愛憎
「何よそれ、聞いてないわ。そんな、じゃあ私が今まで生きてこれたのは……」
「そ。貴女のお兄さんのおかげですよ」
その言葉は私の10年間持ち続けたあいつへの恨みを否定するもの。私の存在の根底にあるものを否定するもの。
「1番憎いと思ってた奴に私は生かされてたの?」
屈辱。
この2文字だけが私の頭に浮かんだ。まさか自分がいつか倒すと息巻いていた奴に生かされていたなんて思いもしない。私の10年分の恨みはどこへ向ければいいの?
「……あの時私も一緒に殺してくれればよかったのに!」
そうすればこんなに辛い思いをしなくても済んだ。10年もかけてやっと唯一の肉親を倒す決意が固まったのに、その決意を簡単に粉々にされ無くても済んだ。
混乱する私を、あいつはただ淡々と、だけどどこか悲しそうに黙って見つめ続けた。
「そんなこと言わないであげてください。リュウセイは私の暗示を自力で解いてまで貴女を救ったんですよ? いくら力が本調子に戻っていなかったとはいえ」
「暗示? 自力で? ……兄様、それはどういう意味ですか?」
「……やっと昔と同じように呼んでくれたな。意味はそのまんまの意味だよ」
私はハッとして口元を押さえた。混乱しすぎて昔の呼び名が出てしまったらしい。羞恥で頬が赤く染まる。
そんな私をルーパスさんはニヤニヤと、あいつは少しだけ嬉しそうに見つめていた。
「兄妹仲よろしく話しているところで悪いのですが、あたしの話もしていいですか?」
ルーパスさんのその一言であいつが黙る。必然的に私も黙ることになる。ちょっと癪に障るが。
「ホントは身体を借りるだけならリュウセイでもよかったんですけど、今あたしは女性の姿をとっているわけです。男性の身体って合わないんですよね。この前もちょっとリュウセイで試してみたんですけど、結局リュウセイの身体のほうがもたなくて……」
そこでルーパスさんが私に体重をさらにかけた。思わず息が詰まる。
ルーパスさんが私の顎を掴み、無理やり自分のほうを向かせる。私と目が合うと不気味に笑った。私の背中にゾクリと悪寒が走る。
「受け入れろ。あたしの存在を。あたしの意志に服従を誓い、その身体を差し出せ」
決して脅している口調ではない。ただ淡々と用件を述べている。それだけのはずなのに、思わず自分の全てを投げ出してしまいたくなるような、鋭い威圧感。
この時初めて私は、相手は自分では到底及びもしない存在なのだと思い知った。
「……これくらいにしておいてください」
意外にもルーパスさんを止めたのはリュウセイだった。
「これ以上はカランの身体がもちません。折角見つけたものを早々に壊すつもりですか」
「それもそうですね。ではまた今度にします。気をつけてお帰りください」
そう言ってルーパスさんはあっさりと私から身体を離すと、そのままどこかへ消えてしまった。
私があっけにとられてその後ろ姿を見つめていると、リュウセイもその後へとついていった。
「兄様!」
私がそう呼び掛けると、リュウセイはその場に立ち止まって、ゆっくりと振り返った。その顔は何も感情を映しておらず、私はその顔に寒気を感じた。
震えだしそうになる身体を叱咤し、身体を起こしながら私は問うた。
「兄様、私はもう1度あなたに近づいてもいいの?」
すると、リュウセイは少しも悩んだそぶりを見せずに口を開いた。
「否」
それだけ言って、リュウセイは私に背を向けた。私は黙ってその背を見送った。
私の視界から消える直前、リュウセイは振り向きもしないまま言った。
「例え操られていたとしても、俺はお前の両親を殺したことには変わりない。お前しか救えなかった俺をお前だけは憎み続けてくれ」
そしてリュウセイは私の視界から完全に消えた。
「これ以上、兄様を恨むことなんてできないよ……」
リュウセイが私のことだけは守ろうとしてくれたこと。その事実を知った今ではもうリュウセイを恨むことはできない。彼が純粋な殺戮衝動だけで両親を殺したと思いこんでいたからこそ、肉親であり、大好きだった兄を恨み続けることができた。
あふれ出てくる涙を抑えることができない。
私は10年ぶりに声を出して泣いた。
10年間我慢し続けた思いが、あとからもあとからもあふれ続ける。
恨み。悲しみ。憎しみ。後悔。怒り。そして愛。
これらの全てがごちゃまぜになって、涙となり、あふれ出す。
「父様、母様、兄様……」
ようやく涙が止まったのはもうすっかり日が落ちて真っ暗になったころだった。
震える足を叱りつけて、なんとか広場をあとにした。
「何で来てるのよ」
森の入口には仏頂面の黒いのと、今にも泣きそうなリアがいた。
「師匠、あんまり帰りが遅いから心配で……。師匠、泣いたんですか……?」
「私のことはいいの! それよりフィアとフィイはどうしたのよ」
「ちゃんと寝かしつけてから来ました。貴女との約束は守りましたから、これからは僕個人の勝手です」
「あんたたち……」
口ではそう言いながらも、嬉しい気持ちが抑えられない。私には10年かけて見つけた仲間がいる。
「何があったのかは聞きません。今見たことも無かったことにします」
「……あんた生意気よ」
私は最初に一応そう言ってから、黒いのの肩に顔をうずめる。黒いのは私を優しく抱きしめてくれた。
「今日は何もなかったことにします。だから師匠も明日からまたいつもの師匠になってください」
リアはそう言って私の背中を優しく撫でた。
もう枯れたと思っていた涙が、あとからあとからあふれ出してくる。私はどこか冷静になった頭の片隅で、そのことに驚いていた。
「さ、待ってる人いますし、早く帰りましょう」
私の涙が止まる頃合いを見計らって、黒いのが、いや、ミカゲが声をかけた。
その言葉に私が顔を上げると、珍しくニヤニヤとミカゲがリアと笑い合っていた。私が不思議そうにその様子を見ていると、リアが口を開いた。
「帰ってからのお楽しみです。日が昇りきるまでに宿に行きますよ」
そう言って、白み始めた空を見つつ、私たちは3人肩を並べて走り始めた。
フラグー!
次回、あの人が超久しぶりに登場!?
???「みんな、俺のこと覚えてるよな!?」