叔父
私たちがトーマに追いつくころには、トーマはもうすでに集落の入り口に立っていた。
「トーマ、様子は?」
私の問いかけにトーマが黙って首を振る。どうやら少し遅かったらしい。
「とりあえず少し中に入って様子を見てみる。師匠たちはここで待ってて」
「何で私たちがここで待ってなきゃいけないのよ。私たちも行く」
「フィアも行きますー」
「あのなぁ、ここは俺の故郷であってお前らには何の関係もないだろ」
トーマが呆れたような顔で言った。それをじっと見つめ返して、私はふっと笑った。
「何言ってんのよ。あんたは私の弟子でしょ。立派な仲間よ。その仲間の故郷を心配して何が悪いのよ」
「……分かった。その代わり怪我だけは絶対してくれるなよ」
トーマのお許しを得たので私は堂々と中へと入っていく。トーマを置いて。それを見たトーマがため息をついたような気がしたが、まあ、無視だ。
ところどころ煙の上がる集落の中を無言で歩く。少し離れた後ろからフィア、トーマが黙ってついてくるのが気配から分かった。
やはり集落のつくりはどこも同じようなものらしい、適当にあたりをつけて歩いてきただけだが、正面に広場らしき空間が見えてきた。
「……失礼ですがお嬢さん、どちら様でしょうか」
「!?」
背後から急に話しかけられた。驚いた私はほぼ条件反射で声が聞こえたところに拳を叩き込んだ……が、いとも簡単に受け止められてしまった。……こいつ、私の拳をこんなに簡単に止めるなんて、一体何者だ?
「……見かけによらず素晴らしい拳ですね。驚かせてしまったのなら申し訳ございません。ところでもう一度聞きますが、お嬢さんはどちら様です?」
今度こそはっきりと後ろを振り返る。そこにいたのはごく平凡な容姿を持つ30代後半くらいの男性が立っていた。……ホントにこいつが私に気づかれずに背後に立ち、私の拳をいとも簡単に止めたのか?
「叔父さん!? どうしてここに……」
「トーマ? トーマなのか? お前、よくぞ無事で!」
叔父さん……? しかもこの人、トーマを捨てた側じゃ……。
私が頭の上に疑問符を浮かべまくってる前で二人は感動の再会を遂げていた。一体なんなんだ。
「トーマ? 感動の再会中悪いんだけど、事情を説明してもらえないかしら」
「ああ、そうだった。この人は俺の父さんの弟。つまり俺の叔父に当たるわけだ」
トーマの話をまとめると、
・叔父様の名前はソーマというらしい。(虎ネコ族の男性はみんな最後に"マ"がつくのか?)
・この集落の中では子供たちに武道を教えているらしい。
・ただし、ひどい放浪癖があるらしい。(なぜそこで私を睨む、トーマ)
・トーマが捨てらた頃は、この森を出て放浪の旅に出ていたらしい。
・集落の中で唯一、普通とは違う能力を持つトーマを受け入れてくれる存在だった。
とのこと。何だ、叔父様っていい人じゃん。
「帰ってきたらお前がいなくなってたからな。めちゃくちゃびっくりしたんだぞ。それで、そちらのお嬢さんはお前とどういう関係?」
「俺の師匠。捨てられたときに俺を拾って武道を教えてくれたんだ。俺の命の恩人」
「そうか。そうだったのか。……甥が大変お世話になりました。深くお礼申しあげます」
「あ、いえ、そんなに大したことはしていないので」
「というか叔父さん、何か俺に対する態度と師匠に対する態度違いすぎじゃね」
「いいか、トーマ。女性に対して男は常に紳士的に対応しなければならないんだぞ。良く頭の中に入れておけ」
「めんどい」
あっさりトーマが拒否すると、ソーマさんは心底残念そうな顔をした。
「それよりも叔父さん、父さんたちは?」
「お前は優しいな、お前を捨てたあんな奴らの心配するなんて。……別に命に別状はない。少し腕を切られただけだ」
「……それをやったのは“白ネコ族”の少年?」
「ああ、そうだ」
ソーマさんは少し驚いた顔をして肯定した。とたんに厳しくなる私の顔。それを見たソーマさんの顔が厳しくなる。さすが、というべきか。
「その“白ネコ族の少年”に何か問題が?」
「私たちが追いかけてきたのはその子なんです。彼は私の弟子の一人です」
「あなたの弟子の一人……ということはトーマの兄弟弟子か。その子がなぜこの集落を襲ったのです?」
「あの子の目的はまだはっきりと分かっていません。……あの子がやったことは私が代わりに謝罪します。申し訳ありませんでした」
私はそう言って深々と頭を下げる。弟子の不始末は師匠が回収してやらんとな。
頭を下げる私にソーマさんはとんでもないというように手を振った。
「ああ、いいんです。あんな奴ら住むところがなくなろうが怪我をしようが自業自得です」
うわぁ、この人ひどい。仮にも自分のお兄さんでしょう。
「勝手に自分の息子を捨てるような奴は腕に怪我でも何でもすればいいんです」
「ん? 腕に怪我? ……まさか、トーマのお父さんって」
「そう。俺の親父は"虎ネコ族"の族長だよ」
……マジっすか。