誘拐 part1
お兄ちゃんも、男の子なんです。
「んじゃ、行ってくるわ」
そう言って、私は兄様とミカゲを連れて道場を後にした。これから1週間ほど報告も兼ねて北の森にある"黒ネコ族"のところへ里帰りすることになる。
たぶん兄様はそのまま北の森に残って族長を引き継ぐんだろうな。ミカゲはどうすんだろ。ま、どうでもいいや。私は……、うん、またここに帰ってくるんだろう。トーマとかリアとか居るし。フィアにフィイもいるし。私には帰るべき場所がある。帰ってこなきゃいけない場所がある。
「留守は任せてください」
「頼んだわよ、リア。あいつどうせろくでもないことしかしないから」
私はそう言ってトーマを指差す。指差されたトーマは心外だという顔をして拗ねてしまった。ま、しばらく帰ってこないからそのままでいいや。
「カラン、そろそろ行かないと」
「分かってる」
そう言えば変わったことが一つ。名前が元のカランに戻りました。なんか聞くところによると、この名前は私が生まれたときに兄様がつけたんだって。3歳の兄様が生まれた私を見て最初に言ったのが『カラン』だったらしい。そう聞くと、この『カラン』という名前も悪くないと思う。
「いい、火にはちゃんと気をつけるのよ。あと戸締りもきちんとすること。私がいないからって遅くまで起きてたり寝てたりしないのよ!」
「大丈夫ですから! 早く行ってください!」
なによう。私は心配してるのに。
その不満をぶつけようと後ろを振り返ると、苦笑している兄様とミカゲがいた。私の機嫌は急降下。頬をぷーっと膨らませて不満を表す。すると、兄様は苦笑しながら口を開いた。
「カランはホントにあそこが大事なんだな」
「当たり前じゃない。私が集めてきた子たちなのよ。私がちゃんと責任持たないと」
「いや、ちょっと安心したんだよ。カランにそういう風に思えるところがあると思うとな」
「リュウセイさんは嫉妬しているんですよ。察してあげてください」
「な! 俺は別に嫉妬なんか……! ~っ、ミカゲ!」
いきなりミカゲが走り出した。それを追う兄様。こうやって見ると兄様も子供だな。
私の頬は思わず弛んでいた。こんな光景が嬉しくて、幸せで、絶対に失くしたくない大切なものだと感じた。
「あ、カランも何笑ってんだよ! あー、俺もうかっこわりー」
兄様が頭を抱えてしゃがみこんでしまった。兄様ってこんな性格だったっけ?
私が首をひねっていると、とてとてとミカゲが寄ってきて、こそっと私に耳打ちしてきた。
「リュウセイさんはまた師匠と一緒にいれて喜んでいるんですよ。そのせいでちょっと妙なテンションになっていてあんな変な人になっているんです」
「なるほど」
「そこ! 今変なこと言ってただろ!」
「別に何も言ってません」
「ほら、日が暮れる。さっさと行くぞ」
私はまたもや追いかけっこが始まる気配を感じてさっさと歩きだすことに決めた。ミカゲは普通に、兄様は不機嫌そうに頬を膨らませながらついてきた。……兄様、ホントにあんたはガキか。それとも男の人ってみんなこうなのか?
「ところで師匠。今回はどのくらい森に滞在するんですか」
「一応一週間くらいで道場に戻りたいから、一通り挨拶とか報告とか終わったらすぐに帰る」
私がそう言うと、兄様が少し寂しそうな顔をした。しかし口を閉ざしたままだった。うーん、こういうところは大人なのだろうか。
「じゃあ、僕もそうします」
「別にあんたはもっと森にいてもいいのよ。というかうちの道場にも戻ってこなくていいんだけど」
「僕がそうしたいからいいんです」
ふと視線を感じて振り向くと、そこには羨ましそうな、怒っているような、何とも言えない表情をした兄様がいた。だからあんたはガ……もういいや。いい加減6歳も年下の子供にいちいち嫉妬するな。
「これは……」
「いったい何があった。誰か報告してくれ」
「リュウセイ様。それにカラン様にミカゲ様も。お帰りなさいませ。お待ちしておりましたぞ」
北の森は酷い有り様になっていた。ところどころ家が崩れ、地面はめくれ上がり、木が倒れていた。
というかそれよりも驚いたのは私が普通に迎え入れられたということだ。むしろ歓迎されている。一応私は犯罪者として追放された身なんだけどな……。
私が疑問の目をミカゲに向けると、ミカゲはこともなさげに口を開いた。
「僕が一度ここに戻ってあらかじめ事情を説明しておきました。ここにはもう師匠のことを犯罪者だと思ってる人はいません」
それを聞いて、私は呆れた視線をミカゲに向けた。いったいいつここに戻ってたのよ。
「何だと……? 分かった。すぐに行く」
「兄様? どうしたの?」
「何でもない。カラン、お前はすぐに帰れ。ミカゲ、ちょっと来い」
ミカゲが兄様に近づくと、兄様が何か耳打ちした。ミカゲは頷くと私の手を引いて村の出口へと向かった。
「ちょっと、いったい何なのよ。私まだ挨拶も何もしてない」
「いいから早く行きましょう。今ちょっと厄介なことになっているようです。道場も危ないかもしれません」
道場が危ない。それを聞いて無意識に私の顔つきが厳しくなる。
私が視線を前に向け直すと、小さな影がこちらに向かってくるのが見えた。
「……あれは、フィア?」
「カランさん! 良かった。あのね、大変なの!!」
次の瞬間、私はその場に凍りついた。
「リアさんが攫われたの!!」
part2に続きます。師匠が慌てて戻った後の話。