誘拐 part2
フィアの知らせを聞いて飛んで帰ってきた私たちは、珍しく深刻な顔して黙り込んでいるトーマと、泣き疲れてしまったのか、顔に涙の筋を残したまま眠っているフィイを見つけた。
「トーマ! いったい何があったの!?」
「師匠……。俺がいたのにすまない」
「いいから説明しろ!!」
「俺はフィイと森に狩に行ったんだ。その間、リアがフィアに料理を教えてたんだが……」
要約すると、
・トーマはフィイと狩に。その間、リアがフィアに料理を教えることになった。
・トーマが植物伝いに異変を察知、急いで戻るとそこには大泣きしているフィアがいた。
・フィアによると、突然白ネコが押し掛けてきてリアと言い合い、無理矢理連れて行かれた。
らしい。
「私、リアさんが連れて行かれるの、止められませんでした」
「大丈夫。あいつなら自分で何とかするから」
私はまた泣き出しそうになっているフィアをそっと抱き締めた。そして、心の中でもう一度繰り返す。リアなら大丈夫。自分に言い聞かせるように。
「そういえば、僕たちが北の森に帰る前にもちょっとしたごたごたがありましたよね、師匠。何か関係でもあるんでしょうか」
「……あんたはホント、変なとこで聡いわよね」
「で、どうなんですか、師匠」
「……この間、確かにリアの母親が来てちょっと揉めたわ。でもそれだけ。……それだけ?」
何かが引っ掛かった。あの日、私はあの母親と何を話した? 私は何か大事なことを忘れているような……。
「……思い出した」
「何かあったのか、師匠」
「うん。あの日、リアの母親は敵対心剥き出しにしているリアをぞっとするほど冷たい目で見ていたのよ。それで私が気付かれないように構えたら、それに気付いて笑ったのよ。まだ貴女には何もしないって」
「師匠が構えたのに気がついたんですか!?」
「それに、まだ、っていうのも気になるな」
「まあ、何にせよ、私たちも何か行動したほうが良さそうね。そろそろここも危険かもしれない……」
私は稽古場のほうを振りかえった。あそこにはまだ幼い子供がたくさんいる。私があの子たちを集めてきたのだから、私が責任を持ってあの子たちを守らなきゃいけない。
「師匠、あそこを見てください」
私がどうしたものかと頭を悩ませていると、ミカゲが森のほうを指差した。軽く目を凝らすと、誰かがこちらに向かっているのが見えた。さらにもう少し集中してみてみると、その人がはっきりと見えた。
「兄様? 北の森に残ったんじゃ……。一体どうして?」
私が不思議に思いながらも迎え入れると、珍しく切羽詰まった顔をした兄様が私を急きたてるように言った。
「カラン、今すぐここを出る準備をしてくれ。小さい子供たちも、全員だ」
「いきなりどういうこと? 一体どこに行くのよ」
「北の森だ。あんまり時間がない。詳しくは森についてから話す」
兄様の様子から今はそれ以上教えてもらえそうになかったので、とりあえず急いで子供たちに支度をさせた。
幼いながらもさすがは私の弟子、というべきか、急にここを出るといわれても特に動揺もせずテキパキと準備をすませる。……私、育て方間違えたかな。なんか皆子供らしくない……。
「全員そろったな? じゃあ急いで出発する。年長者の内側に年少者が入れ。そのさらに外側にトーマ、ミカゲ、フィア、フィイが周りを警戒。俺が先頭でカランは一番後ろを守ってくれ」
「ずいぶんと警戒するのね」
「小さい子もいるからな。用心するに越したことはない」
「それもそうね。さて、しんがりを務めさせてもらいますか」
こうして、私たち一行の大移動が開始した。
結局、北の森につくのには一週間かかった。小さい子もいてこの早さなら上出来だろう。道中、特に事件も事故も起こらず、私はほっと胸をなでおろした。
「皆ご苦労さま。急に連れてきて悪かったな。でもちょっと面倒事が今起きてるんだ。しばらくの間、ここで生活してほしい。もちろん、種族は関係ないから何かあったら俺に遠慮なく言ってほしい」
そう言って兄様は子供たちを副族長に任せると、私、トーマ、ミカゲ、フィアとフィイを呼んだ。
「お前たちには今の状況を説明しなきゃいけないからな。ひとまず俺の家に来てくれ」
そうして、私は自分が生まれた家に戻ってきた。10年とちょっとぶりに見る生家は、昔と何も変わらなくてちょっとほっとした。
家の中に入り、今は兄様が使っているらしい書斎に私たち6人が集まると、兄様は書斎の机に一枚の地図を広げて私たちに見せた。
「ちょうどこのあたりが"黒ネコ族"の森。そしてここがカランの道場。そんで、ここが"虎ネコ族"の森。こっちが狼族の住処。そしてここ。ここが"白ネコ族"の森だ」
兄様が順番に地図を指し示しながら私たちに説明する。位置的には地図の中央やや北寄りに私の道場。その北に"黒ネコ族"の森。道場の北西のほうに"虎ネコ族"の森があって、東には狼族の住処。ちょっと前までここで私はルーパスたちと戦ったんだよな。
そして最後に兄様が指差したのは私の道場からみてほぼ南に位置する森、"白ネコ族"の森だ。今回リアが連れ去られてここにいるのはほぼ間違いないだろう。あー、思い出しただけで腹立つ。
そんな私の険しい顔に気がついたのだろう、兄様が私の頭をポンポンと優しくなでた。
「リアのことはさっきミカゲに聞いた。あいつなら大丈夫だよ、きっと。きっと、何か理由があるんだ」
そういう兄様の顔は、とても悲しそうだった。
……にしてもミカゲ、いつの間に兄様に言ったんだ?
遅くなりました! 続きはなるべく早めに出します。