-side Ryusei
今回はお兄ちゃんが主役です。
お兄ちゃんの本音、そしてルーパスの真実が少し登場します。
俺の頭の中にはあのカランが育てたという3人の顔がちらついていた。思わず笑みがこぼれそうになって慌てて顔を引き締める。
「どうしたのですか? リュウセイ」
妹の顔をした別人が、何が楽しいのか薄く笑いながら俺のほうを見ている。俺は何でもないというように黙って見つめ返す。
「あのこの子が育てたという子たちが気になりますか?」
あたりでしょ、とでも言うように笑うルーパスを俺は無視して黙っている。
そのうち一人で笑っているのにも飽きたのか、笑いを引っ込めると、神殿の頂点にある棺に腰掛けて、中にあるものに手を伸ばす。ルーパスが手を伸ばした先にあるものは、銀色の毛並みの狼族と同様の耳を持つ獣だ。これが神狼の本体らしい。
ルーパスは愛おしげにその本体を撫でると、俺に話しかけてきた。
「リュウセイ、これが本物の狼なんですよ。本来、狼はこのような姿をしていたのです。もちろん、ネコも多少小柄ですが、同じような姿をしていたのですよ。それが長い時を経て、今のような姿になりました」
ルーパスはそこで言葉を切ると、俺に向き直って俺の反応を探るかのように、俺の目を覗き込む。
「あたしはその進化の過程をずっと見てきました。やがて本来の姿を保っているのはあたしだけになり、長い時を生きたあたしは力を得ました。けれど、力を得てもあたしは孤独でした。やがて新狼として崇められるようになりましたが、あたしを分かろうとしてくれる仲間はいませんでした。そこであたしは考えたのです」
ゆっくりと立ち上がって、そのまま階段のほうへと歩いていく。階段の淵に立ったルーパスは、両手を広げると俺のほうへ振りかえって、笑顔で言った。
「また元の世界へ戻せばいい。言葉を話さなくとも心が通じ、弱きものを喰って生き残る世界へ。……ねえ、リュウセイ。そのためにあたしは力を持ったのだと思いませんか」
俺が黙っていると、ルーパスはちょっとつまらなさそうな顔をしたが、すぐにまた元の笑顔に戻って語り始めた。
「けれど、あたしの1回目の挑戦は敗れました。リュウセイの祖先は、まだ今のような姿になったばかりで力を持っていました。そしてその族長はその代で最強と呼ばれるほどの力を持っていたのです。後は貴方が本で読んだ通り、あたしは力を封じ込められ、200年の眠りにつきました。しかし、もう同じ失敗は繰り返しません」
狂ってる。ルーパスの陶酔したような笑顔を見て俺はそう思った。それと同時に、彼女に憐みを感じた。もしかしたら、彼女はただ単に寂しかっただけなのかも知れない。
「もし、今回の挑戦が成功したら、ネコ族はどうするつもりなのですか」
俺は静かに問うた。俺が反応したのが嬉しかったらしく、ルーパスは顔を輝かせると嬉しそうに答えた。
「もちろん、リュウセイにはずっと傍にいてもらおうと思っています。ずっと頑張ってきてくれましたから。そして、この子にも」
自分の胸に手を当てて、ルーパスはにっこりとほほ笑んだ。
「この子にはしばらく器になってもらわなければなりませんし。その役目が終わっても、傍にいてもらいます。貴方たち兄妹が傍にいてくれれば、とても楽しいと思うんです」
「俺たちのことじゃない。他のネコ族のことです」
「他の……? そんなの決まってるではないですか」
ルーパスは驚いたように目を丸くすると、当然、とでも言うように笑った。
「全員、殺します」
俺は神殿の外に立っていた。気配でもうすぐあの子たちが到着することが分かったからだ。
そそくさと外に出る俺を見て、ルーパスはやっぱり、とでもいうような目で見てきたが、俺はそれをきれいに無視して黙って出てきた。
「なあ、ルーパス。もう終わりにしようぜ。お前の悲しみはよく分かったから、もう休めよ」
中で休むと言っていたから、直接ルーパスにこの声は聞こえていないだろう。しかし俺はどうしても口に出すことを止められなかった。
10年前、俺が初めて彼女に会った時、一番最初に感じた負の気配は寂しさだった。
なあ、ルーパス。きっとあの子たちが、カランたちが止めてくれるから。もう、寂しくなんかなくなるから。だからもう、終わりにしよう。
俺は近づいてくる気配に、思わず頬を緩めた。もう一度、頭の中でシュミレーションする。あいつらが、カランたちが傷つくのを最小限に。
「犠牲になるのは、俺だけでいい」
もう一度、気を引き締め直す。これからは一つの失敗も許されない。さもないとあいつらまで傷つけてしまうから。
「今度こそあいつに、カランにとって、幸せな世界になりますように」
俺は唯一残った肉親、そして最も愛する妹の幸せを祈った。