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気ままに。  作者: 咲坂 美織
種族戦争編
30/48

望まれない客

新章スタート!!

「くあぁ。……暇」

「せめて平和といってください、師匠」

 ルーパスとの件がひと段落し、稽古場に大人数で帰還した私たち一行は、特にこれといった事件もなく、平穏無事な日々を過ごしていた。

「こう何もないと、幸せを通り越して暇だわー。自分で何か起こしてやろうかしら」

「それは止めてください。師匠が本気で事件起こしたらそれは犯罪になります」

 ちなみにこの稽古に使っている建物のはずせる戸(一部はずせない戸)を全て取っ払って大変風通しがよく、日が当ってぽかぽかと気持ちがいい場所には、私とリアしかいない。

 最近暇している私の様子を感じ取ったのか、兄様とトーマ、フィイにフィアは朝早くから森に入って狩りだか稽古だかをし、ミカゲは行方知れずだ。

 さすがに付き合いが長いだけあって、私が暇になると何をしでかすか分からないことを知っているらしい。自分で言うのもなんだが。

「師匠、外に誰か人が立ってましたよ」

 そう言いながらひょっこりと顔を出したのはミカゲだ。朝から姿が見えないと思ってたら、野菜を取りに言っていたらしい。

 稽古場から少し離れたところにミカゲは小さな畑のようなものを作っているらしく、そこで採れたのであろう野菜を両手に抱えていた。

「お客さん? めんどい。リア行ってきて」

「師匠暇してたんじゃ……。行ってきます」

 私の顔を見たリアはそそくさと外に向かった。最初からそうすればいいのに。

「あー、暇」

 そう言った私をミカゲがジトッとした目で見た。

「貴女って人は……。そんなに暇なら自分で行ったほうが良かったんじゃないですか」

「だって、めんどい」

悪びれもなくそう言った私に、ミカゲはそれ以上何も言わず、ただひとつだけため息をついて立ち去った。

「――――!!」

「――――――!?」

 何か外が騒がしいな。あのリアがお客さんともめてる?

「ミカゲ! って、いないか……。しゃあない、私が行くか」

 私が外へ向うと、そこにはリアと身長がほぼ同じくらいの女性が、リアと押し問答しているところだった。

「リア、さっきから騒がしいわよ。その方は?」

「師匠! 来てくれたんですね。この人、見覚えありませんか」

 私の登場に顔を輝かせたリアが、女性を指さして言う。

「……リアの知り合い?」

「ホントに覚えてないんですか……。この人は僕の母親です」

「貴女が今のリアの保護者ですか。突然で申し訳ありませんが、この子は連れ帰させて頂きます」

 女性は敵対心剥き出しのままそう一方的に告げると、無理やりリアの腕を掴んでこの場を立ち去ろうとした。しかし、そう簡単にリアを連れていくことなどできるはずはない。

「いったい突然何なんだ。2年前僕を捨てたくせにいきなり連れて帰る? ふざけるな」

 あの日、リアは凄く傷つけられた。今でこそ割と普通に話せるようになったが、それまでは一人遠慮して、誰からも離れて日々を過ごしていた。そのすべてがこいつのせいだ。

「あの雨の日から僕はもう師匠のところにずっといると決めたんだ。今更もう遅い」

 普段のリアにしては珍しく言葉遣いも乱暴に、語調も荒々しくなっている。

「この人が師匠……? でもこの人、"黒ネコ族"でしょう?」

「だからなんですか。ここでは種族なんか関係ない。同じ種族でもお前は僕を捨てた。違う種族でも師匠は僕を拾って大切にしてくれた。僕にはその事実だけで十分だ」

「リア、言い過ぎだ」

 それまで私はずっと黙っていたが、さすがに口をはさんだ。いくら捨てられたからといって母親に向かってお前、は言い過ぎだろう。

「僕の2年間の恨みはこのくらいじゃ収まりません。これくらいで丁度いいんです」

「よくない。リアの肉親でしょ。大切にしなきゃダメ」

 私の言葉にリアが少しハッとしたような顔をして、すぐに気まずそうな顔になった。私の両親がすでにいないことを思いだしたのだろう。私の肉親を大切にしろという言葉は少しは重みがあったらしい。

 私たちのやり取りをじっと見ていたリアの母親はしばらく黙っていたが、少し何かを考えるそぶりを見せると、また口を開いた。

「私の言うことよりも、貴女の言うことをきくのですね。そうですか。……分かりました。今日は帰ります」

「もう2度と来るな!」

「リア!!」

 あんたは反抗期のガキか!!

 私の窘めに、いつもはしゅんとなるのに今日に限ってはそっぽを向いている。こういうところを見ると、まだ10歳なんだな、と思う。

 結局リアは母親が帰る前に背中を向けて立ち去ってしまった。ホントに反抗期のガキだな。

 きっと母親は苦笑いを浮かべているんだろうな、と思いながら振り返ると、そこにはぞっとするほど感情の抜けた目をした女がいた。外見は母親のままだが中にいるのは全く別人のように感じる。

 私は反射的に気を引き締めて気づかれないように構える。

 そんな私を見た母親が不気味に笑った。

「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。まだ貴女には何もしません。まだ、あの子が戻るまでは」

 そうとだけ言い置くと、まだ緊張している私をそのままに、くるりと背を向けて立ち去っていった。

「暇な時間も終わり、か……」

 母親の姿が見えなくなって、構えを解きながら私はぽつりと呟いた。

 何かが起ころうとしている予感がした。

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