愛
家族の愛は、何物にも負けないと思うんです。
「お疲れ様です」
「うふふ、この子意外と意志の力が強くて飲み込むのに時間かかってしまいました。力が欲しい……」
そう言って師匠、の中の誰かは僕らをじっと見つめた。
「皆さんいい力を持っているのですね。あたし、あの双子が喰いたいです」
その言葉に双子が緊張する。しかしすぐにその緊張は解かれた。
「ダメです。仮にも同じ種族でしょう。貴女が守るべき対象を喰ってどうするんですか。喰うなら俺にしてください。あいつらより力も多いでしょう」
リュウセイさんが僕たちと師匠の間に立ちはだかるように立つ。
「あたし、リュウセイはよく頑張ってくれたからずっと傍に置いておいてあげようと思っていたのですが」
「すぐに力が欲しいんでしょう。なら俺を喰ったほうがいい」
「あら、おかしな子ですね。自分から命を差し出すなんて。まあ、いいわ。そこまで言うのならリュウセイを喰わせてもらいます」
そう言うと、師匠がリュウセイさんに目配せした。頷くリュウセイさん。リュウセイさんは茂みに向かって手を振ると、茂みから何人もの狼が出てきた。正直、これほどの数がいたのに気付かなかったなんて思うと寒気がした。
「神殿の中にこいつらを運んでくれ」
そう言ってリュウセイさんが一番近くにいた僕を抱えあげた。
リュウセイさんが僕を神殿の床に下ろす直前、僕はこっそり尋ねてみた。
「師匠の中に入っているのは」
「ルーパス」
そう短く答えた。耳のいいリアならもちろん聞こえていただろうし、この神殿の床は大理石だ。トーマさんはさりげなく床に意識を集中させていた。すぐに聞きだすだろう。
"ルーパス"。それが師匠の中に入っている奴。確か神狼と呼ばれる存在だったはずだ。昔師匠の家の書斎に置いてある本の中にそんなことが書かれていたような気がする。
ルーパスは一人、神殿の正面中央奥に位置する階段の前に立ち、僕らを一瞥すると口を開いた。
「皆さん揃いましたね。それではこれから皆さんには本当のあたしの復活のときを見せてあげますね」
そう言って懐からひと振りの短剣を取り出した。それを僕たちに見せつけるようにして構える。
「これ、何だか分かりますか?」
「それは師匠の……」
「よく分かりましたね。そう。族長一家を刺し、命を奪った短剣。それだけでかなりの力を持っています」
そしてルーパスは手に短剣を構えたままリュウセイさんを手招いた。素直に近づくリュウセイさん。
「リュウセイ、今まで10年間本当にありがとうございました。さようなら」
そのままなんの躊躇いもなく、短剣をリュウセイさんの左胸に突き刺した。
「……ダメ。いや、嫌よこんなの……。……?」
目の色は何も変わらないまま、ルーパスからそんな言葉が漏れてきた。
「何、まだ意識が残っていたんですか。しつこいですね。いい加減服従したらどうですか」
「いや。私の短剣でまた家族を刺すなんて、嫌だ」
それは不思議な光景だった。同じ口から二つの声が聞こえてくる。まったく同じ声なのに、全く違う声。
「私の中から出ていけ!!」
「!?」
一瞬師匠の身体が眩しく光り輝いた。あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまう。再び目を開いた時には、そこにはいつも通りの表情の師匠と、それまでそこにはいなかった見たこともない女の人が立っていた。
びっくりした。背後から不意をつかれて気を失い、気がつけば自分が最も憎む身内が胸から血を流している。その胸から突き出ていたのは、私が誰よりもよく見知ったもの。
「また、私がやったの? 父様と母様のときのように? ねえ、兄様、答えてよ……」
目の前にいる唯一残された肉親、リュウセイの姿しか見えなかった。
「カラン……? 良かった、元に戻ったのか……」
胸の短剣をそっと引き抜く。それを傍らに置いて、私は出来るだけ優しく、実の兄を抱きしめた。頬からひとしずく、涙がこぼれおちた。
「お前だけは……、無事……よかった」
「嫌……嫌だ!!」
兄様がまるで最後の力を振り絞るように、優しく笑った。10年ぶりに見る兄様の優しい笑顔。何でこんなときにまで笑おうとするのよ。
「お前だけは、お前だけは絶対に許さない……!」
私の両目からは後から後から涙が溢れだしてくる。それを拭おうともせず、私はルーパスを睨みつけた。そっと兄様を床に横たえると、その懐からひと振りの短刀を抜きだす。兄様のだ。
「あたしを追い出すなんて……。面白いわ。ますます気に入りました。こうなったら少々力ずくでもその身体、いただきますね」
「あんたなんかに渡すもんか。200年前、私の祖先がしたように、あんたを封じ込める」
「何の知識も無いのにどうやって、ですか?」
ルーパスが可笑しそうに笑う。私もできるだけ不敵に笑って宣言した。
「簡単よ。あんたを倒せばいい」
「何、あたしを倒す、ですか? カランさんはとても面白いことを言うのですね」
今度は腹を抱えるようにして大笑いしだす。しかし、私の目が本気なのを見て笑いをひっこめた。
「本気、みたいですね。いいわ。相手してあげましょう」
静かにルーパスが構えた。私も兄様の短剣を構える。一気に空気が張り詰める。
私は息を詰めると、心の中で3秒数えた。数え終わると同時に床を蹴る。ルーパスもほぼ同時に地面を蹴った。
ルーパスと身体が交差する瞬間、私は目を閉じた。絶対に、負けない。
師匠、復活。次回活躍します。