帰る場所
「痛ぁ……」
「師匠!? 目が覚めたんですね!」
呻き声をあげる私の横で大声を出しているのは誰だ!! ……って、リアか。私は一睨みして黙らせる。そこにまあまあ、と仲裁に入ったのはミカゲだ。
「師匠、リアはずっと貴女のことを心配してずっと傍についていたんですよ。ホント、一時はどうなるかと思いました」
「私はそんな柔じゃないわよ」
「そういう問題じゃありません! そもそも師匠は仮にも女性なんですよ!? もっとご自分の身体を大事になさってください」
「そうだ。ミカゲ、もっと言ってやれ」
ニヤニヤしながら会話に入ってきたのはトーマだ。こいつにも一睨みして黙らせる。
「師匠、その癖直さないと誰もお嫁にもらってくれませんよ」
「いいわよ、別に。私結婚なんてする気無いし。ずっと道場にいるわ」
「それは困るなぁ。……兄として」
「え……?」
背後から聞こえた声に、私は驚いて振り返る。そこには上半身を包帯でぐるぐる巻きにした兄様がいた。
「兄様、無事だったの?」
「ん、俺が無事で何か困るのか」
「いや、むしろ嬉しい!」
私は思いっきり兄様に抱きついた。兄様が痛みで顔をしかめるのが分かったが、さらりと無視してそのまま腕に力を込める。
「師匠って、こんなにブラコンでしたっけ」
「いや、そもそも俺は師匠に兄弟がいることすら知らなかった」
「僕もそうです」
後ろの弟子3人から何やら冷たい呆れるような視線を向けられているような気がするが、うん、まあ、気のせいだろう。
「セーラさん目覚めたー?」
「たー?」
神殿の外からフィアとフィイが中に入ってきた。フィアの手には清潔そうな真っ白い包帯やタオル。フィイの手には籠いっぱいの果物が入っていた。
「セーラさん無事でよかったのー」
「これ食べるのー」
満面の笑みで籠を差し出すフィイ。か、可愛い!!
「師匠、フィアとフィイには感謝しなければなりませんよ。師匠の怪我も、リュウセイさんの怪我も、包帯とか見つけてきて手当てしてくれたのはこの2人なんですから」
「そうだったの。ありがとう」
「お礼されることじゃないよ?」
「フィイたちはセーラさんに恩返ししたかった」
そう言いながら、フィアは私と兄様の包帯を取り替えてくれた。兄様の包帯を外した時、左胸に残る傷跡がとても痛々しかった。思わず目をそらしてしまった。
「兄様。兄様は左胸を刺されてたよね。どうして生きていられたの?」
「うん? ああ。実はあの短刀、心臓から少しずれてたんだよ。カランの短刀は最後の最後に、俺たち兄妹を助けてくれたみたいだ。大事にしろよ」
私は深く頷いた。そっと自分の短刀を腕の中に包み込む。私の両親の命を奪った短刀だけど、私たち兄妹の命を守ってくれた。それだけで、私はこの短刀を大切に思うことができるような気がする。
「セーラさん! これ、どうぞ」
「ありがとう、フィイ。これは?」
「それはこの森で採れる果物、リンゴだよ。食べると元気が出るの!」
フィイが満面の笑みで差し出した赤い球体のものは、いい匂いを漂わせていて、見るからにとてもおいしそうだった。
「……ん、おいしい!」
「でしょ? 僕のオススメなの!」
甘いけれどさっぱりとした味のリンゴは、久々に能力を完全開放した後の気だるい身体に心地よかった。
「ところでフィア、この包帯とかどこから持ってきたの?」
「ここの近くに狼族のリュウセイさんが作った狼族の待機所のようなところがあるんです」
「そこには衣類とか保存用食糧とか、救急セットとかが置いてあるんです」
「泣きながら2人が飛び出していったときはどうなる事かと思ったが、この2人のおかげで師匠たちを手当てすることもできたしな」
「ホント、フィアとフィイは師匠の命の恩人ですよ」
「そうだ。こんな機会滅多にないから何か師匠にお願いしてみろよ」
「ちょっと、あんたたち、何勝手なこと言って……」
「セーラさん、フィアたちのお願い聞いてくれるのー?」
「のー?」
……だから目をキラキラ輝かせて上目遣いに物を頼むのは反則だろう!!
明らかに怯んでいる私を見て、トーマ以下弟子3名、兄様の4人は大笑いしだした。特に兄様なんて笑いが傷に響いているのか、目に涙をにじませている。なら笑わなければいいだろう!!
「……分かったわよ。その代り、私が叶えられる程度にしてよ」
「いいんですか!?」
「やったー!」
無邪気にはしゃいで喜んでいる2人を見ると、機嫌が悪くともつい頬が緩んでしまう。つい何でも願いを叶えてやりたくなってしまう。そうなったら弟子3人を使えばいいか。
「あのね、フィアたちを」
「セーラさんのところに置いてほしいの」
「それは……」
私は考え込んでしまう。正直言ってこの双子なら性格的にネコに混じっても問題ないはずだ。しかし問題は私の道場のほうだ。狼に本能的嫌悪感を持っている子たちが多い。下手に連れて帰れば互いに精神をすり減らして嫌な思いをするのがおちだろう。
「カラン、俺からも頼む。こいつらも親がいないんだ。お前のところなら安心して預けられる」
「兄様は預かれないの?」
「俺はお前のところに行くつもりだが?」
「ふざけんな!!」
いきなり大声を上げ始めた私に双子がびくりと身を竦ませる。私は慌てて笑顔を作って双子に向けた。
「師匠、俺、この2人を道場に連れて行っても平気だと思うぜ」
「何を根拠にそんなこと言えるのよ」
「師匠はこの数年間で子供たちを鍛えただろう? その時俺たちは師匠からいろんなことを教わったんだ」
「そうですよ。現に僕たち、フィアにもフィイにも普通に接しているでしょう」
「偏見をなくすこと。これが師匠から一番初めに教わったことです」
「あんたたち……」
目にジワリと涙が浮かぶ。
「偏見なんてあったら僕たちの能力が普通のネコに受け入れられるわけないじゃないですか」
「そうだったわね。……分かった。フィアとフィイはうちに連れて帰る!」
「ホントですか!?」
「ありがとうございます!」
フィアとフィイが嬉しそうに同時に頭を下げた。それを微笑ましげに見つめる外野5人。
「そうと決まればさっさと帰るわよ。こんなところにいつまでも居たくないし。兄様も大丈夫?」
「ああ。これくらい問題ない。普通に歩くぐらいなら助けなしでもいける」
「じゃ、帰るわよ。兄様も仕方ないから北の森に帰るまではうちに置いてあげる」
私が悪戯げな笑顔を向けると、兄様は少し照れたように苦笑した。右手にはフィア、左手にはフィイの手を握り、後ろにトーマ、ミカゲ、リアを連れ、そのさらに後ろに兄様を連れて私は神殿を出た。
外はもう夕焼け色に染まっていて、あまりの美しさと眩しさに、私は碧色の目を細めた。
「さて、帰りくらいはのんびり行きましょうか」
日が沈みかけた道を仲間とともに、いつもの場所へと歩き出した。
これにて、『気ままに。』の第1部は完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
感想、リクエスト等がありましたらお気軽にどうぞ。
第2部にいく前にトーマ君と兄様の短編をアップしたいと思います。
引き続き、師匠たちをよろしくお願いします。
願わくば、この物語があなたにとって楽しいものでありますように。
美織