追跡
いよいよクライマックスに近づいてきました。
これから一気にラストまであげていきたいと思います。
「ミカゲ、結構やばいぞ」
「分かってます。もう少し、もう少しだけなんとかなりませんか」
「馬鹿。誰に物を言ってやがる」
実際、トーマさんの戦い方を見ていて、かなり本気を出しているのが分かった。それこそ稽古のときの比ではない。下手に手を抜くとどちらかが大怪我をするからだ。
ちらりとリアのほうをうかがうと、時折耳がピクリと動いている。どうやら苦戦しているようだ。
「フィイ、平気?」
「平気。姉さんは?」
「平気。リュウセイさんの約束、ちゃんと守ろう」
「うん」
感情の光が一切消えた2人の瞳。人間は人を傷つけるとき、感情があれば一瞬躊躇するものだ。しかし今の2人にはその抑えが無い。躊躇なく人を傷つけようとするものを相手に自分も相手も傷つけないようにするのは至難の業なのだ。
「ミカゲ、フィイの体勢、崩せそうか?」
「たぶん無理だと思いますが、やってみます」
僕はそう言って右足を地面に滑らせるようにして一歩踏み出す。そのまま地面を強く蹴り、一気に5mほどの距離を縮める。
地面すれすれの高さを滑るようにして飛び出した僕の身体は、一直線にフィイの元へと行く。一瞬絡み合う視線。その何も映さない虚ろな瞳に、ゾクリと背筋を冷たいものが通る。
フィイとぶつかる直前、身体をわずかにひねって背後へと回り込む。低い姿勢はそのまま、足払いをかける。
「フィイ」
僕の足がフィイに届く直前、その間にフィアが割り込む。そしてタイミングを合わせて僕の足を上にはじいた。その勢いに乗せて宙返りし、さがる。
トーマさんの脇までさがる頃にはもう、フィアは元の位置に戻っていた。リュウセイが師匠を連れて消えていった道の前。
「やっぱり難しいか。先に誰かを行かせるわけにはいかないし」
「元を絶つしか……」
「いた……」
視線は双子から逸らさないまま、リアは静かに呟く。足がわずかに動いて示したのは双子の右斜め後ろ。トーマさんの正面。
「ミカゲ、リア。30秒」
それだけ言って、トーマさんは地面をけった。とほぼ同時に動き出す僕とリア。僕とリアが向かったのはトーマさんと双子の間。僕はフィイと、リアはフィアと向かっている。
トーマさんはそのまま木々に間に突っ込んでいった。
それまで何も感情を映さなかったその目に僅かに動揺が見えて、僕は自分の予想が正しかったことを確信した。
「フィイ!」
フィアがそう叫ぶと同時に、フィイが駆けだす。その前に回り込む僕に、フィアが突っ込んでくる。と同時にリアが回りこんできてフィアの進路を塞ぐ。
「姉さん……」
フィイが地面を蹴ろうとしたのを見て僕が構えた途端、急に糸が切れたかのようにフィイの上体が傾く。慌ててフィイを受け止めると、ほぼ同時にフィアも倒れ込んだらしい。リアも慌てて受け止めていた。
「殺してないですよね?」
「当たり前だ」
そう言いながら戻ってきたトーマの頬は、軽く切れていた。
僕は眉をひそめながら問う。
「短刀、ですか」
「ああ。しかも、お前の一族のもんだろ、これ」
トーマが投げてよこした短刀は、確かに僕たち、"黒ネコ族"が7歳の儀式のときに授かるものだった。傷口に見覚えがあったので、まさかとは思ったが、どうやら本当だったらしい。
「お前らのとこ、危ねえかもな」
「あれでも"黒ネコ族"は武闘派の一族です。籠城でも何でもして自分たちで何とかしてますよ」
「それよりも師匠、ってか」
「茶化している暇はないでしょう。さっさと追いますよ」
「へいへい」
トーマさんが木々に手を置き集中しだすのを確認して、僕はリアと相談を始める。
「フィアとフィイ、どうしましょうか」
「ここに置いていくわけにもいかないですしね。僕もこの子たちに背後襲われるのは嫌です」
「かといって連れて行って目覚めたときに暗示が解けていなかったら……」
「いや、その心配はないだろう」
話に割り込んできたのは、いつの間にか集中を解いていたトーマさんだった。
「暗示かけている側の記憶を飛ばしてきた。かけられる人がいなければ暗示もかからないだろ」
「記憶とばしたって貴方は……。かなり危険なことしますね。一歩間違えれば死ぬじゃないですか」
「その辺の加減は心配すんな。慣れてる」
「そんなことに慣れないでくださいよ……」
何故そんなことに慣れるような生活をしていたのかは恐ろしいので聞かないことにする。一歩間違えれば自分も同じ生活を送ることになっていたはずだ。
「とにかく急ぎましょう。師匠が心配です」
「リアはホントに師匠が好きだな。さてと、俺はフィアを背負うから、ミカゲ、お前はフィイを背負え。リアはいつも通り、周りの警戒を頼むぞ」
「「はい」」
トーマさんはフィアを背負うと、駆け足程度の早さで走りだした。そのすぐ後を追うリアとフィイを背負った僕。
「これから気配を完全に消す。リアもできるな? 絶対に見失うなよ」
言い終わると同時に、トーマさんが消えた。
目の前に姿だけは見えてるが、まるでそれが幻のように感じられる。
自分の気配も消しながら、トーマさんの後をしっかりと追う。あれは幻ではないかと疑い出す気持ちを押さえこんで、ただひたすらトーマさんの姿を追った。
気配を探ってみると、リアの気配も感じられないから、うまく消すことができたようだ。
(師匠、どうか無事で)
僕はそっと祈りながら、日が暮れ始めた森をひたすら走っていた。