裏切り
彼らを、彼らを嫌わないであげてください。
「北東、だな」
トーマが手を置いていた石から手を離しながら言った。
「北東、ね。間違いなさそうだわ」
2日前、私の目の前であいつらが向かった方向と一致する。北東に何かがある。そう考えていいだろう。私は自ら、そこへ向かおうとしている。そう考えただけで身体が震えた。
「大丈夫ですか、師匠」
「ただの武者震いよ。あんたたちも私についてくるつもりなら、覚悟しておきなさい」
「今度は置いていくとか言わないんですね」
「行っても聞かないでしょ……」
答える私の声は少々呆れ気味だ。そんなところまで似なくていいのに、全員私に似て一度言い出したら何を言っても聞きやしない。自分でも自覚があるから何も言えない。
「ホント、こんな弟子を持てて大変なのか……」
「幸せなのか、ですか?」
リアのからかうような言葉に、私は眉をあげて返事する。
「距離的にはたぶん俺たちが普通に走って1日分くらいだと思う。どうする?」
「そうね、あいつらがどこに向かおうとしているのかは知らないけど、身を隠しながら追うなら妥当な距離でしょう。歩いていきましょう。それに……」
私はそこで言葉を切ってリアに視線をやる。急に目線を合わせられたリアはキョトンとしている。
「走るとついてこれなくなる子もいるかも知れないからね」
「な、師匠! それって僕のことですか!?」
「あら、自覚あるの? 私、リアの名前なんて一言も出してないけど」
「しっかり僕の目を見て言ったじゃないですか!!」
すっかりリアの機嫌を損ねてしまった。そんな私を呆れた目で見るミカゲ。何も言ってはこないから、もう諦めの境地に入っているのだろう。
「行くなら早く行こうぜ。ほら、双子だけ先に行っちまってるぞ」
「ここ、フィアたちの森」
「フィイも案内できるー」
慌てて先を見ると、双子たちが木々をかき分けて森の奥のほうへと向かっているところだった。
「あ、コラ! 勝手に入ったら危ないって!」
「大丈夫。ここ、フィアたちよく知ってるー」
「るー」
よく知ってる? ということは、やっぱりここが狼族たちの本拠地となる森なのだろうか。
「ほら、ここー」
「みちー」
木々をかき分けて双子が指し示す地面には、よく見ると何度も通り抜けて踏みならされた道があった。
「こんなところに道が……。気づかなかった」
「師匠でも気がつかなかったのかよ」
「いえ。違います。ここが出来たのはたぶん、昨日か一昨日ですよ。たぶん、師匠を通らせるためにわざわざ道を作ったんじゃないかと」
ミカゲが少し鼻をぴくつかせながら言った。あ、カワイイ。……って、今私のこと、師匠って呼んだ?
私が驚きの視線を向けると、ミカゲは少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「ってことは、僕たちを誘ってるんですかね。どうします、師匠?」
「誘ってるんなら乗らなくちゃ。行くわよ」
私は先頭に立つと、道に一歩踏み出した。私の後ろにフィア、フィイ、リア、ミカゲ、トーマの順で続く。道はかなりしっかりとならされているらしく、とても歩きやすかった。
「そこ、右です」
「すー」
一本道をずっとたどっていくと、道が急に途切れた。フィアとフィイを振り返って道を問うと、二人仲良く右を指差した。
「右、ね」
「師匠!!」
あの悲鳴のような声を上げたのはリアだったのか、ミカゲだったのか、それともトーマだったのか。
確認する前に、私の意識は途切れていた。
くそ。油断していた。師匠が狙われていたのは分かっていたはずなのに。目の前で、すぐに手が届きそうなところで、師匠は崩れ落ちた。
「手前ら、そこどけよ」
トーマさんが今までに聞いたことないほどの低い声で目の前に立つものを威嚇した。
「できない」
「これ、フィイたちのお仕事」
そう言った双子の目には光がなかった。たぶん、かなり強い暗示をかけられているのだろう。それが分かっているのか、トーマさんも威嚇はできても手は出せないでいる。
「フィア、フィイ。ご苦労様。自分たちだけでできそう?」
「リュウセイさん……」
僕の口から驚きの言葉がもれる。崩れ落ちた師匠を抱えているのは、数週間ぶりに見る師匠の兄、リュウセイだった。
「ミカゲさん、リュウセイって?」
「師匠のお兄さんです」
双子から目線を外してはいないが、気配でトーマさんとリアが驚いたのが分かった。無理もない。実の兄が直接妹を襲いに来るなんて、思いもしなかっただろう。
「ミカゲか。久しぶりだな。悪いけど、カランはもらっていくよ。俺たちにも必要なんでな」
「師匠を、どうするつもりですか」
「神殿」
リュウセイが面倒臭そうにぽつりと言った。
「この森の北東に神殿がある。知りたければそこに来い」
それだけ言って、リュウセイは師匠を抱え直すと、森の奥へと消えていった。
「一つだけ言い忘れたけど、その子たち、天才だから」
僕たちの視界から完全に消え去る直前、リュウセイがそう言った。あいつの言う"その子たち"が誰を指すかだなんて、火を見るより明らかだった。
「フィア、お前たちをここから先へは行かせない」
「フィイ、お前たちを倒す」
「マジかよ……」
双子の腕前はトーマさんも実際に見ている。本気の二人を自分も相手も怪我をさせずに戦闘不能にするのはほぼ無理であろう。
「本気、ですか」
「「本気」」
「仕方ないです」
静かに構えた僕をちらりと見て、トーマさんは少し驚いた顔をした。
「ミカゲ、本気か」
「手加減できる相手じゃありませんから」
「しゃあないか。お前ら、恨むなよ」
「二人とも、本気なんですか!?」
「リア」
僕はリアにやるべきことを目線のみで促す。リアはハッとした表情になって、小さく頷くと、構えた。
「早く、師匠を追いましょう」
僕のその一言で、両者ほぼ同時に動き出した。
最初からこうするために、2人は彼女たちに近づいた。
約束を守る。ただそれだけのために。