仲間
白いご飯が山盛りのお茶碗を前に、リアはまだご機嫌斜めだった。
「だからー、リア、ごめんって。いい加減機嫌直してよ」
「……悪いのは師匠たちじゃないですか」
「だからごめん、ってさっきから謝ってるじゃない」
稽古を終え、宿の食堂に集合して早30分。稽古中にからかわれたことを未だに根に持っているらしい。
「なー? リア、機嫌悪いー?」
「いー?」
「ほら、フィアとフィイまで心配してるじゃない。いい加減機嫌直しなさい、先輩」
「……同い年だし」
あ、敬語が抜けた。こりゃ相当拗ねてるな。いったいどうしたものか。
私が頭を悩ませていると、隣に座っていたミカゲが急に立ちあがった。何事かと思い、その姿を追うと、ミカゲはリアの後ろで立ち止まった。あっ、と思った時にはすでにミカゲの拳骨(結構本気。いい音してた)がリアの頭の上に落とされていた。
「痛っ! 何するんですか、ミカゲさん!!」
「いい加減にしなさい、リア。周りを見なさい。他の方に迷惑がかかっているでしょう。部屋で僕たちの前でならいくら拗ねても構いません。ですが、このようにたくさんの方が集まる場所で、いつまでも拗ねているのは良くないですよ。さっさと食事をすませなさい」
あれ、お前も機嫌悪くさせた原因の一人じゃなかったっけか? よくもまあぬけぬけと。しかし、その一言でリアがハッと気がつくものがあったらしく、少しは機嫌直したらしいのでよしとするか。
「みんな仲良しが一番ですー!」
「ですー!」
双子もニコニコだ。
というわけで、私たち一行の食事が始まった。
「さてと、無事食事も始まったことだし。トーマ、どうだった?」
私の一言にリアの誰のせいだ、とでもいうような視線が突き刺さってきたが、華麗にスルーする。リアも諦めたのか、特に何も言ってこなかった。
「どうって……。そうだな、まず一番に驚きだな。フィイはホントに初心者なのか?」
「正確には違うけど、……ほぼ初心者よ」
歯切れの悪い私の答えに、トーマが一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに引っ込めて平静を装った。流石は私の弟子、とでもいうべきが、この辺の空気の読み方はよく心得ている。
ミカゲに目線を送っていたから、後でミカゲがうまく説明するだろう。
「にしてももったいないな。フィアちゃんも結構いい動きしてたし。2人が狼族でなければ……」
「トーマさん!」
リアの鋭い声に、トーマが気まずそうな顔をする。
フィアとフィイが狼族でなければ。これは私も何度か思ったことがある。そうすれば私の道場に連れて帰れたのに。
基本的に"ネコ族"は"狼族"を恐れる。私やトーマを始めとする師範代クラスの連中は何とも思わないが、道場の他の子供たちはそうはいかない。特にあの道場にいる子たちの多くは狼族に親を殺されているのだ。親がいないネコ族の子供は、守ってくれる人がいない。だから私が定期的に森を探索しては親のいない子供たちを引き取って回っているのだ。
「フィアは悪いことしないよ?」
「フィイもー!」
「うーん、そういう問題じゃないんだけど、まだ分かんないか」
そもそも他の狼族がやったことなんて、この子たちには無関係だ。しかし、幼い子たちにはそれが分からない。だからこそ、連れて帰るわけにはいかないのだ。
「そうだ、せっかく来たんだから、トーマに頼み事していい?」
私は少し暗くなりかけた空気を払拭するようにわざと明るい声で言った。
「師匠が頼み事? 珍しいな。何?」
「ちょっと追って欲しい人がいるのよ」
「師匠の目じゃダメなのか?」
「見失ったの、一昨日だから私の目じゃもう無理だと思う。あんた、木とか石から記憶読み取れるでしょ」
「なるほどな。了解。後でその場所に連れてって」
そこまで約束を取り付けてから、目の前の食事を片付けることに集中する。ふとリアのほうを見ると、あんなに大盛りにしてたのに、もうご飯の山が消えている。恐るべし、成長期。
食事開始から1時間後、ようやく全員の食事が終わった。主に時間がかかるのは女性陣。はい、私とフィアのせいです。女の子は食事に時間かかるものだからね。
「ごちそうさまでした」
最後に食堂のおばちゃんに挨拶とお礼を言って部屋に戻る。あのおばちゃんのご飯、おいしかった。
「で、師匠。この後どうするんだ?」
「さっさと追わないと追いつかないから森に行くわ。みんな、荷物まとめてきて」
あいつらが私の身体を狙っているなら、私が追いつけない速度で移動するわけないが、その辺はまだあいつらには伏せておこう。余計な心配かけたくないし。
みんな手慣れたもので、ものの数分で全員の支度が済んだ。
「あ、ヤバ。私まだ支度してない……」
「自分から言っておいて何だよ!」
少々痛いツッコミが入ったが、自業自得だろう。甘んじて受けさせていただきます。
「みんな、忘れ物無いわね? じゃ、出発!」
宿を出て、森のほうへと一歩踏み出した。私の後ろには仲間がいる。