前夜
翌朝、まだ日が昇りきっていない時間に動く5つの影があった。もちろん、私たちだ。
「今日はちょっと遠いけど、今日中に隣村まで行くわよ。いいわね」
一斉にうなずく4人。それを確認すると、私は隣村に向かって走り出す。
隣村に着いたころにはもう日が沈みかけていた。道中特に襲撃もなく、逆に私たちの警戒は強くなっていた。
「ったく、あいつも相変わらず酷い心理戦しかけてくるわよね」
「本当にそうですね。ここまで警戒して何もないと、精神的疲労もかなりのものになりますし」
あいつを知らないリアと双子はキョトンとしている。
「ま、何もないわけがないんだけどね。たぶんあいつはこの森にいるはずだから」
「その、あいつ、というのは師匠の何なんですか?」
リアがちょっと聞きにくそうに尋ねてきた。
「……兄よ。認めたくはないけど」
「師匠の、お兄さん……?」
初めて聞いたリアはとても驚いた。そもそも私に兄がいたことすら知らないのだ。当然の反応だろう。
双子もかなり驚いたらしく、フリーズしている。まさか自分たちに襲うように指示したトップが、自分たちが襲った人の兄だったとは思いもしなかっただろう。
「ま、誰であろうと近日中にけりをつけるわ。距離的にも近いわけだしね」
「……師匠。絶対に、1人で行こうとかしないでくださいね」
「………………」
「……ハァ。やっぱり。僕も何年弟子をやってると思ってんですか。それくらい分かります」
何でこう私の弟子たちはそろいもそろってこう察しがいいのかしら。ちょっと鍛えすぎ? でもこればかりは譲れない。リアたちが私を一人で行かせたくない、と思うように、私もリアたちを連れていきたくないという思いがあるからだ。
「あんたたちは連れて行けない。ここに残ってなさい」
「何でですか!? 僕たちはそんなにも足手まといですか!?」
「そうじゃない!!」
珍しく怒鳴った私に、一瞬、部屋が静かになる。ハッとして4人の顔を見ると、そこには今にも泣きそうな顔をしたリア、ただ静かに私の言葉を待つ黒いの、訳が分からないなりにも心配そうな顔をするフィアとフィイがいた。
「嫌なのよ。自分の面倒事に他人を巻き込むのが。10年前につけきれなかった決着のせいで誰かが傷つくのなんて、見たくない」
「師匠……」
「分かったら私を1人で行かせて。もうこれ以上私のせいで傷つく人は見たくない」
私の両親のように、誰かを死なせたくはない。これ以上、兄に人を殺めさせたくない。それが唯一残された肉親に、唯一私ができることだから。
「黒いの、リア。フィアとフィイを頼むわよ」
まだ泣きそうな顔をしていたが、リアはもう何も言わず、しっかりとうなずいた。黒いのも同様にうなずく。
私はしゃがみこんでフィアとフィイに視線を合わせると、ゆっくりと語りかけた。
「私が面倒みるって言ったのに、こんなところで放り出してごめん。でもちゃんと戻ってくるから。それまであの2人と一緒にいてくれる?」
「フィア、セーラさんのこと、ずっと待ってますー」
「フィイもー」
「うん。ありがとう」
双子がにっこりと笑うのを見て、私は立ち上がる。
「さすがに夜から森に入るのは危険だから、明日日が昇ったら入るわ。それまでに買い物済ませちゃうわよ!」
「また買い物ですか」
そう言ってリアが笑った。その目元に光るものが見えたが、私は見なかったふりをした。
「そうよ~。昨日リアと黒いのが稼いできてくれたから、久々に甘いものでも買っちゃおうかしら」
「甘いものですか!?」
すかさず反応したのはフィアで、こんなところは女同士通じ合うものがある。
「よし、行くわよ!」
「おー!」
「おー!」
私の掛け声に元気よく応えたのはフィアとフィイ。リアと黒いのはやれやれ、といった風に私たちを見ていた。
明日、単身森に乗り込む。そのことを考えると気が重くなるが、努めて明るくふるまった。
「……大分遠くまで来ちゃったな。まったく、誰かさんのせいで楽しい旅も、かたっ苦しいことこの上ないわ」
小さく愚痴っていると、目ざとい黒いのが視線だけで問いかけてきた。私はそれに首をすくめて答えると、さっそく街へと繰り出していった。