最終決戦
師匠vsルーパス
これで全てが終わるんです。
目を瞑って自分を中心とした全方位に神経を集中させる。
「師匠、目……」
一瞬私が目を開けた時にちらりと見えたのか、トーマが微かに声を上げた。普段の私は黒髪に碧の目をしている。が、今は……
「金、色?」
私の能力完全開放。それがこの能力"千里眼"だ。視力を全て失う代わりに、全方位の視覚情報を全て知覚する。光を失った私の目は碧から金色に変わる。それゆえに、私は背後から襲われることもなく、不意を突いて攻撃することも可能だ。
「師匠、すごいです。こんな師匠、初めてみました……」
これが私の本当の力。リアを始め、その場にいるルーパス以外が全員驚いている。私はルーパスの動きをとらえながらも、しっかりその様子を視ていた。
「これが貴女の本当の能力なのですね。ますます気に入りました」
「よくもそんな余裕が持てるわね。一応私がこの力を解放して負けたことはないんだけど?」
ルーパスが鼻で笑う。弟子たちとは違い、全く動じない様子に苛つきを通り越して感嘆すら覚える。
「どうしたのですか。あたしのことはしっかり見えているのでしょう? ちゃんと当ててください」
「言われなくてもッ!」
私の渾身の回し蹴りを受けて僅かにルーパスの身体が後ろに押される。
「よくもまあ、私の渾身の一撃を受けてその程度で済むわね。驚きを通り越して呆れるわ」
「良くも悪くも霊体ですからね。さあ、どんどん行きますね」
そういうなりルーパスが床を蹴る。一瞬速さで見失いかけるが、全方位を知覚する私には関係ない。普通の人だったら背後に回り込まれて完全に見失うだろうけどね。
身を屈めてルーパスの上段回し蹴りを回避し、その勢いのまま足払いをかける。ルーパスはバックステップでかわした。
「全方位知覚、ですか。面倒臭い能力を持っていますね。さて、どうしましょうか」
口調は困っているようにみえても顔が笑っている。その冷たい笑顔に私の背筋に冷たいものが走る。無言で気を引き締める。
「そうです。あたし相手に油断しないのはとてもいいことですよ。そのままあたしを喜ばせ続けてください」
「私はあんたの機嫌取りのために戦ってるわけじゃないんだけど」
「結果は同じですよ。さあ、続けましょう」
狂っている。私は素直にそう感じた。私が素早く動けば動くほど、強攻撃を当てれば当てるほど、ルーパスの笑みは深まっていった。まさに戦いに狂った者。
焦ってはならない。自分にそう言い聞かせながら、冷静に相手の動きを観察する。私の渾身の一撃を与え続けても顔色一つどころか眉毛の一本も動かさないような相手だ。焦った瞬間、飲み込まれる。
しかし私も生身のネコな訳で。
「さすがに疲れてきましたか? 生身の身体も大変ですね」
「うるさい!」
口ではそうは言ってみたものの、自分の体力の限界は自分が一番よく理解している。全方位が知覚出来ても私の反応が遅れれば意味がない。この能力は私の基礎能力の高さと合わさって初めてその威力を発揮するのだ。
「もう少し楽しみたかったけれど……。そろそろ終わりにしましょうか」
途端にルーパスの纏う空気が変わる。滅多に気圧されることが無い私が、そのあまりにも大きい存在感に気圧された。
「……何のつもりですか」
ルーパスが低くそう言った。よく見るとルーパスの身体は完全に静止していた。そしてルーパスの身体から流れてくるこの懐かしい気配……。
「兄、様……?」
私がそう呟くと、ルーパスが口を開いた。反射的に身体を固くしてしまう。
「カラン……、ルーパスの、本体……上」
「兄様……、兄様なの?」
「そんなに長くは止められない……。早く」
そう言ったルーパスの目には早くも元の光が戻り始めていた。兄様の頑張りを無駄にしてはならない。私はルーパスの脇を通り抜け、正面の階段を駆け上がり始めた。
「何段あるのよ、これ!」
ざっと目測で50m。100段ほどだろうか。正直今の私に100段を速度を落とさずに昇り続けるのはきつい。
それでもなんとか昇りきると、頂上には大きな棺のようなものが置かれていた。短剣を持ち直してゆっくりと近づく。
中を覗くと、そこには獣が横たわっていた。銀色の毛を持ち、狼族と同じ耳を持っている。これがあの伝説の神狼の本体なのだろう。
「これで、終わる……」
「止めろ――――――!!」
私がルーパスの霊体が階段を昇りきって背後に現れるのを知覚したのとほぼ同時に、私の手に握られている兄様の短刀が獣の身体に沈んだ。
「――――ああああぁぁ!!」
……終わった。背後からルーパスの断末魔の叫びが聞こえて私はそう確信した。
「――――――ッ!」
「一人でなど……、死んでたまるかッ!」
トスッという軽い音と共に、何かが背中に突き刺さる感触。意識を背中に集中させて、その異物を確認する。それは私が一番良く見知ったもの。
「お前は、私たち一家を殺すのね……」
私の短刀が私の背中から突き出ていた。
次回、最終回。