-side Toma
トーマが師匠たちに追いつくまでの話です。
やっぱり師匠はみんなから愛されています。
俺は今森の中の一本道をただひたすら走っていた。足を止めている暇なんかない。ただただ、焦る気持ちだけが今の俺を支配していた。
もっと速く。もっともっともっと。道を塞ぐものは必要最低限の奴らだけ叩きのめして、足を動かす速度はただの一度も落とさない。
とっくの昔に息は上がりきっていたが、そんなことは気にしてられない。目の前が霞んできても、気にしてられない。
ただただ前へ。そのことだけが頭の中にあった。
―――きっかけは2日前。
「師匠遅いなー。いつになったらまた旅に出れんだろー」
俺が道場に戻って昼寝をしている間に師匠が戻ってきたらしい。そしてそのまま行ってしまい、会えず、気がつけばリアまでもが俺に子供たちの世話を頼むと、慌ててここを飛び出していった。いったい何なんだ。
まあ、俺自体は子供の相手するの好きだし、生活全般はリアを始め、師匠(順番逆か?)たちがきちんと仕込んでいるから俺が特にしなきゃいけないことはない。むしろ俺が世話になってるくらいだ。
「にしても、今日はいい天気だなー。今日は裏の丘で昼寝でもすっか」
俺がやる気のない間延びした声で言うと、その近くにいた何人かの子供たちが反応して、一緒にお昼寝することになった。俺が来てから特に事件らしいこともなく、平穏な日々を送っている。
「んー、日差しが気持ちいい。これならぐっすり眠れる」
お昼過ぎということもあって、裏の丘は太陽の日差しが柔らかく降り注ぎ、ぽかぽかととても気持ちが良かった。
俺を始め、一緒についてきた子供たちが思い思いの場所で寝っ転がると、早速あちこちから規則正しい寝息が聞こえてきた。やっぱりいい天気の日にはこうして日に当たってお昼寝するのが子供だよな。
俺も地面に寝そべって空を見上げながらぼーっと眠気が訪れるのを待っていた。瞼がトロンと落ちかけた時、俺の耳に微かに声が聞こえた。普段ならそのぐらいの音量で俺が起きるはずもない音量で。しかしその内容が、俺を一発で覚醒させた。
「今、何て言った? もう一度、もう一度教えてくれ」
俺はまさかと自分の耳を疑いながら、意識を地面、草、木々に集中させる。
『北の森の"黒ネコ族"が誰かに襲撃されているらしい』
『東の森で"黒ネコ族"の誰かが怪しい動きをしているらしいよ』
『東の村で"黒ネコ族"の女が危険を冒そうとしているらしいな』
「師匠!?」
分かるのは"黒ネコ族"だというのと、女、ということだけだ。でもなんとなくそれは師匠のような気がした。というかこの時期に危険を冒そうとするのは師匠くらいしかいないだろう。
「ったく、師匠はまた無茶して……! これだからほっとけないんだ」
俺がこうしてたまに道場に顔を出す理由。それは師匠のことが心配だからだ。
もちろん、師匠が強いことは知っている。俺はあの日拾ってくれた師匠のことを尊敬しているし、そう滅多にやられないことも知っている。
……けど、師匠はどこか脆いところがある。師匠の過去に何があったのか知らない。でもたまに見せるどこか遠く見るような眼差しは、こちらがどきりとするくらい儚く、脆い。
だから俺は心配する。師匠が俺の尊敬する人で、強くて、ヒーローでも。心配でたまらない。
「トーマさん? 何かあったの?」
俺のただ事ではない様子を感じ取ったのか、バラバラに眠っていたはずの子供たちが俺の周りに集まってきていた。まだ小さな子も、目をこすりながら、俺の様子をうかがっている。
「んー、なんか師匠がちょっとピンチらしい」
「師匠が!? 僕、助けに行く!!」
「私も!!」
僕も、私も、と辺りが騒然とする。俺はそれを嬉しく思いながらも却下した。
「ダメだ。お前らじゃまだ危険すぎる。師匠でもピンチなんだぞ。お前らが行ったら師匠は心配してもっとピンチになる」
子供たちにはちょっときついかな、と思いながらも、これは事実だし、こういうことはきちんと言っておかねばならないと思ってはっきりと言った。
子供たちは一瞬怯んだように言葉に詰まると、下を向いて何か考え込んだかと思うと、お互いの顔を見て頷き合った。そして俺のほうを向くと、一斉に口を開いた。
「なら、トーマさんが行って師匠を助けて!!」
「でも、お前らのことは誰が見るんだよ。俺も一応お前らを守るように言われてるんだけど」
「僕たち、自分のことは自分たちでできるし、自分の身くらいは守れるよ。そのために稽古してるし! だからトーマさん、お願い!!」
不覚にもちょっとうるっとしてしまった。ホント、いい子に育ったなぁ。
「よし、じゃあちょっくら行ってくるわ。お前らもしっかりな」
俺たちは急いで一旦稽古場に戻ると、必要最低限のものを持って、子供たちに見送られながら稽古場を後にした。
俺は稽古場から見えるところまでは急ぎ足だったが、見えないところまでくると同時に走り出した。
一刻も早く、師匠の元へ。
俺は2日前のことを思い出して、思わず頬緩めた。いい子になったなぁ、あいつら。
その瞬間、俺は木に激突しそうになって慌ててかわす。と同時に気を引き締め直す。こんなところで時間くってる場合じゃねえ。
それからしばらく走ると、目的の村が見えてきた。そこで小さく口笛を吹く。この距離からならもうリアに聞こえるだろう。俺だと分かるように微かに抑揚をつける。
間にあったのだろうか。それとも師匠はもう行ってしまったのだろうか。
村の入口に、リアが立っているのが見えた。ミカゲも一緒だ。
俺はさらに、足の回転を速めた。