あの日から
今回も過去の話がメインです。あの事件とその後の話です。
広場の奥の一段高くなった所に、父様と母様がいた。二人ともにっこりと笑って私を待っている。
「おめでとう、カラン。さあ、儀式を始めるわよ」
母様がひと振りの短刀を捧げ持ち、それを恭しく父様が受け取る。父様は私のほうへと向き直ると、その短刀を私に差し出した。
「これは命を奪うものではなく、誓いを守るものだ。生涯をかけて己の誇りと大切な者との誓いを守れ」
「はい」
私は短刀を受け取ると、それを両手で抱え込むようにして持つ。これで私は一人前として認められた。外でそれを宣言するため、私は出口のほうへと足を向けた。
「待て」
急に父様が私に静止の声をかけた。目を閉じて、じっと何かに聞き耳を立てている。どんな音もたてちゃいけないような気がして、私は息をひそめた。自分でも耳を澄ませてみる。
「足音?」
儀式中、洞窟の中へは儀式を行うもの、行われるもの以外の立ち入りを固く禁じられている。よって、一族のものではありえない。
「!? 逃げろ! カラン!」
父様が何かから私をかばうように立ちふさがった。瞬間何かが刺さる音がした。
「あ~、はずしちゃったか。まあいいや。後は族長一家だけだしね」
「兄、様?」
父様を挟んだ向こう側にはそこにいるはずのない兄様が立っていた。その足元には母様が倒れていた。
「兄様、母様から血が出てる。早く助けてあげて!」
「何言ってるんだ、カラン。これは僕がやったんだよ。あの女が復活するためには父上も母上も邪魔だったからね。もちろん、カラン、お前もだよ」
「……、リュウセイ、やめろ。実の、…妹、だぞ」
「父上、まだ生きてらしたのですか? しぶといですね」
兄様が手の中でクルクルと短刀を回しながら私たちのほうへ近づいてくる。
「兄様やめて! 短刀は命を奪うためのものじゃない、って父様が」
「何言ってるんだい、カラン。短刀っていうのはね、こういう風に使うためにあるんだよ」
「やめて!!」
私は父様と兄様の間に立った。
「カランそのうち君にも分かるようになるよ」
その時、なぜ兄様が私の鳩尾に短刀ではなく手刀を叩き込んだのか、私はいまだに分からない。私の意識は一瞬で真っ暗な暗闇に飲み込まれた。
「あの後、私は父様と母様の遺体と一緒に発見された。そこには血のこびり付いた私がもらうはずだった短刀が落ちていた。そしてあんたは行方不明。その後は想像がつくでしょ。私は一族から追放された。親殺しの罪でね」
無意識にギュッとこぶしを握る。当時、何も訳が分からないまま森の外へ放り出され、何度も獣に襲われかけた。現在稽古場を持つほどの腕を鍛えだしたのはその頃からだ。
「何であの時私を二人と一緒に殺さなかった! あの時の苦しみは……思い出したくもない」
何かから自分を守るように、自身の体を抱きしめる。足元に視線を落とし、寒気が消えるのをじっと待つ。そこでふと影が差した。
「お前が必要だったんだ。強くなったお前がな」
急いで顔を上げると、至近距離にあいつがいた。そして、昔のように私の頭を優しく撫でた。
「触るな!」
手を払いのける。不用心に相手を近づかせた自分の無防備さを呪った。こいつの前だと調子が狂う。
「東の森へおいで。そこでお前を待ってる。すべてはそこで始まるから」
「待て、用事はまだ……」
どこかに隠し通路でもあるのか、あいつの姿が一瞬で消えた。
「くそ。どうして私はいつもこうなのよ……」
自分の悪態をつきながらも、いつまでもここにいる必要はないので出口へと向かう。広場の出口に、人影があるのが見えた。
「終わりましたぁ? 今回は会えたみたいですけど、また逃げられたんですねぇ」
「私は洞窟の外にいろと言ったはずよ、黒いの」
「それは僕の自由です。で、東の森に行くんですか?」
「行くしかないでしょ。さてと、いつまでもここにいたら他の奴らに見つかっちゃう。さっさと退散しないと」
「僕も行きますよ」
「結構よ」
黒いのをその場に残し、私は一人洞窟の外に出た。
次回、師匠(たち)は旅に出ます。あの子も再登場、……しますかね? 次回からはコメディ風にしたいと思います。シリアスは苦手だっっ!