敗北
僕たちが師匠と別れた場所から、警戒しながら走ること約1日。目の前に大きな建物が見えてきた。その手前300mくらい位置で立ち止まる。双子はまだ眠ったままだった。
「あれで、間違いないよな」
「あたりに狼の気配はありませんが、たぶんそうでしょう。入りますか」
「待って下さい。中から誰か出てくる音がします」
リアの警戒の声に、僕たちは息をひそめて入口をうかがう。中から黒い長身の男が出てきた。
「リュウセイさん……。間違いなさそうです。行きましょう」
「行くって、隠れなくてもいいのかよ」
「リュウセイさんが出てきた時点で、ここに僕たちがいることはすでにバレています。隠れても意味無いですよ」
僕は何のためらいもなくフィイを背負ったまま神殿の方へ向って歩き出す。後ろを恐る恐るついてくる、フィアを背負ったトーマさんとリア。
「意外と早かったな。もう少しかかると思ってたぞ」
「生憎、僕たちはそれほど甘く鍛えられていませんから」
「カランの訓練の賜物か」
おかしそうにリュウセイさんが笑う。途端にムッとする僕たち3人。
「悪い。別にお前らを笑った訳じゃない。しかし、お前らもほんとにカランのことが好きだよな」
「セーラです。いい加減、覚えたらどうですか」
「俺の中でカランはいつまでもカランだ。それよりも、フィア、フィイ。いい加減起きろ」
リュウセイさんの言葉に固まる僕ら。恐る恐る後ろに背負っている双子の様子を窺う。
「フィア、ちゃんとできてましたー?」
「たー?」
気がつけばそこにはもう双子の姿はなく、慌てて振り返るとすでにリュウセイさんの隣にいた。
「上出来。さて、最後のひと仕事といきますか」
「師匠は中だな?」
「さあ。入ってみたらどうだ? まあ、そう簡単に通しはしないが」
リュウセイさんの返事を聞いて戦闘態勢に入るトーマさんとリア。僕も静かに構えを取る。対するリュウセイさんはその場に立ち尽くしたまま、一向に構えようとしない。
「さっさと構えろよ」
「わざわざ待ってたのか? 見かけによらず、律儀なやつだな。いいぜ。どっからでもかかってこいよ」
「そうですか。では遠慮なく」
僕は身内であろうと容赦はしない。未だためらっているトーマさんとリアを置いて駆け出す。正直リュウセイさんはそんな余裕を持てる相手ではない。構えないというなら好都合だ。
「ミカゲもまだまだ甘いな」
体同士が接触する直前、リュウセイさんがそう呟くのが聞こえた。嫌な予感がし、方向転換しようとしたときにはもう遅かった。
「おやすみ」
「え……」
首筋にチクリと痛みが走ったかと思えば、急に全身から力が抜けた。崩れ落ちる身体を抑えることができなかった。
「ミカゲ!?」
「…………ッ!」
渾身の力を振りしぼって身体を捻る。直後それまで僕がいたところにリュウセイさんの足が突き刺さる。地面が抉れるのを見て、背中に冷たいものがはしった。
「よく頑張ったな。それに敬意を表して追撃はしないでおいてやる」
「くっ」
地面から身体を起こすこともできない僕を見て固まるトーマさんとリア。僕自身も驚いている。今までどんな攻撃を、たとえ師匠でも、受けても行動不能になることはなかった。
「ああ、なぜ動けなくなったか? そんなの簡単だよ。これ。俺のお気に入り」
そう言ってリュウセイさんが取り出したのは長さ10cmほどの長い針だった。その先端は何か液体が塗られていた。
「ただの麻痺毒だ。死にはしない。安心しろ」
そしてそのまま特に構えもしないまま、地面を蹴った。そんなに強く蹴ったようには見えなかったのに、その速さに虚をつかれて一瞬トーマさんとリアの反応が遅れた。
「やっぱりダメ!」
「ダメなの!」
リュウセイさんの毒針がトーマさんとリアに触れる直前、そこに小さな2つの影が飛び込んだ。とたんに崩れ落ちる2つの影。
「フィア!? フィイ!?」
とっさに身体を受け止めるトーマさんとリア。それを感情のない目で見つめるリュウセイさん。
「フィア、今度はセーラさん守りたい。もうトーマたちと戦いたくない」
「フィイも、フィイもセーラさん守る」
「……暗示が切れたか。まあ、いい。これでお前らも用無しだ」
リュウセイさんがぼそりとそう呟いた。誰よりも早く反応したのは、誰よりも耳がいいリアだった。
「いらないってなんですか!? この子たちは、貴方のために頑張ってたんじゃないですか!」
「止めろ、リア……」
僕の制止も聞かずにリアが飛び出した。慌てて引き留めようと飛び出すトーマさん。しかしそれもリュウセイさんの思惑通りだった。
「カランが鍛えたというから楽しみにしていたのに。がっかりだな」
「リュウセイ、終わったのですか?」
女性の声が聞こえて神殿の入口を仰ぐ。そこから出てきた人に、地面に伏した僕たち5人は驚愕のあまり声も出せなかった。
「師匠……?」
呆然とつぶやくリアの声が聞こえた。