戦
No more War!
書いていてずっと世界各地の戦争について考えていた。一番の被害者は子供なのかもしれない。
※今回、暴力シーンがちょっと多めです。苦手な方はご注意ください。いつにもまして、シリアスかもしれない。
あたりを覆うのはむせかえるような血の臭い。いつの間にか慣れてしまった私の鼻は、私に何の臭いも伝えてこない。
「カラン。お前はいったん引け」
「本気で言ってんの?」
「このままじゃ長引く。俺もそのあとで引くから先にお前が休め」
兄様が言うことも道理だ。ただ、頭ではそう理解していても譲れないことがある。
「嫌。要するに長引かせなければいいんでしょ」
「……はあ。分かったよ。その代わり、ヤバくなったらすぐに引け。いいな」
兄様は私の顔を見て何か諦めたように私にそうとだけ告げると、自分は先頭の真っただ中に戻って行った。……自分が一番疲れてる癖に。
「フィア! フィイ!」
「カランさん? 何ですかー?」
「かー?」
双子の狼は自分たちも敵の相手をしているというのに何とも気の抜けた返事を返してきた。まあ、でもこれなら大丈夫そうね。
「抜けられそうなら引いてもいいわよ。さすがに疲れたでしょ」
向ってきたネコを敵だと確認してから容赦なくつぶす。あ、気絶させてるだけね。
「でも、そしたらリュウセイさんとカランさんが大変」
「僕たちももうちょっと頑張るー」
……一体何なのだろう。こんな小さな子供たちにまで戦わせるなんて。
「……こんなの、間違ってる」
私は、私は子供たちを戦わせるために鍛えたんじゃない。
「自分を守れるようになるため。大きすぎる力を抑えるため。そのために私は子供たちを……」
その結果が、これ? 私が今までやってきたことは間違いだったのだろうか。否。私は子供たちにこんなことを言わせるため、させるためにやってきたのではない。
「私が、……私が終わらせなくちゃ」
「カラン! 待て!」
私は兄様の制止を振り切って今は戦地となった故郷の森をひたすらに駆けた。目指す場所はただ一つ。敵の本陣……!
「行かせるか……!」
突然後ろから強い力で引きもどされる。その瞬間、私の目の前をナイフが通過した。
……"黒ネコ族"の主要武器が短刀で、"白ネコ族"は投擲ナイフだったか。さすがの私も一瞬ひやりとした。
「どうせお前のことだから責任感じて一人で終わらせようとしたんだろ」
「……ごめんなさい」
「分かればいい。ただし、これ以上先にお前を行かせることはできない。いいな」
「……嫌」
敵の蹴りやらナイフを避けながら、兄様は私のほうをちらりと見ると、大きなため息をひとつ吐いた。……どうせ私は頑固で言うことなんか聞かないもん。
「分かったよ。その代わり、俺も行く。それだけは譲れない」
「……分かった」
さすがにそれを拒否する権利は私にはなかった。
「そんな顔するな。どの道、そろそろ行かなきゃいけない頃合いだったんだ」
兄様が敵の流れが止まった一瞬で私の頭をポンポンとたたいた。そしてそのまま私の背中を軽くたたいた。
「よし、行くぞ! フィア、フィイ! 援護頼む!」
「分かりましたー!」
「たー!」
すぐさま私たちの近くに双子がやってくる。そして、私たちの後ろを塞ぐように敵の足止めを始めた。後ろさえ何とかなれば、前はどうとでもなる。
「1分持つか?」
「余裕ですー」
「10分でもいけますー」
「ハハッ! 頼もしいな」
兄様がすぐさま走り出す。私も置いていかれないようについていった。敵が一段と密集している場所。そこが本陣だ。
ざっと見た感じ、その数は30。私たちが2人だけなのを見てうすら笑いしている。相手も油断しているし、これは3分かかんないな。
案の定、外側の30人はものの1分で片付いた。問題は……
「カラン、外二人、相手できるか?」
「出来ないことはないけど……兄様、一人で行くつもり?」
「心配すんな。ちゃんとけりつけてくるから」
私の頭をわしゃわしゃと掻き回してから兄様は駆け出した。私も数瞬遅れて駆け出す。
その先にリアがいるのであろう道を塞ぐようにガタイのいい"白ネコ族"が陣取っている。私たちが駆け出すのを見てすぐさま構える。
兄様はその構えを見るやいなや、上体を低く倒して地面すれすれを滑るように走る。その間に私は兄様との距離を埋める。
兄様が相手の間合いに入った、その瞬間兄様は左側に転がって相手の突きをかわすと、そのまま速度を落とさずに道の先へと進む。
あとを追おうとした"白ネコ族"の片割れをほぼ無防備な後ろから足払いをかけて転がす。そしてその勢いのままもう片方に裏拳を叩き込む。
そして私は兄様が通った道に背を向けて、"白ネコ族"の二人の正面に陣取る。
「さて。まずは私と遊びましょうか」
すぐさま立ち上がって態勢を整えたのはさすがというべきか。
私がその様子を無表情に眺めてまた構えなおすと、相手二人も気配が殺気立つ。両者が互いに駆け出そうとした、その瞬間、
「うああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「今の声……兄様!!」
響き渡る絶叫に一瞬足を止めた敵二人の隙をついて、私は背を向けて走り出す。普段なら敵に背を向けるなど言語道断だが、今回ばかりはそうも言ってられない。
我に返った敵二人が追いかけてくる足音を聞きながら、私は走る速度をあげた。
「……何よ、これ」
開けた場所に出た途端、私の眼に映ったもの。それは、
紅
あたり一面を染める、深紅。それが何かなんて、私のマヒした鼻でも分かる。それは、兄様の血。
私は左腕を抑えてうずくまる兄様に駆け寄った。左腕を抑える右手からは、あとからあとから血があふれだしている。私は懐から布を取り出すと、傷の上を縛り上げた。何よりもまず止血だ。
「兄様、これは一体」
「すみません、師匠。抵抗されたので傷が深くなってしまいました。そんなつもりはなかったのですが」
「……リア」
「どうしてもリュウセイさんの血が欲しかったので。とりあえず僕たちの目的は達成されたので、一旦引くとします」
リアはそう言うと、私の後ろからやってきた二人に撤退命令を出していた。二人よりもずっと小さいリアが大の大人相手に指示を出しているところには、どうも違和感が拭い去れなかった。
「それでは師匠。またお邪魔しますね」
リアは最後にそうとだけ声をかけると、次々と引き換えしてきた"白ネコ族"を引き連れて、私に背を向けた。
怪我をしている兄様がいるので、リアの後を追うこともできない。私は悔しさに唇をかみしめた。
「……カラン、血」
兄様が怪我をしていないほうの手を私の口元に伸ばした。私の唇を優しくなでると、手についた血を私に見せつけるように広げた。
「カラン、悪いけど、俺に肩を貸してくれ。今すぐに戻らなきゃ」
「そんな体で? 無茶よ」
「あいつの……、リアの目的が分かった」
兄様の顔は、辛そうに歪んでいた。