千里眼において視線など関係ないが、そうすることによって些細な変化を見つけようとする。無駄だとは分かっているけれど。
「久しぶりね、リア。黒ネコ族の次は虎ネコ族? 随分と暇なのね」
「師匠……すみませんでした」
先ほどまで感情など何も浮かんでいなかった顔をくしゃりと歪めて声を絞りだすように彼は言った。
「謝るな。それならなぜ他の部族を襲う? なぜ兄様はあんな怪我を負う必要があった?」
私の言葉を受けてもリアはただ辛そうに顔を歪めただけだった。
「答えて、リア。あなたの目的は何?」
「その質問にはわたくしがお答えしますわ」
第3者の声が割り込んできて私たちは一斉にそちらに視線を向ける。そこにはリアを女の子にしたらきっとこんな感じなんだろうな、というような容姿を持つ少女が立っていた。
「わたくし、リアお兄様の妹ですの。お兄様がお世話になっていたようで、感謝いたします」
「そんな白々しい言葉なんかいらないわ。そもそも戦場にそんな恰好でいるなんてどんな神経しているの」
「あら、わたくし戦うつもりなんてございませんでしたもの」
少女が身につけているのは真っ白なワンピース。胸元まで伸びるさらさらとした髪は動くのに邪魔なだけだ。そしてその外見通り、手を口元にあててころころと可愛らしく笑う。……反吐が出そうだ。
「まあ、いいですわ。わたくしの名前はリノ。以後お見知りおきください」
そういってリノと名乗った少女は深々と頭を下げる。私はこめかみを押さえながら問うた。
「それで、さっきの質問の答えとやらは」
「血ですわ」
「はい?」
私はわが耳を疑った。いや、ね。こうもはっきりと言われると逆に疑わしいというかなんというか。予想していただけにあまりにもあっさりと答えをもらって拍子抜けした。
「ですから、血です。血をいただきにまいりました。こちらの間で伝わる伝承はもうご存知なんでしょう?」
「あの血を飲んで咲く花というやつ? ばかばかしい」
私が言葉を吐き捨てたとき、それまで黙っていたリアが口を開いた。
「ばかばかしくなんかないです。少なくとも僕は本気です」
「本当に血を吸った花が不思議な力を持つなんてことを真に受けているの? ありえないわ」
「でも今の僕にはそれしかないんです!!」
それまで歪められていたリアの目に剣呑な光が宿る。
「僕は族長だ。それと同時に兄でもある。兄は、兄は妹を守らなきゃいけないんだ」
ああ、兄様と同じだ。リアの少し苦しそうで、しかししっかりと私たちを見据える様はまるで故郷に置いてきた兄様のようだと感じた。




